19.この道の先に<2/5>
「あれから二日目だけど、悪い気が再び集まってくるような気配は、今のところないみたいなの。城が壊れるような大きな衝撃もあったようだし、その影響でこの辺りの気の流れが変わったとも考えられるわ」
「はぁ……」
「それに、火の蛇を消したのは、ルアルグの神官様の強力な法術だったでしょう。大きな神の力があらわれたことで、一帯に良い影響があったのかも知れないわね」
もっともらしくキルシェに言われて、娘二人は感心したように頷いた。
キルシェだって、この二人とさほど見た目の歳に差があるわけではない。だが、垢の抜けきらない素朴なロキュアとラティオに並べると、キルシェには妙に、色気や風格が備わっているのだ。
たぶん本来の年齢は、見た目ほど若くないようにグランには思えるのだが、そこに触れると得体の知れない報復をかまされそうな気がするから、つっこむのは避ける。
「でもどっちにしても、レマイナ教会建屋が誘致されて法術師が町を訪れるようになれば、また悪い気が溜まってきたとしてもすぐ判るし、早い段階で対処できるんじゃないかしらね」
「そうですよね、教会建屋があるだけで町の方も安心するでしょうし、こういう土地にこそ心のよりどころになる教会は必要だと思います」
キルシェの言葉を後押しするように、エレムがラティオとロキュアに向けて微笑んだ。
ロキュアはしばらくぽぉっとした様子でエレムに見とれていたが、ラティオに肘でつつかれてはっとした様子で、もじもじと視線をそらした。
グランは目を瞬かせた。エレムにこんな技が使えるようになる日が来るとは、夢にも思わなかった。
「そ、それでですね、今回、正式にヒンシアに誘致が決まったら、孤児院の併設も提案しようと思ってるんです。エルディエルの援助もありそうだっていうし……」
胸の前でもじもじと指を動かしながら、ロキュアが切り出した。
「この国のレマイナ教会に、孤児院のある所は今までなかったんですか?」
「はい、行政が管理する孤児院も各地にあるんですが、あんまり世話が行き届いてるように思えないんです。個人で開いてる方は、どちらかというと慈善というより、国からの補助金目当ての所が多いように思えるし……。でも古い国なせいか、貴族の方々も古くからの土地の神様を重要視する人が多くて、レマイナ教会に積極的な援助がないのですよね」
「それは残念ですね……」
「でも、ヒンシアなら街道沿いで町も豊かですし、ここに教会建屋と一緒に孤児院が出来れば、巡検官の方も多く立ち寄って、目も行き届くと思うんです。巡検官の方と触れあうことで、子ども達もいろんな国での話が聞けて、将来に希望が持ちやすくなるんじゃないかな」
言っているうちに、ロキュアの口調がだんだんとしっかりとしてきた。ただ法術の素質があるというだけではなく、教会施設の新設に関してそれなりに意見を持っているから、こうして下見役に選ばれたのだろう。
「そ、それで、ヒンシアへの教会誘致が本決まりになったら、エレムさんも一緒に、この地で奉仕されませんか?」
「え? 僕ですか?」
まるで求婚でもするような決死の表情のロキュアに、エレムが驚いた様子で聞き返した。
両手で頬を押さえて、「きゃー、言っちゃった」などと、一人で騒いでいるロキュアを小声でたしなめつつ、ラティオが言葉を引き継いだ。
「エレムさんは、ご親族をはやり病で喪われて、ラムウェジ様の養子として幼い頃は旅にも同行されていたと伺ってます。そこから、とても努力されて、良い成績で神官学校も卒業されて、それでも慢心することなく、今も巡検官の一員として各地の様子を見て回ってらっしゃいます。
身寄りのない子どもに達には、身近に目標になれる大人がいてくれるのって、とても大事だと思うんです。孤児院で育つ子どもの事情は様々ですけど、そういった子ども達の気持ちを、エレムさんならより近いところから汲み上げる事が出来るんじゃないかと思いますし」
「はぁ……」
「新しい教会を立ち上げるなら、長旅の経験があって各地の事情にも詳しいエレムさんのような方がいらしてくれると、とても心強いんです。それに、今回の魔女退治に協力された方がいてくだされば、ヒンシアの行政側とも込み入った話がしやすくなると思うんですよ」
熱のこもった表情のラティオとロキュアとは対照的に、エレムは戸惑った様子で二人を見返している。エレムは大げさにおだてられても、あまり有頂天になるような性格ではない。二人が自分にこんなことを勧めるのも、半分は教会内で流れる派手な尾ひれのついたうわさ話の影響だと思っているのだろう。
「あ、もちろん大事なお役目もおありでしょうから、今すぐお返事をいただくのは無理だと判ってます。話がまとまっても、本格的に計画が動き出すまで、時間もかかると思うので」
ロキュアは上気させた頬を押さえながら、不安そうに視線をうつむかせた。エレムは困った様子でしばらく黙っていたが、必死な様子のロキュアに気遣ってか、すぐに静かに笑みを見せた。
「では、お言葉に甘えて、少し考えさせて頂きたいと思います」
「は、はい! ぜひ前向きにご検討ください!」
ぱぁっと表情を明るくして、ロキュアが顔を上げる。
エスツファとルスティナが揃って、なにかを問うようにグランに視線を向けた。特に気の利いた台詞も思いつかず、グランは黙って頭をかいた。