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24.南へ、過去へ<2/5>

 ヒンシアで役場に掛け合い、御者ごと数日貸しきりできる馬車を手配してもらった。

 グラン達が魔女退治に関わっていたことは、ある程度以上の役職の者らは承知している。エレムが値切り交渉するまでもなく、費用は全額ヒンシアの市長につけることで話がまとまった。

 貸し出されるのも、荷馬車に毛が生えたような粗末なものではない。多少道が悪くてもそこそこ快適に乗れる、お役所御用達の屋根付きの馬車だ。おとな四人が向かい合って余裕で乗れて、足が伸ばせる程度には広かった。

 ランジュを連れて行くのはどうしようか、一応考えはしたのだ。が、いつもは食べ物のこと以外は、自分の話ですら他人事のように聞き流しているランジュが、エレムの法衣の裾を掴んだまま離れなくなってしまった。

 馬車なら移動の足手まといにもならないし、ほかに荷物も乗せられる。連れて行っても構わないだろう。ただ当然のようについてこようとしたリオンは、アルディラのもとに強制送還された。

 部隊の今後の行程は数日先まで決まっているし、徒歩の者の多い行列だから、馬車を使えば多少の遅れはすぐに取り戻せるはずだ。

 あれだけの天幕で賑わっていたヒンシアの郊外の草原も、準備を終えたグラン達が馬車で通り抜ける頃にはすっかり閑散として、まるで祭りの後のようだった。

 反対側に向かって走るグラン達の馬車を見送るように、街道を遠ざかっていくルキルアの部隊の後方で、銀色のマントが陽光にきらめいた気がした。



「僕は見る機会がなかったですけど、イグさんが持ってた剣は、グランさんのとそっくりだったって言ってましたよね?」

 グランが腰にいている剣の柄にちらりと目を向け、エレムが訊いてきた。グランは窓枠に肘をかけたまま頷いた。

「結局、イグが持ってたヤツは見つかってないままなんだよな。崩れた瓦礫に紛れてそのまま外に持ち出されたのか、剣身に赤い石がついてたから、宝石だと思って作業の人夫がこっそり持ち出しちまったのか……」

「紛れて捨てられてしまったっていうのは、考えにくいですよね」

「俺の肩あては出てきてるからなぁ。それとも、持ち主が死んで契約が切れると、勝手にどっかにいっちまうのか……」

 イグが持っていた剣は、形だけはグランのものとまったく同じだった。ただ、イグの剣の柄は最近新しく作られたものだったが、剣身はグランの剣の柄と同じ素材で出来ていたようだ。

 その剣身の、柄に近い部分の側面に、落日のように赤く輝く石が埋め込まれ、古代語と思われるれる文字が刻まれていたのを、グランは実際に見ている。

 グランの持つ剣は、『ラグランジュ』のありかに至る鍵として手に入れたものだ。あれやこれやの結果として、グランは『ラグランジュ』の所有者と見なされている。であれば、イグの持っていた剣は、『ラグランジュ』と対になる存在『ラステイア』の所有者に与えられるものと考えて、まず間違いはないだろう。

 一旦姿を消していたその剣が、再び現れたことも、『ラステイア』が新しい持ち主を得た可能性を示唆していた。

 少しの沈黙の後、エレムが首を傾げた。

「ちょっと不思議だったんですけど、『ラステイア』も、契約の時は、キャサハの遺跡まで行かないとだめなんでしょうか」

「それなんだよなぁ……」

 前の持ち主だったシェルツェルがもし、グラン達が『ラグランジュ』を探し当てたのと同じ手順で『ラステイア』と契約したのなら、ある程度の日数は国を留守にして、キャサハまで行って帰ってくる必要がある。

 しかし、キャサハとルキルアは、大陸中央部に横たわるオヴィル山脈をはさんでほぼ正反対の位置にあるのだ。いくら街道が整備されているとはいえ、ちょっと遊びに行ってきます、程度の気分で行ける距離ではない。金もそれなりにかかる。

 前の持ち主のシェルツェルが死んで、まだ一ヶ月そこそこだ。マルヌの村にいるグランのそっくりさんが『ラステイア』だとして、それを具現させるために、こんな短期間でキャサハに行って帰って来られるものなのだろうか。

 しかも、グランのそっくりさんの主と思われるのは、レマイナの神官に診察を受けている病人なのだ。体力もないだろうし、気軽に国外へ足を伸ばせるほど裕福でもないだろう。

 それとも、『ラステイア』と契約するのは、キャサハではない場所なのだろうか。たまたまグラン達がみつけたのがキャサハだっただけで、同じような条件の場所がほかにもあるということなら、まだ判らないでもない。

 古代遺跡だけなら、確かに大陸内に点在しているし、ルキルアの外れにもひとつある。

 それなら逆にいえば、キャサハに戻る以外にも『ラグランジュ』を返品する方法があるかも知れない、ということなのだろうか。

「……でもちゃんと、グランさんの望みを叶えてくれる気はあるみたいですね、『ラグランジュ』は」

「ん?」

 眠ったことで体温が上がっているのか、軽く汗を浮かせているランジュの額を、エレムはタオルで拭ってやっている。ランジュの体の下で、うさぎの人形が窮屈そうにかばんから顔をのぞかせている。

「こうやって少しづつ、『ラグランジュ』の返品に関して、手がかりが与えられるんでしょうね」

「ああ……」

 グランは見るともなしに、ランジュの寝顔を眺めながら頷いた。

 グランは『ラグランジュ』の力を、『ラグランジュの返品』という目的のために使うことにした。第三者が聞いたらなにを言っているのか判らないかも知れないが、結果的にそういうことになってしまったのだから仕方がない。

 だからラグランジュが試練とか機会とか称して厄介ごとを招き寄せるなら、それを解決することで、『ラグランジュの返品についての情報・もしくは状況の進展』という報酬が与えられなければいけないのだ。しかしどうも、厄介ごとばかり多くて、あまり進展が見られない気がする。

「……ま、今は『ラステイア』の持ち主が、なにを考えてるかを確認しておかないとな」

 フスタの町に続く街道は、遠くに山あいを望む広い高原地帯を突っ切っているようだ。このあたりは農耕よりも牧場の比率が多いらしい。窓から入る風は、ヒンシアの近くにいたときとは違って、草木の匂いを多く含んでさらりとしている。

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