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30.昔の俺と今の俺<3/6>

「ローサの前の恋人が、ダルフっていうんだけどさ。そのダルフが、ローサの前に一緒に暮らしてた女の子どもらしいんだよ。もちろん父親は別なんだけど、あの子達の母親は、ダルフに愛想尽かしたかで、子どもを置いて逃げちまったんだって」

「なんだそりゃ、まるっきり他人じゃねぇか」

「そうなんだけど、最初のうちはダルフもそれなりに可愛がってたらしいしねぇ。そのダルフも、金貸しから金を借りるだけ借りて、返しきれなくて逃げちまってさ。一緒に住んでただけで、結婚してたわけじゃないし、あの子達にローサはなんの責任はないのに、放っておけなかったんだろうね。うちならまぁ、子どもを見ながらでも出来る仕事だし、仕事は真面目だから助かってたんだけどさ

「相変わらず、しなくてもいい苦労してるなぁ……」

 グランの呟きに、もっともだというようにカルロは頷いた。

「じゃあ、さっきの奴らは?」

「ダルフに金を貸してたやつらの下っ端さ。ダルフと暮らしてた頃は、ローサがたまに金を返してやってたから、たまに思い出したように来ては騒いでいくんだよ。しばらく来なかったからあきらめたのかと思ってたけど、……そういや、さっきは変なことを言ってたね」

「変なこと?」

「『金を払えないなら、ダルフの子どもを預かってやる、そのほうがローサも楽だろう』ってさ。『グラン』に問答無用で蹴り倒されて、逃げていったけど。もうローサも長くないのを知って、子どもを人買いに売ろうとでも思ったのかも知れないね。ダルフの子どもじゃないのも、判ってるはずなんだけど、ああいうやつらは屁理屈ばかり一人前で面倒くさいよ」

「ふうん……」

 小さいもの同士は接触に成功したらしく、敷物代わりに空の麻袋を地面に広げ、その上にランジュが持ってきた色のついたガラス玉を並べて遊んでいた。そんなものに触れる機会など今までなかったのだろう、子ども二人は目をきらきらさせて、ガラス玉を指でつついて転がしている。

「あんな病気になってしまったけど、『グラン』が来てくれて、ローサは今が一番幸せだっていうんだよ。今まで苦労してきたんだ、ローサには最期くらい、穏やかにすごさせてやりたい。そう思って、今はうちの家畜を、ほかの牧場にほとんど預けてるんだ」

「そうか……」

「あんたと『グラン』がどうしてあんなにそっくりなのか、あたしには判らないけどさ、ローサが嬉しそうだから、なにも聞かないことにするよ」

 言いながら、カルロは椀にスープをよそいはじめた。グランは頷いた。



 子ども達と一緒に昼飯を終える頃になって、『グラン』が椀の載った盆を片手にローサの部屋から出てきた。椀に入っていた粥は、半分も減っていない。薬を飲むために、いくらかでも無理に食べないといけないのだろう。

『グラン』がこれ見よがしにグランから一番離れた場所に腰を降ろすと、入れ替わるように子ども三人がテーブルから離れ、今度は草地の中に所々咲いた花を摘んで遊び始めた。エレムは、カルロが子ども達の食べた後の片付けをするのを手伝いつつも、グランとひとまわり若い『グラン』とを、遠慮がちに時折見比べている。

『グラン』はグランとは顔をあわせないようにテーブルに片肘をついてそっぽを向き、自分のために取り分けられていたパンを乱暴に噛み砕いていた。『俺はお前が気にくわない』という主張を、無言のまま全力で表現していた。

 ああ、いかにも俺だ。見た目が今の自分とひとまわり若いせいもあるのだろうが、自分の行動を自分で冷静に眺めるのが、こんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。

 エスツファがグランを見ると、いつも面白そうにしている理由が、今になってなんとなく判った気がした。

 手伝いを終えたらしいエレムが戻ってきて、気持ち『グラン』から距離をとって丸太に腰掛けた。なにか声をかけたいのだろうが、もちろん『グラン』はそんな隙をまったく見せない。

『グラン』は自分の分の昼飯を食べ終わると、今度は無言のまま立ち上がり、小屋の裏手に回っていった。しばらくすると、今度は薪を割っているらしい音が小屋の陰から響いてきた。

「ほっとけ。斧持ってる時に近づくのはさすがにまずいぞ」

 音を聞いて、手伝いに行きたそうな素振りを見せたエレムは、グランの言葉に引きつった笑顔で座り直した。

 必要な分の薪割りが終わったのか、割った薪を縄でくくって別の場所に運んでいた『グラン』は、いつの間にか子ども達が花摘みをやめて、柵の中に入れられた馬に近寄っているのに気付き、慌てて薪を降ろして駆け寄っていった。

 危ないから近寄るな、とでも言っているようだが、一番小さいのが訴えるような目で見上げると、あきらめた様子で小さいのを抱き上げ、馬の背に座らせて、手綱を引いて柵の周りを歩かせ始めた。

 あの中ではランジュが一番大きいのだが、小さいのが嬉しそうに馬の背ではしゃぐのを、一番うらやましそうに眺めている。馬がひとまわりすると、『グラン』は小さいのを降ろし、今度は大きいのを抱き上げて座らせ、また柵の周りを歩かせ始めた。

 グランの横でそれを見守っているエレムが、はらはらしているのが顔を見なくても伝わってきた。

 さて、あの『グラン』はどうするのだろう。子ども達の手前、手荒なことはしないだろうが。あれが見た目どおりの子どもではないのは、『ラステイア』である『グラン』が一番よく判っているはずだ。

 大きいのをひとまわりさせて降ろした『グラン』は、うらやましそうにしながらも、ある程度以上は距離を保って近寄ってこないランジュを見おろし、なぜランジュを乗せないのか不思議そうにしている姉妹を見て、細く長いため息をついた。

 渋々ながらもランジュを手招きし、遠慮がちに近寄ったランジュを抱き上げ、馬に乗せてやっている。

「……『ラグランジュ』と『ラステイア』は、対になっているだけで、それ自体は別に嫌いあっても、争いあってもいないんでしょうか」

 安心した様子ながらも、どこか不思議そうにエレムが首を傾げた。

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