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3.残った者が夢の跡<3/6>

「まぁ、さすがにあの騒ぎの後で丸一日起きているのは、堪えるものであるな。市長側との話が一段落したから、エスツファ殿の言葉に甘えて少し休ませてもらうことにした」

「どーせあのおっさん、しっかり自分は夜は寝てたんだろう」

「そのようであるな。あのような事の後なのに、全く動じた様子がない。ああ見えてなかなか切れ者で剛胆な方のようだ」

 どう見えていたのか聞いてみたい気もしたが、それよりも先に、こちらを見るオルクェルの表情が少し不安げなものに変わった。

「その……二人はよかったのであるか?」

「ん?」

「今回の魔女討伐のことを、表向き、我らエルディエルの部隊が主導で解決したことにするという話であるよ」

「あ? ああ」

 熟れた李は柔らかくて甘く、汁が多くて夏にはちょうどよかった。少し離れた足元の地面に種を捨てて足で埋め込みながら、グランは頷いた。

「最初に、きっかけになった子どもに話しかけられたのはヘイディア殿であったが、詳しいことを調べて来たのはルキルアの方々であろう。実際に危険な目にあったのもグランバッシュ殿とエレム殿であるし、魔女と決着をつけたのだって……」

「いいんだよ、公女の慧眼と、その側近達の働きってことにしといたほうが、周りも判りやすいだろ」

 オルクェルの表情は変わらない。グランは軽く肩をすくめた。

「実際、ヘイディアがいなきゃ、今回はなんともならなかったしさ。それでなくても、あの火の蛇と竜巻の対決はすごかったからなぁ。異国でもエルディエルの威光薄れずって感じで、大公も喜ぶんじゃねぇの?」

「しかし……」

「エスツファもルスティナも、ルキルアの名前がおおっぴらに前に出て、周りの国に変に警戒されるよりは、援護しただけってことにしておいた方が都合がいいって言ってるんだろ。妙な噂になって、俺達があれこれ聞かれるのも面倒だしさ。いいんだよ、アルディラとあんた達のお手柄ってことで」

「……まったく、本当に欲の薄い方なのであるな」

 オルクェルは、半ば呆れたように笑みを見せた。

「エレム殿はまだしも、グランバッシュ殿は傭兵なのであろう? いずれルキルアの隊から離れた後、新しい仕事を得るには、やはりこうしたことで名前を売っておいた方が得なのではないのか?」

「次があるとも判らねぇしな」

 言いながらグランは、リオンが置いたエレムの剣の鞘に目を向けた。拭いただけで、傷のある部分に印をつける暇はなかったようだ。

「それに、今変に名前が売れても困るんだよ。まずはランジュを返しに行かなきゃならねぇんだ。それまでは、なるべく目立たず穏便にやりたい」

「穏便という言葉が、これほど似合わない男も珍しいな」

 ……別に俺は、好きこのんで厄介ごとに突っ込んでいくわけじゃねぇぞ。厄介ごとの方からこっちに寄ってくるようになっているのだ。むっとしたグランの顔を見て、オルクェルは可笑しそうに口元を緩めた。

「では、今回はそういうことにさせてもらおう。もちろん、私も姫も、グランバッシュ殿とエレム殿の功績、しっかりと心に留め置いておくよ」

「それもまた面倒だけどなぁ……」

「例の火の鳥……の形をした松明の事や、古代魔法に詳しいかの女人の事なども、いろいろ聞きたいのであるが」

 いきなり突っ込まれたくないことに踏み込んでこられたので、グランは思わず体を引いた。オルクェルは笑みを作ったまま、顔の前で片手を振った。

「眠くて、今はそれどころではないのでな。おいおい機会ができたら聞かせて欲しい」

「あ……ああ」

 グランが曖昧に頷くと、オルクェルは話は終わったとばかりに立ち上がった。

「エレムの顔は見ていかねぇの?」

「私が顔を出したら気遣わせてしまうだろう? こういうときは無理せず養生するように言っていたとでも、伝えておいてくれぬか」

「判った」

 ……アルディラが絡まなきゃ、それなりに隊長らしい奴なんだよなぁ。あ、あとルスティナか。

 つまり、女に弱い奴なのかも知れない。来た方向に戻っていく深緑の上着の後ろ姿を見るともなしに見送って、グランはまた、磨きかけのエレムの剣の鞘に手を伸ばした。

 リオンはエレムの寝ている天幕から出てきたあとも、ランジュを連れていったきり戻ってくる気配がない。きっとままごとの延長で、ランジュと一緒に炊事当番の兵士の手伝いでもしているのだろう。

 オルクェルが戻った後は、特に声をかけてくる者もいない。昨日の今日なので、グラン達は休ませるようにとでも言われているのかも知れない。

 しばらく黙々と作業していたが、剣身にさび止めの油を塗るところまでやったら、さすがに少し疲れてきた。

 兵士から借りてきた長い木箱に、布でくるんだ剣を横たえる。鞘は風が当たるようにたてかけて、グランはその横の草の上に寝転がった。

 空はほどほどに雲が浮かんで影を落とし、草地を抜けてくる風も心地よい。寝転がっているうちに眠気がさしてきて、グランは自分の腕を枕に目を閉じた。

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