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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツのささやかな休日
120/622

副官フォルツのささやかな休日<4>

 ※ ※ ※


「うーむ……焼くと表面がふくらむのか。花というか、星のようになってしまった」

「『ほうしゅう』がまんまるお月さまになりましたー」

「嬢ちゃんがせっかく描いた顔が消えてしまったなぁ」

 焼き上がってきた焼き菓子を皿に並べ、フォルツとランジュが同じように難しい顔で眺めている。

 侍女達はくすくす笑いながら、あいた鉄板を軽く拭いて、型抜きした生地をまた並べている。もう一回窯に入れれば、生地は終わりのようだ。

「ランジュちゃんの作ったものは、かごに入れて元騎士様と神官様に持っていってあげましょうね。残りのものが焼き上がるまで、みんなでお茶の時間にいたしましょうよ」

「エスツファのおじさんとルスティナさんにもあげるのですー」

「あらあら、ランジュちゃんはみんなと仲良しなのね」

「なかよしは3青銅貨セムトの得なのですー」

「なんか違うと思うぞそれ」


 ※ ※ ※


「……なるほど、二人で六〇人というのは大げさにしても、道中いろいろな問題を片付けてきたのだな」

 身を乗り出して話を聞いていたルスティナは、学者に化けたエレムと、その従者を装ったグランが『緋の盗賊』エルラットを捕らえる下りを聞き終えて、ひどく感心した様子で何度も頷いた。まるで、吟遊詩人の話を聞く子供のような熱心さだ。

「それにしても、『ラグランジュ』を運んでいるふりをしていたはずが、本当に持ち主になってしまうのだから、現実とは奇なるものであるな。どの神がそうしたことに干渉するものかは判らぬが、不思議で面白い」

「面白くはねぇよ、あんなのただの疫病神と大差ないぞ」

「グランにはそうかも知れぬが」

 ルスティナは、おかしそうにグランを見ていた目を、ふと細めた。

「まるで我らを助けるために、『ラグランジュ』とともに来てくれたようではないか。私は嬉しく思っている」

 微笑んだルスティナが眩しく感じられるのは、きっとドレスにあしらわれた小さな宝石のせいだろう。グランは言葉に詰まって、ルスティナから目を逸らした。話の間にだいぶかさの減った水差しが目に入り、落ち着かないのを悟られないように立ち上がる。

「ちょ、ちょっと水を足してもらってくる。な、なんか欲しいものはないか? 菓子とか」

「いや、特にはないが……」

「じゃあ、ついでに、王妃の様子もどうなってるか聞いてくるよ。案外、さっさとあきらめて離宮に戻ってるかも知れないだろ」

「すまないな」

 寝台に腰掛けてグランを見送るルスティナからは、最初の困惑した表情はすっかり抜けていた。親と一緒にいる子供のような、無防備ささえ感じられる。

 逆にグランは、内心の余裕のなさを悟られないように笑顔を作りながら、水差しを片手にぎくしゃくと廊下へ出て行った。



 ルスティナとの話に夢中で気がつかなかったが、だいぶ太陽も傾いて、午後のお茶にももう遅いような頃合いだ。もう妃も離宮に戻っているかも知れないと、廊下の窓から空を見上げてグランは大きく息を吸い込んだ。

 使用人の作業場はだいたい一階に集中している。炊事場で水をもらうにしろ、全体の様子を伺うにしろ、まずは人の多そうな一階まで下りた方が良さそうだ。

 ぶらぶらと階段をおりると、踊り場の窓から、庭で話しているらしい声がぼそぼそと聞こえてきた。

 何気なくのぞき見る。

 この位置からでは枝葉の陰になって見えないが、月花宮側にあたる西の中庭に人が何人かいるらしい。

 西の中庭は、第一王子カイルが南国の草花を集めた偏執的マニアックな庭園になっている。カイル自身が直々に世話をするような場所だから、そこで話をしているとなると、城の中でもそこそこの立場の者だろう。 

 階段を下りきると、花瓶の飾られた棚があった。そこに水差しを置いて、グランは声のする方に足を向けた。

 手すりから身を乗り出さない程度に中庭を見回すと、飛び散った瓦礫の跡があちこちに生々しく残っているのが目についた。潰れたり、傷ついたりした草花には、判りやすく目印がつけられている。

 その庭園の中、しつらえられた休憩用の長椅子に腰を掛けているふたつの人影と、それを遠巻きに見守る従者達の姿が見えた。見守られている一人は第一王子のカイルで、もう一人は、赤ん坊を抱いた妃だ。

「……で、一着着てくれたのが嬉しくなっちゃって、つい調子に乗ってあれこれ出しちゃったの」

「はぁ……」

 どうやら、ルスティナが逃げ出したことを話題にしているらしい。王妃の話ぶりは、ふざけておもしろおかしく、という感じではなく、どうも本心から反省しているように見えた。

「わたし、あんまり良く思われてないみたいだったけど、ほんとはもっとみんなと仲良くやりたかったのよ。でも父上が、『城の者と軽はずみにお喋りをするな、育ちが悪いと思われる』ってうるさくて。やっぱり、そういうものなの?」

「そんなことはない……と思うけど。でも、僕も庭の手入れをしてるときに、通りかかる者たちに草花の話をしてると、侍従長が嫌な顔をしてたなぁ。もっと一国の王子らしく振る舞いなさいって」

「そうそう、わたしも演劇の話とか、お化粧の話とかを侍女達としてるのを見つかると、父上に怒られたの。そのせいで、侍女達もあんまり話をしてくれなくなっちゃった」

「僕も、庭師に植木の手入れの話とか聞いてると、侍従によく怒られる。学者の話もいいけど、実際に世話をしてる人の話も聞きたいのに」

「難しいよね……みんなと好きなことで話したいだけなのに」

「そうだよね……」

 なんだか妙に意気投合している。

 騒動の最中のカイルの話しぶりだと、あまり仲が良くないような印象だったが、そもそも接触する機会が少なくて、仲がいい悪いもなかったのかも知れない。

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