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22.この道の先に<5/5>

 ヒンシアを出ると、ルキルアの部隊は、またしばらくはエルディエルの部隊の後続になる。エルディエルの部隊の先頭と、ルキルアの部隊では実際の移動開始までかなりの時間差が出来る。

 朝になって天幕が片付けられ、駐留中の後片付けも終わって、ヒンシアの郊外の草原地帯から街道に出て行くエルディエルの部隊が長く伸びていくのがここからも見渡せる。ルキルアの部隊の番が来るまで、まだ相当かかりそうだ。

 騒ぐだけ騒いで、キルシェは結局昨日の夜のうちにまた姿を消していた。エレムのことを心配していたような口ぶりだったのに、結局エレム本人にはなにも言わないままだったようだ。いい加減な女である。どうせまた、自分の都合のいいときに適当に現れるのだろう。

 準備を終えて待機中の兵の横で、リオンとランジュが草地を飛び交う飛蝗バッタや蝶を追いかけて遊んでいる。傷は消えたものの、打ち身の部分がまだ痛むエレムは、背負った鞘をもうひとまわり布で巻いて、背中に鞘が当たっても痛まないように試行錯誤していた。

「エレム殿、お客人であるよ」

「僕に、ですか?」

 出立前の最後の打ち合わせも終わって暇らしいエスツファが、自分でその「客人」を案内してきたらしく声をかけてきた。度の強そうな眼鏡をかけた、白い法衣姿の背の低い中年の男だ。

 自分に客があることに驚いた様子のエレムは、男の顔を見て人の好い笑みを見せた。

「ああ、フスタの町でお会いした……」

「教区司祭のジョゼスです。いやいや、ヒンシアの町について聞きに来られた時は何事かと思いましたが、とんでもない事件に関わっておられたのですなぁ」

 言いながら、ジョゼスは満面の笑みでエレムと握手を交わしている。教区司祭というから、もっと威厳がある老人かとでも思っていたが、小柄で素朴な普通の村人のような印象だ。法衣もエレムのものとたいして変わらないから、ぱっと見ても教会のどの辺りの立場の人間なのかさっぱり判らない。

「私がどうしても外せない用事がありまして、ロキュアとラティオを先に送り込んだのですが、なにか失礼なことを申し上げませんでしたかな。あの歳でよく働いてくれるんですが、なにぶん若い娘なので、私にも言動がよく読めなくて……」

「いえいえ、法術まで行っていただいて、とても助かりました。でも、わざわざおいで頂くなんて、なにか変わったことでもあったんですか?」

「ああ、そうじゃないんです」

 ジョゼスは温厚な笑みで片手を振った。

「私は今朝やっとこちらについたもので、せめて出立される前にもう一度ご挨拶をと思いましてね。ご一緒に旅をされてるという、元騎士様にもお目にかかってみたかったし……」

 ラティオとロキュアの関係者だけあって、この男もなかなか好奇心が強いようだ。苦笑いしたエレムがグランに顔を向けたので、ジョゼスは握手の手を伸ばしかけ、ふと驚いたように目をしばたたかせた。

「あれ……? ああそうだ、マルヌの村の……」

「え?」

「どうもどこかでお会いしたような気がすると思ったら、あの青年にそっくりなんだ。失礼ですが、元騎士様にはグランという名前の親類か血縁の方はおられませんか?」

 今度はグランとエレムが、目をしばたたかせる番だった。

「グランは俺だが……?」

「え? 名前まで同じなんですか?」

 なにを言っているのか判らない。二人の不審そうな顔に、ジョゼスは言葉を整理するように首を傾げた。

「いえね、どうしても診察と薬の処方をしなければならない人がいて、昨日はマルヌという村に行っていたんですよ。その患者の家で、ここしばらく一緒に暮らしているという若者が、あなたをそのままひとまわりお若くしたような、黒髪に黒い瞳の美しい青年で……」

「俺とそっくり?」

「はい、周りからはグランと呼ばれていました」

 グランはエレムと顔を見あわせた。

 自分ほどのいい男のそっくりさんなど、そのへんにおいそれといるわけがない。そのうえ、名前まで同じだなど、そんな偶然があるのだろうか?

 二人の反応に驚いた様子ながらも、ジョゼスは記憶をたどろうと、グランの姿を上から下まで眺めた。その目が、グランの帯いた剣を映すと、ジョゼスはぽんと手を打った。

「あちらの若者も、あなたのと同じ形の剣を持っていましたよ。柄じゃなくて、剣身の柄に近い部分に、紅い石が埋め込んでありましたが」

「なんだって?!」

 思わず大きな声を上げてしまった。近くでふらふら遊んでいたランジュが、驚いた様子で立ち止まり、こちらに目を向ける。

 自分のそっくりさんに思い当たることは全くないが、自分と同じ形の剣を持っている者には、グランは大いに心当たりがあった。

 ランジュと――『ラグランジュ』と対の存在となる『ラステイア』、それが人の形を取って具現していたときに持っていた、あの剣。

 グランの剣の柄と、おそらく同じ素材でできている剣身には、燃え落ちる太陽のように輝く真っ赤な石が埋め込まれている。

「それを、俺とそっくりな奴が持ってるって……? いや、でも……」

『ラグランジュ』と『ラステイア』は、その時の持ち主によって、具現する時の姿も変わようだ。『ラグランジュ』の場合は、持ち主にとってもっとも役に立たない姿になる。グランにとってもっとも役に立たないのが、あの一〇歳程度の少女の姿らしいのだ。

 逆に『ラステイア』は、持ち主に有益で、役に立つ姿で具現する。『ラステイア』は自分の正体を隠すから、あわせて名前も変えるのだ。

『ラステイア』が新しい持ち主を得て、その持ち主にもっとも役に立つ姿が、ひとまわり若い俺……?

「ジョゼス殿、その話、もう少し詳しく伺ってもよろしいかな」

 グランの表情の変化に気付いたエスツファが、喰えない笑顔でジョゼスに声をかけた。自分の何気ない一言にグランとエレムが変に反応しているせいか、ジョゼスは戸惑った様子で頷いた。

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