31.昔の俺と今の俺<4/6>
「どうなんだろうなぁ……。シェルツェル相手の時は、もろにこっちと利害が相反してたから、『ラステイア』は『ラグランジュ』の敵なんだって思ってたが」
「……“力そのものは、善でも悪でもない”って、キルシェさんが言ってましたよね。“それをどう使っているように見えるかで周りが決める”んだって」
馬の背ではしゃぐランジュを、小さな姉妹が嬉しそうに見上げて手を振っている。『グラン』は相変わらず仏頂面のままだが、特にランジュになにかをしようとする気配はない。
「持ち主の利害がぶつかり合わなければ、『ラグランジュ』と『ラステイア』は、基本的に敵でも味方でもないということなんでしょうか。でも、あの『グランさん』は、グランさんにはなんだかとげとげしいですよね」
「そりゃそうだ。あいつは持ち主にとって一番都合のいい姿をとるんだろ。あいつはロズの理想の俺なんだから、ロズが大好きなんだよ。俺に妬いてるに決まってる」
男が、惚れた女の昔の男を見て動揺しないわけがない。しかもグランはあの『グラン』の本物なのだ。どんなにローサの理想の姿をしていようが、本物に勝てないのは判っているだろう。
エレムは一応納得したように頷き、またランジュ達に目を向けた。
「こうして見ていると、ランジュもあの『グラン』さんも、同じような気配を感じるんです。どっちも、悪いものには感じられないし、むしろ優しい気配がします」
「……性質が反対なだけで、両方とも元の材料が同じってことだとか……」
グランの脳裏に不意に、この前ヘイディアが言っていた台詞が頭をよぎった。エルディエルにある不思議なことわざ。
『ラグランジュには二つの顔がある、だからそいつを手に入れたら、その根を必ず確かめろ』
「元は同じもの……ってことか?」
「え?」
「いやさ、こないだヘイディアが顔出しに来て、ちょっと話したんだが……」
ヘイディアに聞いた話をかいつまんで説明すると、エレムは判ったような判らないような顔で、自分のあごに手を当てた。
「二つの顔……元は同じものだけど、二面性があるということでしょうか?」
「どうなんだろうな。ただ、『ラステイア』は自分を隠そうとするだろう。もたらす効果だけだと一見『ラグランジュ』に見えるが、実は……っていう警告なのかも知れない」
「うーん……」
「それとも、『使う人間の目的によって、善にも悪にもなる』って事か? ……考えるほど、よく判んねぇなぁ」
なにかが掴めかけた気がしたのに、考えているうちにまた判らなくなってしまった。グランはため息をついた。
「……そうしてると、本当に『グラン』とそっくりだね」
『グラン』が食べた跡を片付けに来たのか、いつの間にかやってきたカルロが感心したように声をかけてきた。
いや違う、似てるのはあっちなんだ。言いたくても言えないグランの胸のうちを察してか、エレムが困ったように笑みを浮かべた。
子ども達を一通り遊ばせると、『グラン』はまた裏に引っ込んで、小屋の周りの草刈りやら、牛舎の傷んだ壁の修理やら、馬や家畜に水を与えたりやらと、とにかくまめに働いている。あのあたりは本物のグランには考えられない部分だ。
エレムは時折、カルロの雑用を手伝いに小屋に引っ込んでいたが、基本的には椅子に座って、子ども達を見守っていた。グランは一度、ほったらかしのままの御者の様子を見に行ったが、仕事がら利用者に待たされるのは慣れているらしく、馬車の中を掃除した後は持参の本を読んだりと、適当に過ごしているようだった。
そうなると、グランにはもうすることもない。途中から飽きてきて、テーブルの陰になる場所に転がってうとうとしていたら、苛立たしそうな足音が近づいてきた。
目をあけると、『グラン』が不機嫌そうな顔でグランを見下ろしている。相変わらず愛想のかけらもないが、いや、自分が無意味に愛想を振りまくのを見るのも困るから、それはそれでいいのかも知れないとグランは思い直した。
グランがもう少し目をあけるのが遅かったら、心おきなく足でも蹴り飛ばそうと思っていたのがありありと伝わってくる顔つきで、『グラン』はあごでローサのいる小屋の方を示した。
「ロズが呼んでる」
「俺を?」
答えるのも嫌だというように、『グラン』はさっさと踵を返してまた裏に引っ込んでしまった。テーブルでは、子ども達が額を寄せ合い、おもちゃの木の皿に載せたガラス玉を人形に食べさせていた。
よく見ると、一番小さいのが手にしているのは、ランジュが気に入っていつも持ち歩いているうさぎの人形で、姉とランジュは使い古してだいぶ痛んだ、熊とも犬とも判断のつかない人形を持っている。
「なんだ、あげたのか?」
「ちがいますー」
ランジュはグランの声に、不服そうに首を振った。
「帰るまで、貸してるのですー」
その割には、小さいのはうさぎの人形がかなり気に入ってる様子だ。姉の方も興味はあるのだろうが、妹の手前我慢しているのだろう。
「……とても欲しがって、大泣きだったんですよ。女の子が二人いるって判ってたら、お人形くらい持ってきたんですけど」
皿からこぼれたガラス玉がテーブルから落ちないように手を出しながら、エレムが微笑んだ。町で話を聞いたときは、『ラステイア』の持ち主の意図が判らなかったから、とても土産まで頭が回らなかった。グランは肩をすくめ、ローサのいる小屋に向かった。