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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 副官フォルツのささやかな休日
117/622

副官フォルツのささやかな休日<1>

「やっと自分にも出番らしい出番が……」

「あまいのですー」

「え? だってタイトルに名前ついてるし、今回の主役は自分じゃ」

「わたしはタイトルロールなのに、せりふも出番もあんまりないのですー」

「」


※第一章<漆黒の傭兵と古代の太陽 編> の後のお話です。

「んー、半壊してようがなんだろうが、こっちの方が落ち着くな」

 交代の引き継ぎを終え、王妃の警護の隊から離れたフォルツは、二日ぶりに見る自分たちの本拠地を前に大きく伸びをした。羽織ったマントが、天頂にたどり着いた陽光を受けて銀色に輝く。

 エルディエルの攻撃で半壊した城の修繕のため、王と王妃と第二王子が、離宮に移って今日で三日。

 白弦騎兵隊副司令の一人であるフォルツは、ほかの副官と共に、離宮の警備の統轄にあたっていた。

 離宮は市街にあり、城からもそう遠くはない。必要最低限のものを持ち出せば、修繕の間だけ移り住む分にはさほど不自由はないのだが、若い王妃は城の居室に残してきたお気に入りの服や飾り物が気になるらしい。今日になって、離宮で使うものをいくらか自分で取りに行きたいと言い始めた。

 それで、城に残っているほかの副官と交代がてら、フォルツ自身が離宮から王妃の警護部隊を率いてきたのだ。

 移動中の警護は白弦騎兵隊の副官が統轄しているが、建物に入ってしまえば、女ばかりの近衛兵が王妃の身辺を警護する。待機中の兵士達にはこの待ち時間を休憩に当てさせ、フォルツは別の副官に指揮を引き継いできたのだ。明日の夜までではあるが、自身もやっと休息らしい休息がとれる。

「しっかし、ほんと派手にやってくれたもんだよな」

 馬丁に馬を預けると、正面ホールの潰れた黒弦棟と、半壊した月下宮を厩の前から見上げて、フォルツは癖のある赤い髪をかきあげながら何度目かの苦笑いを浮かべた。

 法術というものが実際に存在しているのは、知識としては知っていた。実家にいた頃、地元のレマイナ教会の神官が、落馬した兄の傷を癒してくれたのも見たことがあったから、そういうものが存在すること自体は特に疑ったことはなかった。

 しかし、ルアルグの法術が、それこそ天災のような威力で、建物の壁や塔を吹き飛ばすことができるなど、あの一件まで考えたこともなかったのだ。

 ましてや、その瓦礫に埋もれそうになった自分たちを助けたのも、レマイナの法術によるものだという。両方とも目の当たりにしてしまっただけに、フォルツとしては信じないわけにいかない。

 ただ、壊れてしまった建物を直せるような便利な法術はさすがにないようで、今は瓦礫を撤去する人夫や兵士達が、建物の周りを行き交っていた。大きく穴のあいた部分は幌布で覆われ、比較的損傷が軽微な部分には足場が組まれて、既に修繕の作業が始まっている場所もある。

 フォルツが所属する白弦騎兵隊の本拠地である白弦棟は、正面出入り口に当たる吹き抜けのホールが階段ごとごっそり無くなってしまった。自分の上司である白弦騎兵隊総司令ルスティナの執務室には、城の本館から二階に上がった後で、これまた崩壊した部分に応急処置を施された渡り廊下を使わなければたどり着けない。少々面倒だが、ルスティナに部屋を動く気がない以上、文句も言っていられない。

 そういえば、こちらを通ると、ルスティナの客である黒髪の『元騎士』殿と金髪の神官殿の部屋である兵士の仮眠室に近いはずだ。ちょっと様子を見に行くかと、用もなく一階にまわってみたが、二人の部屋として与えられていた部屋は空っぽで、掃除係の使用人が寝具を替えている所だった。

「ルスティナ様のお客人なら、陽光宮に移られましたよ」

「へぇ?」

「王様やお妃様と一緒に、使用人も半数近く離宮に移っておりますから、その者たちの部屋がだいぶあきましたでしょう。小さな女の子が一緒なら、寝台も広い方が良さそうですからね」

 そういえばあの二人は、一〇歳ほどの女の子を連れて旅をしている途中だという。高名な法術師ラムウェジから依頼されて、少女を遠くの親族の所まで届けるというお役目を預かっているらしい。

 なぜその少女が、カイル王子の侍女として城に潜り込んでいたのか。フォルツにはいまだによく判らないが、結果的にあの二人がこの国を危機から救ったのだから、きっとルスティナとエスツファが陰でなにかしら、シェルツェルに対抗するための手を打っていたのだろう。

 でなければ、いくら城下の騒ぎをおさめたという功績があったところで、単なる旅の二人連れをいきなり客として城に招いたりしないはずだ。

 最初は、あのルスティナにもとうとう春が来たのかと城の皆がざわめいていたが、さすが女ながらに白弦騎兵隊総司令を務めるだけはある。

 と、フォルツは勝手に納得していた。

 それはそれとして、わざわざ彼らの新しい部屋まで押しかけるほどの用事もない。

 ルスティナに報告が済んだら、陽光宮にいる侍女達の所にでも顔を出そうかと、フォルツは階段のある本館に向かって歩き始めた。


 ※ ※ ※


「こんないい部屋を使わせていただけるなんて、有り難いですね」

 エスツファに案内された部屋に入るなり、エレムは明るい笑顔を見せた。

「使用人の部屋だが、当直用の仮眠室よりはましであろう」

「でも、いいんですか? この部屋を元から使ってる方がいるんですよね?」

「使用人の半数は、王達と一緒に離宮に移ったからな。誰もいない部屋を遊ばせておく方がもったいない」

 エスツファは、正面の窓から見える外の光景を見るともなしに眺め、肩をそびやかした。

 それまで二人がいたのは、白弦棟にある、当直の兵士のための仮眠室だった。寝台と机以外、まともな調度がなく、部屋の中で一番目立つのは格子のはまった殺風景な窓という有様だ。

 それがこの部屋は、カーテンの取り付けられた明るい大きな窓に、割と高級な寝具に鏡台、箪笥チェストにもの入れまで備え付けで、ちょっと高級な宿屋の様な感じだ。二階だから眺めもいいのだが、本館や白弦棟を裏から眺める形になる。幌布で覆われているとはいえ、エルディエルの攻撃で崩壊した部分が嫌でも目につくのが難だった。

「別に俺はあのままでもよかったんだけどな。屋根があれば上等なもんだ」

「誰も元騎士殿の心配はしておらぬよ。こっちなら誰かしら、嬢ちゃんを気にしてやれる」

 グランの言葉に呆れた様子で答えたエスツファは、目をきらきらさせて箪笥の引き出しを片っ端から開けてはのぞき込むランジュに目を移した。小さな金貨メダルでも入っているのか、お前はどこかの勇者ご一行かというくらいの念の入れようだ。 

 放っておいてもエレムが勝手にやってくれるから、グランはランジュの世話のことはなんにも考えていなかった。だが、城の女達の目から見ると、行き届かずにもどかしい面が多々あったらしい。

 ランジュは、イグに侍女として月花宮に連れてこられているので、グラン達よりも城での生活が数日長い。一番小さなランジュは当初から、周りに気にかけられていたらしかった。

 騒ぎの最中、動転した侍従侍女達が逃げ出す中で、最後までカイルから離れなかったのも、ランジュが使用人達から可愛がられる要因になっているようだ。食堂で給仕のまねごとをしたり、花壇の手入れをする者たちと草をむしっていたり、かと思うとエスツファの部下達と鬼ごっこをしていたりと、毎日なかなか楽しそうにやっている。

「そうそう、城内は崩れかけて危ないところもあるし、日中は修繕の職人も出入りするのでな。元騎士殿に細かな世話は無理だろうが、嬢ちゃんが城のどこにいるかくらいはきちんと把握しておいてくれよ」

「あー……」

「あーではなく」

 あからさまに面倒そうな顔のグランに、エレムも苦笑いを隠せない。

 ランジュはグランを『所有者』と認識しているが、保護者として頼っているわけでもない。離れていても『ラグランジュ』としての効果に変わりはないことを自分で知っているので、常にグランのそばにいる必要性を感じていないらしいのだ。聞き分けは悪くないものの、放っておくと好き勝手にうろうろしている。

 相手にしろとせがまれないのは楽だが、表向き、グランとエレムは『ランジュを遠方の血縁の所まで送り届けるよう依頼されている』ことになっている。あまり無関心でも、周囲に不審に思われそうだ。

「まぁ……忘れない程度には気をつける」

「そうしてくれよ。見た目も行動も、嬢ちゃんは子供にしか思えないからな。怪我などさせるわけにもいかぬ」

 人並みに怪我などするのかは謎だが。

 これから修繕の職人達と打ち合わせだと去っていくエスツファの背中を見送って、グランはため息をついた。ランジュは、家具の引き出しをあらかた開け終え、今度は壁際の収納棚クローゼットを開けて、出たり入ったりして喜んでいる。

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