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25.南へ、過去へ<3/5>

 途中、三回ほど休憩を挟み、太陽がだいぶ傾いて空に夕暮れの色が濃くなってきた頃合いに、馬車はフスタにたどり着いた。グランが思っていたよりも、到着が遅くなってしまった。

 エレムが来た時は騎兵を使っていたから、もっと早かったのだろう。時間を読み誤った感じだ。このままマルヌの村に向かっても、着いた頃には日も暮れてしまいそうだ。

「とりあえず、今日はここに宿をとることにして、夜になる前にレマイナ教会にご挨拶に行きませんか。『ラステイア』の持ち主かも知れない人のことを、知ってる方がいるかもしれませんよ」

 馬車の御者は、馬の手入れもある手前、各町で利用する宿が決まっているらしい。ついでに自分達の部屋もとってもらうことにして、グランとエレムとランジュは町の中心部にあるというレマイナ教会の建物に向かった。

 町とは言っても、ヒンシアに比べたら規模は格段に小さい。この程度の町にレマイナ教会があるのに、ヒンシアほど大きな町に教会がないのは確かに不自然だ。

 町も小さいが、教会の建物は更に小さかった。

 レマイナ教会は医療術を持つ神官を抱えているおかげで、どこに行ってもそれなりに厚遇されるものなのだが、この国では少し扱われ方が雑なようだ。

 レマイナ教会に対して冷たいというよりも、土着の古い神への関心がより強いのだろう。通りの脇にある家々の塀や戸口に、犬とも虎ともつかない生き物の像がさりげなく置かれているのが目についた。どうも土地由来の神話や伝承に基づいているらしい。

 それでもエレムが通れば、レマイナの神官だと気付いた子ども達や老人も気さくに挨拶をしてくる。レマイナ教会と住人の関わり方自体は、悪くないようだ。

「マルヌの村に住む、ジョゼスさまの患者さん……? ああ、カルロさんの牧場に住んでる方かしら。お名前は……なんていったかしらねぇ」

 ジョゼスやロキュア達がヒンシアに出向いているので、建物の留守を預かっていたのは年配の女の神官だった。どうやら教会の建物に住み込んでいるのはジョゼスとその家族だけで、後の神官達は通いらしい。この女も、別に家族と住んでいる家があって、夜は帰るのだという。

「一年ほど前から、カルロさんの所に住み込んでる人なんですけど、ちょっと難しいご病気で……。お子さんも何人かいらっしゃるから、大変みたいですよ」

「住み込み? 男の方なんですか?」

「いいえ、女性ですよ。病気が悪くなる前は、たまに町にもいらしてたんだけど……そうそう、ローサさんっておっしゃるのよ」

 思い出してすっきりしたのか、エレムの法衣の裾を掴んだままのランジュに目を向けて、彼女は明るく微笑んだ。

「あなたぐらいの子ども達がいるから、行ってあげたらいい遊び相手になるんじゃないかしら」

「子持ちの女ねぇ」

「心当たりでもあるんですか?」

「いや、全然」

 そもそもこの辺りに知り合いなんかいない。グランの返事に、エレムは気の抜けた様子で息をついた。



 さすがに長時間、馬車に乗りっぱなしというのも疲れるものだ。無理にマルヌの村まで行かなかったのは正解かも知れない。

 紹介してもらった飯屋で早めの夕飯を済ませたあと、宿の浴場で体をほぐして部屋に戻ったら、外はすっかり暗くなっていた。

 エレムの背中は、傷自体はすっかりふさがっているが、瓦礫で打った後がまだ青くあざを残している。自分の背中を自分で手当てすることは出来ないので、エレムの自前の軟膏を、ランジュが小さな手でぺたぺたと塗ってやるのが最近の朝夕の恒例行事になっていた。泥遊びでもしている気分なのか、ランジュ自身は楽しそうだ。

 小さいが、お役所の人間が出張で使うような宿なので、全体の設備は悪くない。エレムは宿の用意した夜着を着込むと、ランジュの手に残った軟膏をタオルで丁寧に拭き取ってやっている。それが終わると、ランジュはエレムが腰掛けている寝台に寝そべって、いつも斜めがけに持ち歩いているかばんから絵札を取り出し、広げて一人で絵合わせを始めた。

「ほんと、ランジュはどこにいても、遊ぶのが上手ですねぇ……」

 薬を片付け終えたエレムは、感心したように目を細めた。窓際に座って一人で酒を飲んでいたグランが空の杯を差し出すと、エレムは少し考えた後、軽く頭を下げて手を伸ばしてきた。杯の半分ほどに注がれた葡萄酒に軽く口をつけ、ほうっと息をついている。

 噴水のある広場が近いからか、開けた窓からは夜の風と一緒に水の流れる音が微かに入り込んでくる。高い建物の少ない町なので、日が沈んだ後の星のない夜空が遠くまで見渡せた。

 しばらく黙ったまま飲んでいたら、珍しくエレムが二杯目を欲しそうな素振りを見せた。グランは黙ったまま、また葡萄酒の瓶の口を差しだして半分ほどに注いでやった。ついでに自分の杯に注ぎ足していると、

「……ひょっとしてグランさんは、僕の子どもの頃の話を、ラムウェジさまから聞いていたんじゃありませんか?」

「え?」

 グランは少し驚き、手を止めて視線をエレムに戻した。エレムは旨そうに杯に口をつけると、グランの顔を見て、やっぱりというように笑みを見せた。

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