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28.昔の俺と今の俺<1/6>

 ローサを横抱きに抱え上げた『グラン』に渋々ながらも案内され、グラン達は一番大きな建物の裏手にある小さな小屋に通された。

 扉を開けると、日当たりの良い窓のそばに小さな寝台があり、その寝台に腰掛けて幼い子どもが二人並んで、表紙がぼろぼろになった絵本を読んでいた。一人はランジュより少し小さいくらいで、もう一人は更に小さな女の子だった。

 二人の子どもは、ローサを抱き上げて入ってきた『グラン』を見て、ほっとしたように笑って寝台から飛び下りた。

「グラン、こわい人、かえった?」

「ああ、あんなの怖くなんかねぇよ」

 言いながら、『グラン』はローサの体を寝台におろした。子ども達は『グラン』の足元にまとわりつこうとして、小屋の入り口で中をうかがっているグラン達に気付いて、怯えた様子で『グラン』の陰に隠れた。背中にいくつか枕を入れてそれに寄りかかるように横になったローサが、小さく笑って二人の頭を撫でた。

「大丈夫よ、あれは、ローサのお友達」

「おともだち?」

 エレムの法衣の陰から、ランジュが同じようにおそるおそる子ども達を眺めている。ランジュは普段は人見知りどころか、相手が誰だろうが物怖じはしないのだが、相手が『ラステイア』絡みだから遠慮でもしているのだろうか。

 二人の子どもはグランに気付いて、自分達のそばにいる『グラン』と見比べ、不思議そうにまたグランに視線を戻した。

 兄弟というには、あまりにも似すぎている。いっそまったくそっくりな外見なら、双子だとでも言えるのだろうが、見かけの年齢がひとまわり違うので、どう見ても一〇代の『グラン』のほうが幼くて、多少体つきも頼りない。それなのに目つきばかりが鋭くて、雰囲気がとげとげしい。

 そのちぐはぐさが、他人なら『青臭いな』と笑って終わりなのだが、なまじ見た目が自分そのものなので、見ていてグランは妙に恥ずかしかった。

「『グラン』、少し、あの人達と話をさせてちょうだい」

「でも……」

「おねがい」

 ローサの静かな声に、『グラン』は渋々といった感じで頷いた。ローサは二人の子どもにも同じように微笑んだ。

 ローサは年齢的にはグランよりひとまわりほど上のはずなのだが、やせてこけた頬と落ちくぼんだ目、やせたことで出来たしわのせいで、実際の年齢よりも老けて見えた。

『グラン』は、入り口のそばに立ったままのグランをじろりと睨み付け、ついでにエレムの後ろで隠れたままのランジュにも腹立たしそうな視線を投げつけた後、二人の子どもを連れて外に出て行った。

 建物の外の一段下がったところで、グラン達の様子を伺うように立っていたさっきの恰幅のいい女が、『グラン』と子ども達を、大きな小屋の中に招き入れた。扉を閉じる前に、なにか言いたげにちらりとグラン達を見たが、あの『グラン』とグランを見れば、どう考えても訳ありなのはわかるだろう。グランは特になにも応えず、エレムとランジュを連れて部屋に入った。

 寝台と、小さな棚とテーブルと、簡単な暖炉があるだけの、粗末な部屋だった。子ども達が寝泊まりする部屋は別にあるのだろう。

 グランが近づくと、ローサは嬉しそうに目を細め、細い手をさしのべてきた。

「本当にグランなのね……なんだか、ひとまわりくらい体が大きくなったんじゃないかしら」

「ロズが小さくなったんじゃねぇの?」

「そうね、そうかもね」

 グランの腕に触れたローサの手は、やせて骨張って、夏だというのになんだかひんやりしている。

「だいぶ、表情が穏やかになった気がするわ。グランもちょっとは大人になったのね」

「そりゃ、一〇年もあれば少しは丸くもなるさ」

「そうね……そんなになるのね」

 言いながら、ローサの視線が、所在なげに立つエレムと、その隣に立つランジュに向いた。

「グランのお友達?」

「あ、はい、旅に同行させて頂いてます、エレムといいます」

「グランがお友達と旅だなんて、なんだか不思議な感じね。その子は……グランのお子さん?」

「違ぇよ!」

 即答したら、ローサは少し目を丸くし、すぐに小さく笑い声を上げた。

「冗談よ、『グラン』から……あの『彼』から聞いてるわ、その子が『ラグランジュ』なんでしょう?」

 グランはエレムと顔を見あわせた。ローサはランジュを手招きし、さっきの子ども達が置いていったぼろぼろの絵本を差し出した。ランジュはそれを受け取ると、椅子によじ登り、勝手にテーブルの上に絵本を広げて読み始めた。

「……なんでロズが、こんなところにいるんだ? 昔の家はどうしたんだ?」

「あなたがいなくなった次の夏に、裏山の崖が崩れて、村が半分なくなってしまったのよ。ほら、あなたを拾ったところ」

「ああ……」

 グランは頷いた。エレムは、二人の話は気になるのだろうが、自分がここに居合わせていいものかどうか戸惑っているらしい。察したようにローサは目を細め、グランに向かって首を傾げた。

「『ラグランジュ』のことまで知っているようなお友達なら、お話してもいいんでしょう?」

「別に構わねぇよ、終わった話だし」

「終わった……そうね」

 ローサは、少し寂しげに瞳を揺らめかせた。

 グランにとってはとっくに過去でも、手に入れた『ラステイア』がグランの姿をとっているのは、ローサの方に消化しきれないなにかがあるのかも知れない。ローサはエレムに顔を向けた。

「一〇年くらい前まで、私はオヴィル山脈の北にある小さな村にいたの。親が遺した小さな家に一人で住んでたんだけど、夏の終わりの嵐の後、畑の様子を見に裏山の近くまで行ったら、崖の下に人が倒れてて……」

 言いながら、懐かしむようにローサは目を伏せて微笑んだ。

「崖から落ちたせいなのか、それとも誰かと喧嘩でもしたのか、全身傷だらけでぐったりしてた。驚いて人を呼んで、家に連れて帰ったの。それが、グラン」

「昔から無茶してたんですねぇ……」

「うるせぇよ」

「いやだ、まだやんちゃなことをしてるの?」

 憮然としたグランに、ローサは可笑しそうに肩を揺らして笑った。グランは小さく息をついて、腰に帯いた剣を示した。

「してるさ、これで食ってるんだから」

「……そう、グランらしいわね」

 ローサは不安そうになにか言いかけて、結局言葉を呑み込んだ。気を取り直したようにまた笑みを見せる。

「グランがちゃんと動けるようになる頃には、すっかり肌寒くなってたわね。そのまま春先まで一緒に暮らしてたけど、私が用事で近くの町に行って半日留守にしてた間にいなくなって、それっきり帰ってこなかった」 

 グランは黙って頭をかいた。ローサの口調は、グランを責めるでもなく、怒るでもなく、穏やかなままだった。

「……崖崩れで村が半分なくなってしまって、私の家は無事だったけど、村全体がとても人が住める状態じゃなくなってしまったの。知り合いのつてで、近くの町に住み込みで働きにいったけど、長続きしなくて、あとはあちこちを転々として……。カルロさんに出会って、この牧場で働くようになったのが一年くらい前かしら。やっと落ち着いたと思ったら、今度は悪い病気を患ってしまって……」

 言いながら、ローサは体の前で広げた両手を見下ろした。やせて細くなった指が骨張り、しわと浮き上がった血管の目立っている。

「体の中に、白い岩のようなものが出来る病気なんですって。その岩が、体の栄養を吸い取って、体の中のあちこちに移ってしまうの。一度かかってしまったら、もう薬でも、法術でも、取り除くことは出来ないそうなの」

 エレムがはっとしたようにローサを見返した。どういう顔をしていいのか判らない様子で、グランの問うような視線にただ小さく頷いた。

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