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5.残った者が夢の跡<5/6>

 ヘイディアは、法衣の裾が乱れないように、丁寧に丸太に腰を下ろした。法衣の所々に飾り付けられた淡い紫の石が、水の雫のようにきらめいている。

「いくつか、判ったことをお知らせしたいと思います」

 座った形が落ち着いたのか、ヘイディアは話す順番をまとめるように少しの間目を伏せた。

「市長のウァルト様は、このたびの件が一段落したら市長職を退くそうです。クレウス伯爵号と、付随する領地は弟に譲り、自分は男爵号と小さな領地だけを拝命するとのことです」

「へぇ……」

「午前中の会合に立ち会わせていただきましたが、エスツファ様の言う『ラッパ』を鳴らした時とは全く変わって、憔悴しきった様子でございました。オルクェル様は、グランバッシュ殿がウァルト様に『気付け薬』を飲ませたのだと言っておられました」

 たぶんそれは、グランが『魔女』の左の薬指から抜いてきた指輪のことだろう。気の利いた例えかどうかはよく判らなかった。グランは黙って先を促した。

「湖上の城の処遇に関しては、現在討議中です。一晩でありえないほど老朽化がすすみ、もう迂闊に人が入れる状態ではございません。動力炉自体は、先の崩壊で完全に破壊されたと思われますが、その下に埋もれているはずの被害者達を掘り起こす前に、城が崩れるか、防衛機能を失った島が湖に沈んでしまうかも知れません」

「あ……そうか」

 今まで、増水の時も渇水の時も、島の水際が変わらず同じ形を保っていたのは、古代施設を守る力の働きがあったからだ。城が一気に老朽化したのも、動力炉が止まり、機能を完全停止したからだろう。

 でも、沈んでしまうなら、もうそれでいいのかも知れない。

 最近まで稼働していた古代人の遺跡だから、確かに貴重な資料になるのだろうが、古代人の文明だって滅びるべくして滅んだのだ。施設の無理な延命が、領主一族と古代遺跡との歪んだ関係を作り上げ、多くの犠牲を生み出す結果になってしまったのだと思えば、もうあのまま全て闇に葬ってしまった方がいいような気がした。

 夫人の灰と一緒に沈む、名も知られぬ多くの死者にはやりきれないかも知れないが、事の真相がつまびらかにされたところで、死者が蘇るわけでもない。

「……管理者がいなければ、城の維持はままならなかったはずです。これまで城の主となった歴代の領主達も、自分達の意思で受け継いでいたつもりで、実際は城の魔力に意識を捕らわれていたのかもしれません」

 ヘイディアは相変わらず、淡々と続けている。

「それが、魔力の供給が絶えて、伯爵家の人間も城から解放されたのであれば、『伯爵家も被害者』という表現は、間違いではなかったのかも知れません。エスツファ様のご提案は、結果的には実に的を射た判断であったかと思われます」

 まぁ、結果的には、なんだけどな。

 エスツファは、異国という事を踏まえた上で、全体が丸く収まって後背に憂いを残さないようにまとめただけなのだ。とっさにそれができるから、エスツファはやっぱり喰えない奴なのだろうが。

「とにかく、地下遺跡に続く部分を封鎖して城を形だけ残すにしろ、人が寄れぬように全体を破壊するにしろ、数日で決めることはできませぬ。しかし、この町にエルディエルの部隊が留まるにも時間に制約がございます。ここはまず、どの国家にも属さない、ふさわしい第三者による監視体勢を整え、万一再び伯爵家が湖上の城を利用しようと動きを見せた場合、いち早く警告を発することができるように手を打った方がよいのではないかと、話の方向はまとまりつつございます」

「どの国家にも属さないふさわしい第三者?」

「レマイナ教会です」

 言葉と一緒に、無意識なのだろうが、ヘイディアの視線がたてかけたままのエレムの剣の鞘に向いた。

「レマイナ教会の情報伝達網は、大陸中央部のどの国家よりも広く細やかで、迅速です。レマイナ教会には、ある程度高位の法術師や治療術の専門家が集団チームを組んで各地を移動する、巡検官制度があるのはご存じですかです」

「巡検官……ラムウェジみたいなのか?」

「ああ、エレム殿とグランバッシュ殿は、あのラムウェジ様のお知り合いということでございましたね。一カ所に高位の法術師や高い技術を持った治療術師が留まっていると、人々が受けられる恩恵が場所によって偏ってしまうというのが、レマイナ教会の考え方だそうです」

 ラムウェジもそんなことを言っていた。グランは頷いた。

「彼らは平時でも、医療の行き届かない地区を旅して、医療奉仕を行っています。では、彼らが『医療が行き届いていない地区』と判断するための情報は、どうやって得ていると思いますか?」

「判断するための情報……?」

「移動する神官達には『巡検官』という肩書きが与えられるそうですが、その巡検官にも、集団で医療活動を行う者のほかに、更に少人数で移動し、各地の情報を教会に報告する者があるそうです。軍隊でいうなら先遣隊に近い役割です。情報で本体を支援しているのですね。エレム殿も、そういった役割を果たされているのではないですか?」

「あ、ああ……」

「その先遣役の報告を、各地の教会が受け取ると、それを掌握した地方統括支部が、医療が必要とされている区域の優先度を割り出し、移動の計画をたててその地区にいる巡検官達に指示を出します。必要があれば、薬や物資なども同時に手配します。大規模な疫病や災害が発生したとき、これがとても有用になります。事は人命に関わりますから、情報の伝達はきわめて速やかです。必然的にレマイナ教会は、大陸各地の情勢を一番明確に把握している組織なのです」

 確かに、レマイナ教会の建屋は大陸のどの国に行っても必ずある。ルアルグ教会の本拠地であるエルディエルでどうなのかは知らないが、ルアルグの神官であるヘイディアやリオンは、レマイナ教会に属するエレムをごく普通に受け入れているから、エルディエルの領内にもレマイナ教会は存在するのだろう。

「今までこの地が法術師に嫌がられていた理由も、はっきりしました。逆に言えば、法術の素質のある者がいれば、万一城に変化があった場合すぐに気がつくはずです。レマイナ教会の情報伝達網なら、その異変を察知した時点で、数日かからず南西地区一帯に警告を発することが可能です。女神レマイナは全ての命の護り手、城の動力炉再稼働はレマイナ教会にとっても忌むべき事態であるはずです、協力を得るのは難しくないでしょう」

「なるほど……」

「最終的にレマイナ教会の上層部とのやりとりになるとは思われますが、既に南西地区のレマイナ教会統括支部に使いが走っております。部隊がこの町を発つ前にはなんらかの返答があると思われます」

 こちらに時間がないせいもあるのだろうが、判断が速い。

 内政干渉とも違うし、特定の国家が損益を受ける話でもない。ことがことだから、レマイナ教会も嫌だとは言わないだろう。

「どのみち、カカルシャからの帰りにもこの町はまた通りますから、城の処遇を決めるのはその際でも構わないだろうとのことでした。まずは、二度と動力炉の復活がなされないために、今後の指針をある程度固める方向で動いております」

「そっか……」

 人が寝てる間にそこまで詰めてしまうのだから、エルディエルの力もそうだが、エスツファやルスティナの働きも侮れない。ルキルアの規模自体は周辺の小国と大差ないのだが、やっぱりどこか違う気がする。

「会合で決まったことは以上でございますが、個人的にもうひとつ」

「個人的?」

 ヘイディアには一番似合わない単語が飛び出してきて、グランは首を傾げた。ヘイディアは淡々とグランを見返して、口を開いた。

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