41.漆黒の傭兵と炎蛇の女王<1/5>
グランは船着き場に続く岩場から、拳よりも大きめの石をいくつか拾い上げ、わざと城門の真ん中からまっすぐに玄関扉まで駆けだした。その少し後ろを、扉ののぞき窓から見えにくいように間をとって、エレムとオルクェルが続く。
グランが駆け寄ってくるのを目にして、扉の向こう側でのぞいていた者がざわめく気配があった。グランは駆け寄りながら、のぞき窓めがけて石を投げつけた。見張り役の者が、驚いてのぞき窓から目を離したのが気配で判る。
手に持っていた石を続けて全部扉に投げつけ、そのまま斜めに移動しながら、玄関扉の脇まで階段を駆け上がった。
石が扉にぶつかって、まるで扉を人が叩くように派手な音を立てた、それと同時に、いくつもの槍の穂先が玄関扉を突き破った。
中で複数の人の気配がするからまさかとは思ったのだが、普通に扉にとりつこうとしたら、そのまま串刺しになって終わりである。
先に扉を破っているから、中の人間には、それ以上に人間を刺したかどうかという手応えは判りにくいはずだ。多少引きにくそうに槍の先が中に戻ると、今度は勢いよく扉が開いて、中から槍を構えた衛兵らしい奴らがなだれるように飛び出してきた。
その足元に、扉の脇で待っていたオルクェルが、横から槍の柄を突き出した。
先頭に立って飛び出してきた数人が、足を取られて均衡を崩した。そのまま頭から階段に向けて転がっていく者、転びはしたが転げ落ちるのを免れたものの、結果的に後ろから来た者の足をつまずかせて下敷きになる者、自分がつまずいた者の上から派手に転がっていく者。踏みとどまったその背中を、エレムに親切に突き飛ばされて転げ落ちていく者。
軽鎧ながら、衛兵達はそれなりの装備なので、集団で階段を転げた程度で死んだりはしないだろう。……相当運が悪くなければ。
最初の槍の一団が扉から飛び出した直後にできた隙間から、グランは中に転がり込んだ。
いくらなんでも、先頭集団と入れ違いに侵入者が飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。扉に向かって半円を作って待ちかまえていた者たちは、ぎょっとした様子で立ちすくんだ。
ざっと見た感じ、あり合わせの剣を持たされた様子の、使用人の男達ばかりだった。数は二〇人ほどだが、専門の衛兵ではない素人ばかりなら、どれだけ数が揃っても敵ではない。
グランは一番手近にいた者を殴り倒し、持っていた剣を頂いてから、後はその剣の柄と自分の手足とで、手当たり次第に周りの者らを殴り、蹴り倒した。
五人ほどが床に崩れたところで、残りの何人かが我に返ったらしく、やっと剣を振り上げて斬りかかって来始めた。ただ、素人ばかりで連携もなにもないから、結果的に順番にグランに懐に入り込まれ、腹を蹴り飛ばされたり、横っ面を殴り飛ばされたりで、剣を打ち合うまでもなく脱落していく。
数が半分ほどになったところで、外の連中に一区切りつけたらしく、エレムが中に入ってきた。グランよりはまだ楽かと思ったのか、近くにいた何人かがエレムを取り囲んだ。
エレムは一瞬考えた様子だが、狭い場所では抜かない方がいいと判断したらしい。正面から剣を振り下ろす相手の手首を掴んで相手の懐に潜り込み、肘でみぞおちを突きながら、体ごと壁際に突き飛ばす。エレムは本格的な体術の心得があるので、素人を気絶させる程度なら、素手の方がやりやすそうだ。
予想外の手際の良さに怯んだらしく、エレムに向き合った数人は戸惑った様子を見せた。その隙に、自分の周りのを片付けたグランが、エレムに気をとられている者の肩を後ろから掴んで振り向かせ、容赦なく張り倒した。
「なるほど……」
外の者を片付け終え、自分の槍を片手に入ってきたオルクェルが、呆れたように呟いた。
「これはルスティナ殿とエスツファ殿が一目置くわけであるな。これだけの数相手に、剣を全く血で汚さぬのか」
「素人相手だしな」
累々と倒れる使用人達を見渡して、グランは肩をすくめた。これが戦い慣れた職業軍人や傭兵が相手なら、どうなるかは判らない。
「で、片付けてから言うのもなんなんだが、こいつらなんで逃げねぇんだ? さっきのウァルトの呼びかけは、城まで聞こえてるはずだよな?」
「ルアルグの法術でなら、この程度の距離なら問題なく声は届いているだろう」
言いながら、オルクェルは肩に担いでいた槍を右手に持ち直した。玄関の外からふらふら追いかけてきた衛兵の一人の胸元を、振り向きもせずに槍の石突きで突き飛ばす。
アルディラに振り回されている姿からは連想できないほど、素早く力強い扱い方だ。大公からは『武人としては兄弟一』と言われるという話も、アルディラが話していたが、あながち誇張ではなさそうだ。
「夫人には、人の行動を操る力がありましたよね」
動力炉でのことを思い出したのか、剣を鞘に収めながらエレムが眉をひそめた。
「だな……ある程度なら、直接意識も操れるみたいだな」
「もし、ああいう力の影響を日常的に受けていて、夫人こそが忠誠を誓う相手だとすり込まれ続けていたら、急に夫人は魔女だと言われても、すぐには態度を変えられないかも知れません」
役場で夫人に出会った時、従者達は本当に夫人を崇拝しているような印象だった。陰で燃料になる人間を調達していた以外は、雇い主として特に問題があったわけでもないだろうから、魔力の影響が切れてもすぐに意識を変えることはできないかも知れない。
「しかし、まともな感覚なら、頭の上ででっかい火の蛇が暴れてたら、まず逃げようと思うよな。……ああ、だから外に誰もいなかったのか」
「なるべく外のものを見ないように指示してるんでしょうね」
「情報の操作は、人心を誤導するのに有効であるな」
オルクェルは槍をかつぎ直し、玄関前のホールを見渡した。
「さて、夫人……の姿をした魔女は、どこにおるか」
「まさかまだ、地下か動力炉の近くに潜んでいるとか?」
「……動力炉から、一番魔力を受け取りやすい場所にいるんじゃねぇか?」
グランはホールの奥に続く階段に目を向けた。燭台の灯りで照らされているが、外のあの派手な光景に比べたら、古びた夜の城内はやはり薄暗く、昼間とは違った顔を見せている。
「玉座の間の段上に、二つ法円があっただろ。ひとつが玉座の後ろで、もうひとつは玉座の真下だった。玉座の真下にあるのは、転移の魔法とは別の意味があるんじゃないか。それにたぶん、あの部屋は動力炉の真上にあたるぞ」
「玉座は、支配者の権力の象徴であるからな」
オルクェルが頷く。今は姿は見えないが、階段の上にはまだ人の気配がある。