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4.残った者が夢の跡<4/6>

 どれくらい、うとうとしていたのだろう。人の気配でグランは目が覚めた。

 兵士達のとは違う、軽めで狭い歩幅の足音が、草を踏み分けて近づいてくる。足音の合間に、杖でもつくような音が混ざっている。

 ああ、ヘイディアか。

 まだ寝足りないのが先に立って、グランは目をあけもしなかった。自分に用なのだとしても、寝ていると思えば出直してくるだろう。

 ヘイディアは、少し離れたところで立ち止まって、グランを眺めているようだった。首でも傾げたのか、錫杖が澄んだ音を立てた。

 そのまま戻るかと思ったのに、ヘイディアはなぜか、さっきまでグランが座っていた丸太に錫杖を立て掛けたようだった。気になったが、ここまで寝たふりをしてしまった手前、今更起きるのも気まずい。

 目をあけないまま様子を伺っているグランの側まで来ると、ヘイディアは身をかがめて、なにかに手を伸ばし、拾い上げた。

「……地の者に空からの安らぎを分け与える慈悲深き神ルアルグよ、その命の息のひとかけを、か弱き人の身を護りし為に貸し与えたもう」

 すぐ間近で、風のようでいてそうではない、不思議な力の感触が、グランの髪をそよがせた。

 力の気配は、グランの鞘の中程に添えられたヘイディアの手のひらに集まり、鞘を包み込むように静かに広がった……ような気がした。

 リオンのように、鞘口から風を送り込んだわけではない。鞘の表面全体に、風が吸い込まれ、それが少し置いて鞘口からため息のようにこぼれたような、不思議な動きだった。なぜこぼれたような気がしたかといえば、鞘口から出てきた風が、蒸気を透かしたように一瞬白く揺らいだように見えたのだ。

「……お目覚めのようですね」

「あ……」

 立ったままのヘイディアと目があって、グランは思わず間抜けな声を上げた。いつの間にかしっかり目をあけて、ヘイディアのすることを眺めてしまっていたのだ。

 半分寝たふりだったのも、最初からばれていたのかも知れない。とりあえず起き上がって、グランが草の上に座り直すと、ヘイディアは淡々とした表情のまま、鞘を手渡してきた。

「革と木に残っていた水分は、風で押し出しました。もう剣を収めても問題はないかと存じます」

「そんなことまでできるのか?」

 グランは驚いて、目をすがめて鞘口から中をのぞき込んだ。もちろん奥まで見えるわけはないが、さっきまで残っていた微妙な湿気が感じられなくなっている。ヘイディアは静かに頷いた。

「革も木も、もとは生き物でございます。地に生きるものの体には、水と風を受け入れるための通り道があるのです」

「へぇ……」

「もちろん、生きているものの体を自由に風が通り抜けることはできません。でも、命を失ったものからは水が失われて、その場所を風が行き来できるようになります。一旦風が行き来できるようになれば、一時的に水がその間に入り込んでも、時間の経過でまた水は失われ、再び風が通るようになります。それが『乾く』ということです」

 なるほど、それなりの理屈があるらしい。グランはいくらか軽くなったような気がする鞘を、角度をいろいろ変えてしげしげと眺めた。

「さっきリオンが当てた風は、そのままはね返ってきてたけど……」

「リオンは、学校できちんと学んでおりませんから」

 グランの仕草が面白かったのか、ヘイディアが気持ち柔らかに目を細めた。

 たぶん、笑ったのだろう。

 程度で言えば『笑ったかも知れない、そんな気がする』くらいの微かなものだが、最初に比べたらずいぶんと丸くなったものである。

「素質は十分にあるのですが、法術の考え方については、城では週の何日か程度、姫の教育係の一人から片手間に学んでいただけのようでございます。形ばかり真似ても、法術はなかなか身につくものではございません」

「それで自分で『神官見習い』って言ってるのか」

「今の本業は姫の世話係でございますから、それでもよろしいのでしょう。姫のお側に仕えるのは、臣下として大きな栄誉にございます」

 言い口からは、別にリオンを卑下するようなものは感じられない。率直にそう思っているようだ。アルディラの側仕えを勤められるのだから、それだけでたいしたものなのかもしれない。

「……座ってもよろしいでしょうか」

「あ、ああ」

 自分のものなのに、ひどく珍しいものを見る気分で眺めていたグランは、ヘイディアの声に慌てて鞘を置いて頷いた。了解なんかとってないで、さっさと座ればいいのにとも思ったが、なんだ、自分に用があって来たのか、やっぱり。

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