17.天幕の攻防<4/4>
「だってあそこ、もとから地下施設だったわけじゃないみたいじゃない?」
キルシェは少し考えると、手近にあった酒瓶を手に取って床に立てた。
「最初はこんな風に普通に建ってたのに、一帯の地面が沈んでほとんどが土に埋まっちゃって、その上に沼が出来たんでしょ。施設の一番高い部分が水の上から頭を出して、城のある島になってたって事よね」
言いながら、瓶の口にカップをかぶせ、その周りで手をひらひらと波のように動かした。
「地上に出た部分を覆い隠すように、後から城を作ったのね。それなら階段を封鎖するのも判るじゃない?」
「なるほど……」
「施設の下の階は、なんにもないの。どこまで行っても壁と柱ばっかり。古代人の遺跡ってあちこちにあるけど、なんに使ってたかさっぱり判らないものばっかりよね、なに考えてたのかしら」
「俺から見たら、お前だってなに考えてるんだかよく判らねぇぞ」
「女は謎に満ちてるのよ」
キルシェはグランの嫌みなど気にした様子もなく、さらっと受け流した。
「瓦礫をよけても、動力室に関してはもう使えそうなものはほとんどないと思うわ。形の残った人骨が山のように出てきちゃったらまずいかもしれないけど、そういうわけでもないんでしょ?」
「だなぁ……」
形があったのは、せいぜい最後に動力炉に取り込まれていた奴くらいだった。あとは、あっても骨の一部のみで、後はただの白い砂山とかわらなかった。あれなら見つかったとしても、『古い時代に、使われていない部屋に取り残されたままの~』とか適当に誤魔化せそうだ。
「だったら、浮き橋を撤去して人が入れないようにしちゃえば、後はあのまま放っておいても平気なんじゃないかしら。どうせそのうち勝手に崩れて、島も波に削られて沈んでいっちゃうわよ」
「まぁ、動力炉さえ二度と動かなくなれば、もういいんだからな」
「めぼしい収穫は、これくらいかなー」
言いながら、キルシェは胸元から手のひらほどの大きさの四角い物を引っ張り出した。あの布の少ない服に申し訳程度に覆われた胸元の、いったいどこにそんなものが入っていたのだろう。
「これでしょ、あなたが触って作動させちゃった、転移の法円の薄板」
「あ……」
塗られていた顔料が衝撃ではがれ、本来の素材の表面が所々に見えている。グランの剣の柄と同じ素材でできた、あの薄板だった。古代都市の遺跡の中でも、ごく一部にしか存在しないはずの、石のような手触りの金属だ。
「面白い素材ね。土系は専門外だからよく判らないけど、今の冶金の技術じゃこれを作るのも、形を加工するのも、たぶん無理だわ」
「へぇ?」
「はげてるのは表面の顔料だけで、その素材そのものには傷がついてないわ。法円を描いてた部分のほかの床板は、ほとんど粉々になっちゃってたのによ?」
「へぇ……」
グランはなんとなく、自分の剣の柄に触れてみた。
確かに不思議な金属なのだ。長い間素手で持っていても、汗や脂で滑りやすくなったりしない。綺麗なときより、多少手触りが変わるだけだ。そういえば、しばらく使っているが、柄に傷がついた記憶がない。
「これ、しばらくあたしが預かってもいいかしら?」
「いいんじゃねぇの? あ、悪さには使うなよ」
「悪さってなによ、調べてみるだけよ」
言いながら、キルシェはまた薄板を自分の胸元に引っ込めた。明らかに薄板の方が胸元を覆う服の布地より大きいのに、どこに収まったかさっぱり判らない。実はあの胸は作り物で、中がもの入れにでもなっているのだろうか? いや、ちゃんと柔らかかったよなぁ。
思わずぼんやり眺めていたら、キルシェはグランの視線の先をたどって、もう一度グランの顔を見返した。
「なぁに、その、不思議なものを見るような顔は」
「いや……本物かなと思って」
「失礼ね! どう見たって本物じゃないの!」
それはそうなのだが、魔法というものはあれで油断がならないらしい。歳を誤魔化せる魔法があるなら、外見を誤魔化せる魔法だってあるのかも知れないではないか。
キルシェはぷーっと頬をふくらませると、なにを思いついたのか、一転してわざとらしいほど可愛らしく笑顔を作った。
「じゃあ、確かめてみる?」
「はぁ? っておい!」
すっかり油断していたところを首に飛びつかれて、グランはそのまま床に押し倒された。慌ててキルシェの二の腕をつかんで押し返したが、キルシェは構わず、両手に自分の体重をかけてグランの肩を押さえつけ、あっというまに馬乗りになってしまった。髪と同じ色の唇を舌で湿して、キルシェは妖しい笑みを見せた。
「ば、馬鹿野郎、よせって! 本物かってのはそういう意味じゃねぇよ!」
「いいのよ遠慮しなくたって。グランとあたしの仲じゃない」
「どんな仲だよ! とにかくどけってば!」
「あー……取り込み中の所申し訳ないのだが」
軽い咳払いがして、キルシェの下でじたばたしていたグランは、ぎょっとして声の方に目を向けた。
どういう顔をしていいのか困った様子で、ルスティナが天幕の入り口の布を片手で押し上げて立っている。そのマントの陰から、ランジュが不思議そうに顔をのぞかせていた。
「さすがにほかの兵士に示しがつかぬのでな、できればそういうことは別の場所でやっていただけるとありがたいのだが……」
「はぁい」
キルシェはちろっと舌を出し、素直にグランの上から体をどけた。それから、伺うように横目でグランを見た。
「ですって。場所変える?」
ああもう、この女やだ。