18.この道の先に<1/5>
ランジュと手をつないだルスティナに先導されるように、部隊の食堂代わりになっている仮設の広場まで行くと、たき火を囲むように円を作った丸太に座って、エスツファとさっきの神官の小娘二人が緊張した様子で茶を飲んでいた。
丸太に板を渡しただけの簡単なテーブルに、エレムが果物や菓子を揃えている。ルスティナが天幕に顔を出したのは、娘達が戻って来たから、グランが町から戻っていないか様子を見にきたらしかった。
リオンはいなかった。アルディラの所に戻ったついでに、なにかすることでもできたのだろう。
「おや、誰かと思ったら『暁の魔女』殿ではないか。今日も変わらず美しくあられるな」
「もう、おじさまったらお上手なんだから」
それまでグランの腕にくっついていたキルシェは、エスツファを見て嬉しそうに微笑み、さっさとグランから離れてエスツファにぴったり寄り添って腰を降ろした。ロキュアが好奇心に輝いた瞳でそれを眺め、ラティオに耳打ちした。
「ねぇねぇラティオ、あのひと魔女って呼ばれたよ? 髪も真っ赤だし、ほんとの魔女なのかな」
「いやねロキュア、そんなのあだ名に決まってるじゃない。ああいう格好してるひとは、仕事用にいろいろな名前を持ってるものなのよ」
「そうだよね! 本物の魔女なら、軍隊の偉い人と仲良くお喋りなんかしないよね!」
いや、本物なんだけどな……。グランはげんなりとした気分のままため息をついた。
それに、どんな仕事の女だと思っているのか。娘二人の筒抜けのひそひそ話を、キルシェもエスツファも涼しい顔で聞き流している。
「……グランさん、どうかしたんですか?」
少し離れた場所に座ってどんよりしているグランに、茶を差し出しながらエレムが訊ねた。
答える気にもならず、グランは片手を振った。エレムは不思議そうな顔のままキルシェに目を向けたが、今は特になにを言うつもりもないらしく、黙って腰をおろした。
ランジュと並んで座ったルスティナは、いつもと全く変わらない様子で、ランジュが菓子を取ろうとするのを手伝っている。
……やっぱり、俺とキルシェがじゃれてたと思ってるんだろうなぁ。
ルスティナの仕草を横目で伺いながら、グランは思わず眉間を指で押さえた。
さっきのキルシェのあれも、人が近づいてきてるのに気付いたからに決まっている。しかし、エレムとエスツファの話を黙って聞いていた手前、ここでは釈明も出来ない。こんなことなら聞き耳を立てていないで、さっさと見つかっておくんだった。
「こう見えてキルシェ殿は、民間の伝承や古代魔法などに詳しいお方なのだ。先だっての魔女退治にも協力いただいたのであるよ」
「へぇ……学者さんですか?」
エスツファのもっともらしい説明に、キルシェはすました顔で微笑んだ。曖昧に説明して、相手の解釈を否定も肯定もしない辺り、キルシェもエスツファも腹の底の色が似ていそうな気がする。
「で、ご婦人方。改めて町を見た印象は、どうであったかな」
「あ、はい。わたし、何回かこの町に来てるんですけど、あのお城を見ると、落ち着かなくなって、この町には長居したくないっていつも思っていました。わたしだけじゃなく、ずーっと昔から、法術の素質のある人は同じようなことを言っていたそうなんです」
ロキュアが言っているのは、最初にエレムがあの湖上の城を見た時の感想と同じ内容だ。
「でも、さっき見たら、そういう変な感じが全然なくなってました。レマイナ教会の統轄支部では、あの湖の周りは悪い力が集まりやすくて、それを魔力として利用しようとした『魔女』が城の乗っ取りを企んだんだろうと、今のところは考えてるそうです。詳しいことは、教会の誘致委員を兼ねた調査団を編成して、後日調べるそうです」
もちろん、そんなのが表向きの説明だという事は、ここにいる人間はみんな知っている。知らないのはこの娘たちだけだ。調査もいつのまにかうやむやになって、そのまま教会の建物ができあがるのだろう。
「ロキュア殿は、もうこの地に教会建屋があっても問題がないと思われたのであるか」
「わたしは、大丈夫だと思うんですけど……」
ルスティナに聞かれて、ロキュアは困ったようにラティオに目を向けた。その場全員の視線が自分に集まった事に気付き、ラティオはぎこちなく眼鏡をかけなおしながら姿勢を正した。
「土地そのものの問題で悪い力が集まりやすいというなら、『魔女』自身が悪い気を生み出していたわけじゃないってことですよね。だとしたら、『魔女』がそれに目をつけたのは判るとしても、『魔女』が倒されたから土地の悪い気配もなくなったって、なんだか変な気がするんです」
お、なかなか鋭いなこいつ。グランは思わず眉を上げた。
ラティオはロキュアと違って法術の素質がない。だから逆に、得た情報から客観的に推測を立てられるのだろう。
「最後に、魔法で大きな火の蛇を出して抵抗してたって聞きましたから、たぶんそれで、溜まっていた悪い気を『魔女』が使い果たしたと、考えられるかも知れません。でも、土地のせいなら、時間が経つとそのうちまた、悪い気が集まって溜まってしまうんじゃないかなと思いませんか」
「そうね。そのあたりはあたしも考えたんだけど」
学者という先入観を利用しようと、キルシェは『出来る女』っぽく背筋を伸ばして足を組んだ。服装にまったく説得力がないのだが、娘達はキルシェの雰囲気に飲まれ、真剣な顔で耳を傾けている。