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2.残った者が夢の跡<2/6>

 ヒンシアの名所だった湖上の城は、なんだかんだで一夜にして半壊し、朝になると魔法が解けたように荒廃した姿を湖上にさらけ出していた。

 古いながらも趣があった領主の城は、一晩で百年も月日が過ぎ去ったかのように老朽化が進んでいる。昨日一昨日まであんな所で人が暮らしていたなど、夢のようだ。

 表向きとしては、得体の知れない魔女の責任にすることにはなっているが、水面下ではいろいろ片付けておかなければいけないこともある。

 半壊した部分には、城とその地下に広がる古代人の都市遺跡を制御管理していた動力炉がある。エルディエルとルキルアの部隊が先に進むには、最低でもその動力炉が完全に破壊され、機能が復活しないことを確認する必要があった。

 この三日間の休暇気分が一転、ルスティナもエスツファも、オルクェルや町の衛兵達との打ち合わせで大忙しのようだ。町は城から避難してきた使用人達の保護も合わせて、未だに慌ただしい。

 一方で、町に戻ってエルディエルの衛生兵に一通り介抱を受けたあたりから、エレムが高熱で動くのもままならなくなった。

 考えてみれば、二人は「魔女」との対決と、城からの脱出と着衣泳を一日に二回もやるはめになったのだ。崩壊していく城から、グランの後に続いて湖に飛び出したエレムは、瓦礫をいくつか直に背中に受けて気絶したまま水中に沈み、船に引き上げられた後は自力で立つのも難しいくらいだった。

 背中に背負った剣が盾代わりになって、外傷自体はたいしたことはなかったのだが、相当に体力を消耗していたのも重なったのだろう。エレムは薬と強壮剤を与えられて、ルキルアの部隊の天幕で今も安静中だった。

 人の世話はいくらでも焼くくせに、自分の不調を訴えるのは不慣れなのだ。どうせ、もう数日は部隊も町から出立できないだろうし、その間黙って寝ていればいい。

 とりとめなく考え事をしていたグランは、ふと顔を上げた。天幕の合間から、深緑の上着の人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 あの色で裾の長い上着といったら、エルディエルの騎兵隊隊長オルクェルしかいない。しかし一緒に歩いているのは、公女アルディラでもなければ、荷物持ちにくっついてくる従者でもなく、ルアルグの神官ヘイディアでもなく、……ランジュだった。

「いや……すぐそこでこちらの兵士に声をかけていたら、私を見て嬉しげに走り寄ってきたのだが……」

 グランとリオンが揃って目を瞬かせたので、オルクェルは困った様子で、自分の上着を片手で掴んで離さないランジュに目を向けた。

 ランジュが見上げているのはオルクェルの顔……ではなく、オルクェルが片手で抱えている果物の盛られたかごだった。市場で目についたものを放り込んできたのか、赤黄緑の目にも鮮やかな果物が、甘い匂いを漂わせている。

「夏の果物は解熱作用があるとのことなので、従者に適当に買わせてきたのだ。エレム殿はやはり起きられぬようであるか」

 言いながら、オルクェルはグランに向けてかごを差し出した。グランは地面に広げた布にエレムの剣を横たえ、真っ赤に熟れたすももを手に取った。ランジュがうらやましそうに目を向ける。

「薬のおかげでちゃんと寝てるみてぇだよ。あんまり構うと無理に起きようとするから、放っておいてる」

「そうであるか」

 オルクェルは頷くと、鞘を置いて立ち上がったリオンにかごを手渡した。

「エレム殿に好きなものを選んでもらって、後は炊事当番の兵士に渡してきなさい」

 リオンが頷いてかごを受け取ると、それまでずっとオルクェルの上着の端を握っていたランジュも、かごと一緒にリオンの隣に移動していった。オルクェルが苦笑いを見せる。

「……あの子どもは、食べるのがほんとうに好きなのであるな」

「子どもだしな」

 見た目は。

 リオンとランジュが揃って、エレムが休んでいる天幕の中に入っていくと、オルクェルはそれまでリオンが座っていた丸太に腰を下ろした。ただ差し入れるだけなら、従者にでも持って来させればいいのだから、やはりグランに話でもあるのだろう。

「グランバッシュ殿は、大丈夫なのであるか」

「俺? 疲れてないとは言わないけどさ」

 グランは服で軽く李をこすって、皮ごとかじりながら答えた。

「半日寝たし、食ってもう一回寝れば明日には元通りだ」

「そうか、それならよかった」

「あんたこそ大変なんじゃねぇの? あれから寝る暇あったのか?」

「一晩くらいどうということはない。グランバッシュ殿だってそうであろう」

「まぁな」

 頷き返すと、それまで真面目な顔つきだったオルクェルが、少し気が抜けたように頭をかいた。

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