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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツのささやかな休日
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副官フォルツのささやかな休日<2>

 部屋を引っ越したところで、そもそも持っている荷物などたかが知れている。適当に荷物を置いたら、あっという間にすることはなくなってしまった。

 ランジュをどうするか、エレムに押しつけて兵士達とだべってこようかとグランが思案していると、これから菓子作りをするという、カイル付きの侍女達がランジュを呼びにきた。

「終わったら、お菓子と一緒にランジュちゃんをお届けに上がりますからね」

「夜まで見ててくれてもいいんだが……」

「元騎士様をあまり甘やかさないようにと、エスツファ様に言われておりますので」

 ランジュはいいのか、ランジュは。

 グランの心の声など誰も気がつかないまま、侍女達と手をつないだランジュがいなくなると、それこそもうすることもない。

「ランジュも心配なさそうだし、僕は片付けの手伝いに行ってきますけど、グランさんはどうしますか?」

「……少し寝たら考える」

「昼寝はほどほどにしないと、夜に寝られなくなっちゃいますよ」

 口うるさい母親のようなことを言っているエレムを追い払うように見送り、グランは開いた窓から狭いベランダに出た。


 本来、ルキルア王と王妃の住まう宮殿である陽光宮は、正面から見ると、玉座の間や大広間のある本館の真裏に当たる。今は幌布で覆われているが、大きく穴の開いた城の本館の壁が、こちら側からだとはっきり見えた。

 この陽光宮も、まるっきり無傷だったわけではない。宮殿にいくつかある尖塔のひとつが、ルアルグの法術師の攻撃で折れ飛んだのが、本館の壁に出来た大穴の原因だった。

 本館の壁に突き刺さった尖塔の頭は、玉座の間を崩壊させ、どうした理由でかそこにいた宰相が崩れた瓦礫の下敷きになった。

 あれがただの偶然か、『ラグランジュ』の力によるものか、グランにはなんとも言いようがない。

 手すりに肘をかけ、ぼんやりと思いを巡らしていると、渡り廊下が騒がしくなった。

 城内の各建物は、それぞれ渡り廊下でつながっている。中庭の中央を横切って、本館と陽光宮をつなぐ渡り廊下は、あの騒ぎの中でもまるっきり無事だった。

 その渡り廊下を、女達ばかりの列が陽光宮に向けて歩いて来る。列の前と後ろ護るのも、兵服姿の女ばかりだ。

 列の真ん中で侍女に囲まれて、おちついたドレス姿の若い女が赤ん坊を抱いて歩いている。その後ろに、ルスティナの姿も見えた。

 グランは今まで姿を見たことがなかったが、あれは王妃と第二王子のようだ。

 今の王妃は後添いで、第一王子のカイルと第二王子は異母兄弟ということになる。若い今風の王妃というのは聞いていたが、確かにあのドレスの女はルスティナよりもずっと若く見えた。

 王と王妃と第二王子は、一旦離宮に移ったはずだが、なにか忘れ物でも取りに来たのだろうか。どのみち、王族の生活する部屋は上の階なので、グランのいる二階は関係なさそうだ。

 歩いているルスティナが、視線に気付いた様子でちらりとこちらに目を向けた。グランと目が合うと、周りに悟られないように一瞬目を細め、すぐに表情を正して視線を前に向けた。

 王妃の護衛なら、ルスティナもしばらく忙しいだろう。

 グランは一行が廊下を渡っていくのを、見るともなしに眺めていた。ランジュもいなくなって気ままにやれるはずなのに、なんだか外に出る気も失せて、窓を開けたまま寝台に寝転んだ。


  ※ ※ ※


 陽光宮内で、侍従侍女や使用人達が作業に使う施設はほぼ一階と二階に集中している。炊事場や使用人用の食堂、浴場は一階だ。

 それぞれに定められた仕事を終えた侍女達は、与えられた休憩時間を、よく食堂や庭でのお茶会にあてている。

 陽光宮と月花宮にいる若い侍女の多くは、行儀見習いに送り込まれた下級貴族や富裕な市民の娘達だ。定められた仕事をこなしながらも、彼女たちはどこかおっとりと城での生活を楽しんでいるようだ。

 地方領主の三男とはいえ、フォルツは貴族の出であるから、侍女達の間では待遇もよい。

 王と王妃付きの侍従侍女は大半が離宮に行っているので、今陽光宮にいるのは、本来月花宮勤めであるカイル王子付きの侍女ばかりだ。その侍女達は、食堂の片隅を使って、どうやら焼き菓子の生地を作っているようだった。粉と砂糖と干した果物の甘い匂いが漂う中、侍女達が小鳥のさえずりのような笑い声を上げている。

「あら、フォルツ様。離宮にいらっしゃったのではないですか?」

「やっと休みがもらえて戻ってきたよ。やはりそなたらの顔を見ないと味気ないものだ」

「あら、離宮の侍女達には『新しい花畑ができたようで心が華やぐ』なんておっしゃってたそうじゃないですか。エスツファ様が言いふらしておりましたわ」

「あの旦那は油断も隙もないなぁ」

 頭をかいてそう言いながらも、フォルツは特に悪びれた様子もない。少しの間、作業する侍女達を微笑ましく眺めていたフォルツは、彼女達と一緒になって生地の型抜きをしている、頭三つ分くらい小さな少女に気付いて目を瞬かせた。

「おや、元騎士殿の所の嬢ちゃんじゃないか」

 生地は侍女達がある程度整えているので、あとは伸ばした固めの生地を、何種類かの決まった型でぽんぽん押し抜いて鉄板に並べていくだけだ。

 だがランジュは、丸く抜いた型に、更に棒の先で人の横顔のようなものを書いたり、いびつな縦長の台形を作ったり、生地をわざわざ細長くして飾りのように干しぶどうを埋めたりと、一生懸命なにかの形を作っている。

「これは『ほうしゅう』なのですー。こっちは、広場で飲んだお水で、これはグランバッシュ様の『しょうばいどうぐ』なのですー」

「『ほうしゅう』……? ああ、金貨のことか」

 言われてみれば、台形のようなものは水売りの屋台で使われるカップに、棒のようなものは剣に見えなくもない。焼けば形も変わってしまうのだろうが、ランジュにとってはこれも遊びと同じなのだろう。

「どうせならもうちょっと、可愛いものをつくってみたらどうだ? 花とか、鳥とか、果物とか」

「あら、花を焼き菓子で作るのは意外と難しいのですよ」

「そんなことはないだろう? 花びらを少しとがらせてそれっぽくすれば……」

「じゃあフォルツ様もやってみます?」

「よし、嬢ちゃん、どっちが上手く作れるか勝負だな」

「いやだわ、フォルツ様ったら」

「小さい子あいてにおとなげがないのですー」

「嬢ちゃん、自分で言っちゃダメだよそれ」


 ※ ※ ※


 遠くで、職人達のかけ声や、瓦礫を運ぶ者たちのざわめきが聞こえる。

 風が少し強くなってきたのか、窓から入る風がカーテンを揺らす微かな音でグランは目を開けた。

 そんなに長い時間、うとうとしていたわけではなさそうだ。さすがにこのまま閉じこもっているのも虚しい気がして、グランは起き上がった。

 どうせなら、今日は城下をぶらぶらしてきてもいいかもしれない。侍女達がランジュを送り届けに来るかも知れないが、無人の部屋に置いていくこともないだろうから、うまくいけば丸一日子守を押しつけられる。

 街に出るのに、防具は大げさだろう。荷物と一緒に置いてある、肩当ての片方なくなった軽鎧を少し眺め、グランは剣をこうと立ち上がりかけ、動きを止めた。

 通る者もなく静かだった廊下から、慌ただしい足音が聞こえてきたのだ。

 なんだか聞き覚えのある靴音だな、と思う間もなく、足音の主は一目散にグランのいる部屋の前まで来ると、ノックもそこそこに扉を押し開けた。

「グラン、すまないかくまってくれ!」

「かくま……え?」

 ひどく慌てた様子のルスティナが飛び込んできて、グランは目を白黒させた。飛び込んでくるだけならまだしも、今のルスティナはいつもの将官の服ではなく、水色の落ち着いた色のドレス姿なのだ。

 所々きらきらしているのは、グランの目の錯覚ではなく、布地にあしらわれた小さな宝石のせいだろう。本来は首飾りなどをあわせてつけるのが前提の服らしく、首元も大きく開いている。だが、ルスティナは一切装飾品を身につけておらず、靴も将官の服にあわせたブーツのままで、なんだかちぐはぐな格好だった。

「話は後だ、とにかくしばらく隠れさせてくれ」

 後ろ手に扉を閉じ、ルスティナは焦った様子で身を隠せる場所を目で探している。まるで魔法が切れる前に舞踏会から逃げ出してきた、おとぎ話の姫君のようだ。ちょっととうが立っているが。

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