10.女神様の使者<2/5>
「このたび、ヒンシアの教会施設誘致に関する下見役に派遣されました、ラティオと申します。フスタの教会でレマイナに奉仕させていただいております。こちらは同じく神官のロ……」
「あっ、だめだめ自分で言う!」
相棒が自分の紹介までやってくれそうになったので、小さい方は慌てた様子で大きい方の声を遮った。遮ってから、二人の視線が自分に向いたのに気付いたらしく、もじもじと胸の前で両手の指を絡ませながら口を開いた
「あ、あの、わたしはロキュアです。同じくレマイナの神官としてフスタの町で奉仕させていただいております。本当は、教区司祭のジョゼスさまが一緒に来るはずだったのですが、今日はどうしても外せない用があって、先に私たち二人だけがご挨拶に参りました。あ、あの……」
「フスタって……ああ」
あっけにとられた様子で二人を見返していたエレムは、なにを思いついたのかグランに視線を向けた。
「ルスティナさんに騎兵を貸していただいて、話を聞きに行った町ですよ。ここから一番近い、レマイナ教会のある町です。ジョゼスさんには、いろいろお世話になったんですよ」
「ああ、そんなことやってたな」
「こらこら、ご婦人に名乗らせておいて返事もしないのであるか」
「あ、そうですね、すみません」
「い、いえ、それには及びません!」
エスツファの声に、慌ててエレムは立ち上がろうとしたが、それを元気よく押しとどめたのはご婦人の小さい方であるロキュアだった。
「ラムウェジさまのご子息のエレムさんと、ご友人の元騎士様ですよね! お、お二人のお噂はよく存じ上げております。先日エレムさんが、フスタに来られた時、ちょうどわたしたち、泊まりがけで別の町にいて、すれ違いになっちゃって……」
なぜかグランの方がおまけのような言われ方だ。しかし考えてみれば、エレムの養親ラムウェジは、レマイナ教会の中でも屈指の強力な法術師なのだ。
グランは一度会ったきりだが、ラムウェジの扱う法術はほかの者らとは桁が違う。一般市民でも知っている者がいるくらいだから、教会内では相当な有名人のはずだ。
「エレムさんって、優秀な成績で神官学校を卒業されてるのに、その上剣の扱いまで超一流だって伺ってます! 美しいけれど気むずかしい黒髪の元騎士様を従えて、巡検官の職務をこなしながら、行く先々で人助けまでされてるとか!」
「……俺、お前に従えられてんの?」
「さぁ……」
「先のルキルアとエルディエルの衝突をすんでの所で解決されたのも、エレムさんだというお話ですし、今回などヒンシアを支配しようとしていた魔女まで退治されたとか! 表向きはおおっぴらに名前を出されないように配慮されてるのも、控えめで素晴らしいですよね!」
隣で聞いているラティオも、ロキュアの言葉に大きく頷いて特に訂正しようとしない。その脇で聞くエスツファは、否定も肯定もせずにもっともらしい顔でロキュアの熱い演説を眺めていた。自分の所の名前まで出てきたのに、口を挟む気が全くない。絶対面白がっている。
「お前、大活躍だな……」
「いやぁ、すごいですね……」
エレムの方も、照れてむきになって否定するわけでもない。勢いに気圧されているのもあるのだろうが、自分の養親の名前のせいで、噂が尾ひれ背びれに胸びれまでくっつけて勝手に泳ぎ出すのなど、慣れているのだろう。
「なぁ、そういう噂って、どっから流れてくるんだ? 教会の連絡網でとか?」
「あ、はい、使いの者がしてくれる、世間話もありますけれど」
声をかけられ、エレムからグランへと視線を移したラティオは、目が合うとはっとした様子で頬を染め、体の前で組んだ手の指先を意味もなく動かし始めた。
ああ、なんだか久しぶりに、俺を見る若い娘のまともな反応を見た気がする。グランが内心で満足していると、
「ロキュアの兄が、ラムウェジ様のお供をさせていただいてるんです!」
「そ、そうなんです!」
ここぞとばかりに、ロキュアが身を乗り出した。
「兄のレドガルが、法術の素質を見込んでいただけて、昨年からラムウェジ様の旅に同行させていただいております! それで、その、時々来る手紙の中に、先日ラムウェジ様のご子息としばらくの間奉仕させていただいたことが書かれてまして……」
「ああ、あの時の」
言いながら、エレムが記憶の中で、シャスタの町で出会った人間の顔を、総ざらいしているのが判った。あれだけ人がいたら、いくら数日一緒に奉仕してた所で、あまり関わりの無かった者のことまで覚えてるわけはない。だが、ロキュアの方は、少しでもエレムが兄を覚えているものだと受け取って目をきらきらさせている。
ああ……そんなことがあったなぁ。グランはしみじみと思い起こした。
思えばあの頃の厄介ごとは、まだ可愛い方だった。ランジュを拾ってから、いろいろなことがありすぎて、まるで遠い昔のことのように思える。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんであるし」
わざとらしく周りを見回しながら、やっとエスツファが口を挟んできた。珍しい客が来たのに気付いて、いつの間にか兵士達が周りに集まって面白そうに様子を伺っている。洗濯が終わったらしく、ランジュと手をつないだリオンまで混ざっていた。
「積もる話はご婦人方の用件の後にされたらいかがかな。とりあえず、場を変えてきちんと話をいたそうか」
「あ、はい、そうでした……。わたしったら感激してしまって」
ロキュアは上気した頬を押さえて、恥ずかしそうに頭を下げた。