13.女神様の使者<5/5>
「強力な法術を扱える方は、怪我や病気のご本人に負担をかけず、大地の持つ生命力自体を利用して、一気に回復させることができるんだそうです。そういう方は、法術で使う集中力や精神力までそれで補えるので、わたしみたいにちょっと法術を使っただけで疲れたりはしないんだそうです」
「ああ、ラムウェジ様はそんな感じですね」
えり元を整えながら戻ってきたエレムは、さっきよりはいくらかましになった動きで同じ場所に座り直した。
「ラムウェジさまの法術は、瀕死の患者でも一気に回復させられるほど強力です。生命力そのものを、大地から分け与えてもらってるような感じで、患者さんにもラムウェジ様自身にも全然負担が掛かってないんです。それどころか、ラムウェジ様が法術を扱う時は、患者さんだけでなく、周りで見てるだけでも元気になれるくらいなんです」
「本人もすっげー元気だったしな……」
「なるほど、法術にもそれなりの理屈があるようであるな」
それまで黙って聞いていたエスツファが、感心したように頷いた。後ろで聞いていたリオンも、納得した様子で一緒に頷いている。
黙って聞いていたルスティナが、静かに微笑んでロキュアに目を向けた。
「とても興味深い話なので、もっと聞いていたい気もするのだが、アルディラ姫もお待ちであろうからな。そろそろエルディエルの天幕まで案内させてもらいたいが、よいだろうか」
「あ、はい、お願いします」
「グラン達はどうする?」
問いかけられて、グランとエレムは思わず顔を見あわせた。
「……俺が行っても役に立たなそうだしな、遠慮しとく」
「顔を見せるだけで、姫が喜ぶと思うのだが」
「今日のうちにいろいろ済ませたいことがあるからなぁ。アルディラには、気が向いたら夕方にでも顔出しに行くよ」
「そうか」
エレムもついていくつもりはないらしく、曖昧に頷いている。法術で傷が治ったことで、少し疲れが出ているのか、なんだかだるそうな様子だった。
「ねぇねぇラティオ、元騎士様、エルディエルの公女さまを呼び捨てだよ?」
「そりゃあそうでしょ、騎士っていうのは自分の主君以外には媚びないものなのよ」
「ええ、かっこいいね! そういう人を従えて旅するエレムさんって、やっぱりすごい人なんだね」
お前ら誰を褒めてるんだか判らねぇぞ。
エスツファは娘二人の丸聞こえのひそひそ話が面白いらしく、グランの表情を見てまた笑いをこらえている。
「あ、あの、エレムさん」
ここからはルスティナと兵士が何人か、二人を案内するらしい。ルスティナに続いて天幕を出て行こうとしたロキュアが、思いついた、というよりは、言う機会を伺っていたような様子でエレムに向き直った。
「お疲れでしょうが、午後にでも少しお時間を頂けませんか。そのぅ……レマイナの神官として、少しお話しをさせていただければと思うのですが」
「あ、はい。構わないですよ?」
「やったぁ! あ、いえ……その、用が済んだら、またご挨拶に参ります……」
顔を真っ赤に上気させて、ロキュアはぱたぱたとラティオの側に駆け寄っていく。なんとも元気いっぱいな娘達だ。
「エレム殿はレマイナ教会の中では、ちょっとした有名人だったのであるな」
いつもどおりの態度を崩さないルスティナの後ろを、きゃいきゃい騒ぎながら娘二人がついていく。天幕の外で揃って見送っていたエスツファが、感心した様子でエレムに目を向けた。
エレムはどこか疲れた笑みを浮かべ、首を振った。
「有名なのは僕じゃなくて、ラムウェジ様ですよ。僕が神官学校を出た後も、こうして教会から離れて行動できるのだって、ラムウェジ様の計らいがあってこそです。僕だけの力じゃ、なにもできません」
「いやいや、元騎士殿の手綱がとれるだけでも、エレム殿はたいしたお方であるよ」
「俺は馬か」
グランは憮然とエスツファを横目で見た。
ラムウェジの七光りもあるのだろうが、どうすれば自分がエレムに従えられているように見えるのか。グラン自身に関してもきっと、もっともらしい噂が一緒についてまわっていそうに思える。
リオンは、遠ざかっていくルスティナ達と、エレムとをそわそわした様子で見比べていたが、なにを決意したのか、妙に真面目な顔つきでグラン達を見た。
「あ、あの、この際なのでぼくも話を聞いてこようかと思います。ランジュのこと、お願いしますね」
ランジュの世話に関しては押しつけられているようなものなのに、完全に世話係になりきっている。
リオンも魔女討伐にはそれなりに関わっているし、話に混ぜてもらえないことはないだろう。グランが頷くと、ぺこんと頭を下げて、リオンは早足でルスティナ達を追いかけていった。