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36.ひとつの成就とお別れと<3/5>

「ニケルさまは、ヒンシアに教会建屋の用地を取得するにはどんな手続きが必要か調べるために、統括本部から遣わされてきた方なんです。エルディエルやサルツニアでも通用する、代訴人の資格も持たれてるんですよ」

 目の前で起きた感動の一幕以上に、憧れのエレムさまに再び会えたことが嬉しいらしい。ロキュアは心持ち上気させた頬を両手で押さえて、一生懸命説明している。

「ローサさんとお子さんたちのことは、ジョゼスさまがローサさんの診察をされてたこともあって、わたし達もずっと気にかけてたんです。孤児院の併設を提案したのも、あの子達のことが頭にあったからでもあるんですが……」

『こわいひと』たちが這々の体で逃げ帰っていったので、子ども達は何事もなかったような顔で、テーブルの上に用意された茶菓子に手を伸ばしていた。ローサと『グラン』は、同じテーブルの反対側で、ニケルの持ってきた書類ひとつひとつに目を通し、説明を受けながら署名をしている。

「さすが、法務部の方はひと味違いますね。私たちから話を聞くなり、どんな書類が必要かを判断して、どこに行けばそれが手にはいるかを細かく私たちに指示してくださったんです。子ども達の実の母親のお姉さんには、ニケルさまが自分で会いに行ってくださいました。おかげさまで、この短時間ですべての書類が揃いました」

 ロキュアの隣のラティオはそこまで説明すると、ローサのそばにいるニケルに目を向けた……つもりが、ローサの横にいる若い『グラン』が目に入ったらしく、どきりとした様子で頬を赤らめた。

 どうやらラティオはこう見えて面食いのようだ。しかもグランよりも若いあの『グラン』のほうが好みらしい。今のグランよりも体つきが若干貧相に思えるし表情も幼いのだが、女の目から見た好ましい男の姿というのは、男が考えるのとは少しずれがあるのだろう。

「でも、お二人がわざわざこんな所まで来られてたなんて、やっぱりあの方と元騎士さまはご関係がおありなんですか?」

 グランとそっくりな男がいるというのは、ジョゼスから聞いていたようだ。ラティオの疑問は当然のもので、特に含むものもなさそうだった。グランは曖昧に頷いた。

 関係という意味でなら、ランジュのほうが『グラン』とつながりがある存在なのだが、そんなことはもちろん説明が出来ない。

「新しい教会が出来てあの子達が出て行ったら、ここも寂しくなるね」

 子ども達のカップに牛乳を足してやりながら、カルロがしんみりと呟いた。

 ローサの病状がこれ以上進んだら、町から離れたこの場所では対処が今以上に難しくなるだろう。子ども達と一緒にローサの面倒も見るというレマイナ教会の判断は、人道的にも妥当なものだ。もちろん、エルディエルからの資金援助があるというのが最大の強みなのだろうが。

 エレムの気遣うような視線に、カルロは少しだけ恥ずかしそうに身をすくめたが、すぐに男気にあふれる笑顔を見せた。

「早く新しい人を雇って、家畜も返してもらわなきゃ」

「そうですね、孤児院には栄養のある安全な食べ物を売ってくるところは絶対必要です。乳製品や肉類は子どもには特に大事です」

「そうか、お得意さんが増えるかも知れないってことだね、これは頑張っていいものを作って売り込まないと。あんた、いいこと言うじゃないか」

 豪毅な女だ。ロキュアとラティオは、エレムの肩を叩いて笑うカルロを見て、ほっとしたように顔を見あわせた。エレムは自分の肩をさすりながらも、明るい笑みを見せた。その目が、思い出したようにロキュアとラティオに向いた。

「お二人にはこの間、ヒンシアに教会施設が完成したら、僕にも一緒に奉仕しないかと言っていただきましたが」

「あ、はい!」

 どきりとした様子で、ロキュアが自分の胸元に当てた両手を握りしめた。

「ぼくはまだ、ひとつの所に落ち着くのは早いように思います。せっかくのお誘いですが、今回は辞退させてください」

「えぇ……」

 ロキュアはあからさまに残念そうな顔をしている。断っておきながらも、そういうロキュアの反応はエレムもまんざらでもなさそうだ。このあたりの男の心理は、女にはよく判らないだろう。

「まだまだ僕は、世の中のいろいろなことを知りたいし、見てみたいんです。地域に根ざして奉仕させていただくには、まだまだ気持ちが未熟なんですよ。お恥ずかし限りです」

「そんな……エレムさんは本当に向上心のある方なんですね」

 なんだっけな、なにを言っても好意的にとられるこの現象。グランの醒めた視線の先で、残念そうながらもうっとりとロキュアは目を潤ませた。比較的冷静にその光景を眺めていたラティオも、いくらかがっかりしたようすだった。

「エレムさん、元騎士さま、昼ぐらいにお発ちになる話だったそうですけど」

 書類が一段落ついたのか、近寄ってきたジョゼスが、落胆するロキュアとラティオを少し不審そうに見ながら、グラン達に声をかけてきた。

「せっかくなので、ニケルさんがいらしてくださっている間に、ローサさんと子ども達の縁組みに関しての手続きを済ませてしまいたいのですよ。ニケルさんは、ヒンシアでの調査の合間を縫ってこちらに来てくださってるので、あまり何度もお呼び立てはできないんです」

「ああ……」

「そちらの馬車に余裕があるなら、ローサさんを町まで乗せて頂けないですか。子ども達はいいとして、ローサさん本人がいらしてくださったほうが、手続きが容易に進みそうなんです」

「いや、俺も行く」

 ジョゼスの言葉を聞きとがめ、『グラン』がグランを睨み付けるように近づいてきた。自分達がそっくりなのは、親戚っぽいものように思わせてごまかしているのだから、ジョゼス達の前ではもう少し神妙にしていて欲しいのだが。

 ……無理か。グランはすぐに思い直し、息をついた。なにしろ基本ベースが俺だ。

「家の周りならまだしも、町まででかけてロズが具合を悪くしたら困る。俺も行く」

「でも、エレムさんたちの馬車も四人乗りですよね」

 確かに、乗れてあと一人だ。しかし『グラン』の心配ももっともだし、ローサの体を考えれば、馬車を余計に往復させてでも、付き添いを連れて行かせた方がよさそうだ。だが、皆が方法を考えようとするのを遮るように首を振ったのは、ローサ自身だった。

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