42.溶燦の太陽と道標の月<4/6>
「ロズはお前がなんなのか知ってんだろ。言ってたぞ、どんな代償でも受け入れるって」
ローサの受けるべきものを、グランが一緒に背負ってやることは出来ない。
グランが倒れていたローサを見つけたことも、彼女の受けるべき代償のひとつだというなら、『ラステイア』の力に利用はされてやってもいい。でもそのことで、責められるいわれはないのだ。
エレムははらはらした様子ながらも、『グラン』のすることを積極的に止める気配はない。『グラン』の威勢の良さとは裏腹の、鋭さのない泣きそうな瞳に気付いたのだろう。
その法衣の陰で、ランジュが『グラン』の様子を見上げているのが判ったが、どういう表情をしているかまでは見えなかった。
「お前は今までもそうやって、主が選択したことに苦しんできたのか? それとも今回はたまたま、ロズの望む『俺』の姿をしているからなのか?」
「し、……知らねぇよ! 俺は……俺は俺でしかねぇよ!」
同じ顔をした奴にそんなこと言われてもなぁ……。気が削がれてしまい、グランは息をついて自分の胸ぐらをつかむ『グラン』の手をよけた。抵抗はなかった。
「あっちで待ってようぜ。ちっこいのも、いくぞ」
『グラン』の足元で戸惑っている小さい姉妹に、ランジュが手をさしのべた。『グラン』は少しの間、扉の方を向いて悄然と立ちすくんでいたが、ランジュに手を引かれた子ども達が先に歩き始めたので、後ろを気にしながらも後をついてきた。
昨日今日のカルロの手伝いで、エレムはどこになにがるかをあらかたつかんでいるらしい。炊事場や居間を行き来して頼まれたものを揃え、またローサのいる部屋へ歩いていった。
『グラン』は、廊下と扉の境目で、なにをどうすればいいのかも判らない様子で壁にもたれて立ちすくんだままだ。子ども達は不安そうながらも、床に丸くなって座り、ランジュが取り出した絵札を使って静かに遊び始めた。
すっかり外は薄暗くなって、いくつか灯されたランプの灯りが淡く揺らいで、子ども達の影を時折揺らがせた。なにができるでもない、グランは手近な椅子に座って、子ども達と『グラン』の様子を見るともなしに眺めていた。
少し経つと、持っていった盆の代わりに汚れ物を入れたかごを抱えて、エレムが戻ってきた。泥や血のついたタオルの端が見えたのか、『グラン』はひどく動揺した様子で目をそらした。エレムは炊事場の裏手にかごを置いてくると、重い表情でグランに耳打ちした。
「ローサさんが目に見えて衰弱してるそうです。このままじゃ、もうさほど保たないかも知れない、今のうちに一言でも子ども達に声をかけてあげればとは、カルロさんも言ってくださってるそうなんですが、やはり顔の怪我を子ども達には見せたくないって……」
「そうか」
確かに自分の母親があんな怪我をしているのを見たら、子ども達は怯えるだろう。しかしそんな事を言っても、あれは一日二日で回復するような傷ではない。言葉を交わさないまま死んでしまったら、母親の遺志だからともう顔も見せてやれないことになるのだろうか。いつの間にかいなくなってしまう母親に、子ども達は棄てられたと思わないだろうか。
死んでしまったら、もう子ども達は母親の真意を問えないのだ。それが愛情からの選択だったとしても。
「せめて、スカーフかなにかで顔の半分でも覆ってでも、会わせてやれないのか。意識がなくなってからじゃ、もうなにも出来ないんだぞ」
「そうなんですよね……せめて、子ども達になにかひとこと、思い出して支えになることを言ってあげて欲しいんですが……」
エレムはランジュと一緒に遊ぶ小さな姉妹に、やりきれなそうに視線を向けた。
このままローサが息を引き取ってしまったら、子ども達は後になって、エレムと同じように苦しむかも知れないのだ。冷たい言い方かも知れないが、ローサは死んでしまえば、もうそれで終わりだ。でも子ども達はこれから先、生きていかなければいけない。
他人が百回二百回、親の愛情について語ったところで、本人からの一言には敵わないのだ。
ふたりの話が聞こえたのだろう、壁際の『グラン』が色を失った様子でエレムを見据えている。エレムはなんとも言いようもない顔で、無意識に自分の胸元を押さえようとした。
「あ……」
驚いたように、エレムが自分の手を見下ろした。大きな声ではなかったのに、それまで子ども達と遊んでいたランジュが、顔を上げてエレムに目を向けた。