21.この道の先に<4/5>
「せっかくエルディエルが援助するのなら、ついでにルアルグ教会も併設してもいいんじゃないかって、話になってるようなんですよ。これはヘイディアさんからの情報ですけどね」
「そうなんですか?」
「でもルアルグ教会って、ほとんどエルディエルのお抱えみたいな感じだよな」
エルディエル以外の場所にも教会があるにはあるが、それはエルディエルがもっと広い領土を持っていた昔の名残で、他国に新設というのはたぶん初めての話になるのではないだろうか。
「城に再び異常が起こった場合、ルアルグ教会もあったほうが、エルディエルもより確実に情報が掴めますよね。それにこの町の人は、この前の夜の騒ぎを実際に見てますから、ルアルグへの好感度も高まってます。新設するなら今が好機と踏んだんじゃないでしょうか」
「ルアルグはエルディエルの守護神なんだろ? ほいほい外にでていいもんなのか?」
「だからって、他国の方がルアルグを信仰してはいけないという理由にはならないですよ。もともと神って、住んでいる国を選んで人を保護したりしなかったりはしないものでしょう?」
「まぁ建前はそうだろうけどさ。実際、エルディエル以外でルアルグの神官なんかほとんど見ねぇし。俺も長いことあちこちをうろうろしてるけど、ルアルグの神官を見たのはお前が初めてだったんだぞ。しかも見習い」
グランが軽く肩をすくめると、リオンは右手の人差し指を立てて左右に振りながら、偉そうに首を振った。
「ルアルグがエルディエルの守護神、と言われるようになったきっかけは、エルディエルの始祖であるケーサエブの仲間の一人に、後にルアルグの神官になった方がいた所からきているんです。ルアルグが、ケーサエブの仲間に奇跡の力を貸し与えて協力したのは、エルディエルが勢力を伸ばすためではなくて、民族間の無益な争いを収めるためで、ひいては一帯の住人を保護する為だったんですよ」
「へぇ」
「それにあの城に実際にまたなにかあっても、あの炎の蛇にはルアルグの法術が有効なんだから、この地にルアルグ教会を置く立派な理由になりますよ」
「それもヘイディアの受け売りか?」
「……まぁ、そうですけど」
それまで得意げに語っていたリオンが渋々頷いたので、グランもエレムも思わず吹き出した。リオンは少し唇をとがらせると、少ししんみりとした様子で焚き火の炎に目を向けた。
「どうせアルディラさまのお輿入れなんか決まったら、僕はついて行けないんだしなぁ……」
「今回のカカルシャ行きは、そういう話じゃないって大公が言ってんだろ?」
「今回はそうでも、いずれどこかの国とそういうことになりますよね」
あのじゃじゃ馬がおとなしく嫁になんかいくのだろうか。全く想像がつかない。わがままを言っている間に時機を掴み損ねて、周りも本人も大焦りするような光景なら、なんとなく判らないでもないが。
「僕もそろそろきちんと神官学校に行って、見習いから昇格しておかないと、母さんも心配だろうなぁ。ヘイディアさんも、僕には法術の素質が充分あるんだから、早めに学校で訓練を受けたほうがいいって言ってくれるんです。滅多にない力なんだから、きちんと学んで伸ばしなさいって。嬉しいんだけど、なんだかいろいろ考えちゃいます」
「ふうん……」
リオンぐらいにもなれば、王族貴族でもなければ、だいたい職を持っている年齢だ。神官は信仰も絡んで、志す年齢がまちまちだから、遅い早いはあまり関係ないのだろうが。
「グランさんもエレムさんも、ランジュを送り届けた後はどうするんですか? またふらふら旅に出るんですか?」
「ふらふら言うな。とりあえずあいつがなんとかならないと、先のことなんか判んねぇよ」
串に刺した焼き魚が回ってきたので、一本もらってかじりながら、グランはなんとなくランジュの方に目を向けた。周りとの手遊びは終わったらしく、今度はルスティナの横におとなしく座って、こちらももらった魚にかじりついていた。ルスティナはなにを飲んでいるのか、のんびりした様子でカップを口にしては、時折ランジュが服の上に食べこぼすのを払ってやっている。
なんにしろ、ランジュを返しに行くのはグランの用事で、エレムは成り行きでつきあっているだけに過ぎない。もし途中でエレムの気が変わって別なことをしたいと言うなら、それはエレム自身が決めることだ。グランだって、なんとかランジュを返品できたとして、その後は……判るものか。
「グランさんは自由でいいですねぇ……」
リオンが感心したように呟いた。エレムもなにか言いかけたが、上手い言葉が思いつかなかったらしく、結局黙って残っていた茶を飲みほした。