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39.炎の蛇と水竜の騎士<中>

「た、竜巻……?」

 エレムがあっけにとられた顔で声を上げた。

 文字通り竜が頭をもちあげて天を目指すように、湖水を急速に巻き上げながら、一筋の竜巻が起き上がったのだ。

 相当に密度の濃い風で湖水を吸い上げ、竜巻は瞬く間に城の上で身をくねらせる火の蛇よりも高く背を伸ばした。細いがしっかりとした形を取り、徐々に城の方へと近づいていく。勢いよく巻く風が、咆哮のようにうなりを上げた。

 四つある火の蛇の頭のうちの、一番大きなものが、威嚇するように口を広げて竜巻に向けて炎の舌を伸ばした。だが伸びた炎は風に巻かれ、竜巻に絡みつくそばから、白い水煙に変わっていく。竜巻と火の蛇の周辺では、水蒸気が霧に変わって白く空気を濁らせた。

 数と大きさは火の蛇の方が勝っているが、川からも供給される足元の豊富な水に加え、周囲の霧すら再び自分の体に取り込める水竜に分がありそうだった。日も沈むというのに、蒸発した水分の熱気のせいで、それと判るほど周囲が蒸し暑くなってきた。

「すっごいなー、話には聞いてたけど、これほどのものとはね」

 いつの間に寄ってきたのか、グランの肩を使って頬杖をつき、キルシェが感心したように呟いた。

 よくよく考えれば、ルスティナよりも背の低いキルシェが、立っているグランの肩に肘をかけるには、よほど高い踏み台でも使わないと難しい。だが、グランがそのあたりを突っ込む気にもならないほど、目の前の光景は壮大で、神話的で、あまりにも現実離れしていた。

 この湖は後世、炎の蛇と水竜が戦った伝説の地として語り継がれることになるのだろうか。

 吟遊詩人が歌い継ぐ伝説の中で、炎の竜を操る魔女に立ち向かうのは、深緑の上着をなびかせて勇ましく水竜の背で槍を構える騎士で、きっと竜騎士なんてかっこいい呼び名までつくのだろう。

 グランがくだらないことを考えていると、背後の見物人達が大きな歓声を上げた。火の蛇の四つの頭のうちのひとつが、竜巻に噛みつこうとしてそのまま巻き込まれ、本体からもぎ取られたのだ。

 防波堤で待機する兵士達も、集まった町の住人も、いつの間にか火の蛇と水竜の戦いを見に来たような気分になっているようだ。なんだか楽しそうですらある。エスツファの肩に乗せられたランジュが、それこそ出し物でも見ているように無邪気に手を叩いて喜んでいる。

 蛇の頭が消えたあたりで、ひときわ大きな水煙が上がった。その水煙に怯えるように、残った蛇の頭たちが体を反らす。こころなしか、残りの頭たちも、最初見たときよりひとまわりほど小さくなっているようだ。

「そろそろ行けそうだな」

 グランの声に、オルクェルとエレムが頷いた。グランはついでに、肩に乗ったキルシェの肘を手で払った。

 キルシェはわざとらしく頬をふくらますと、見えない椅子からから飛び下りるようにふわりと地面に足をつけた。どう考えても浮いていたようにしか思えなかったが、今詳しくつっこむのは面倒だ。

 オルクェルもキルシェに関してはなにか言いたそうだったが、今訊いても収拾がつかなくなると察しているのか、結局なにも言わずに城へ続く浮き橋に目を向けた。

 周辺の風はそれほど強くはない。だが、竜巻が湖面の水を吸い上げて火の蛇とぶつかり合っている影響で、水面の波打ち具合は容赦がない。波の動きに合わせて、浮き橋もおもちゃの蛇のように上下に波打っている。それでも、橋桁部分が折れたりつなぎ目部分が切れることもなく、それ自体はしっかり形を保っていた。

 ヘイディアは真剣な表情で湖を見据え、時折錫杖や空の右手を動かして、竜巻の動きを制御しているようだった。グランの視線に気付いたリオンが、胸の前で拳を作って笑みを見せた。お前がやってんじゃないだろう。

「……お前は役に立つ気はないのか」

「えー? いろいろ教えてあげたじゃなぁい」

 キルシェはしれっとした顔でひらひら手を振る。まるで緊張感がない。

 ため息をついてグランが顔を上げると、火の蛇の残った三つの頭のうち二つが、絡み合いながらひとつにまとまろうとしているのが見えた。頭が分かれたままだと不利だと判断したかのようだ。頭それぞれに意思があって、それなりに連携しているように、グランには思えた。

 グランはオルクェルとエレムに目を向けた。後ろで見ているはずのアルディラ達にも判るように右手を肩の上まで挙げて、すぐに浮き橋に向かって駆け出した。



 浮き橋の橋桁は、波の動きあわせて大きく上下している。時折上がるしぶきや大きな波がかぶって、油断したらすぐに湖面にさらわれそうだ。

 走るというよりは、浮き橋の上を飛び跳ねるように、グラン達は湖上の城に向かった。

 橋桁が沈み、また浮き上がるのと、自分が橋桁を蹴る拍子タイミングがうまくあうと、面白いくらい体が跳ね上がる。空を飛ぶというのはこういう感覚なのかも知れない。グランの後ろに続く二人もコツを掴んだらしく、同じようにうまく飛び跳ねながらついてくる。

 調子に乗って進んでいたら、橋を渡る三人の姿を見つけたのか、今は二つになった火の蛇の頭の、小さい方が大きく城の上から頭を乗り出してこちらに近づいてきた。最初よりも小さくなっているので油断していたが、もともと火でできていて決まった形がないから、体を細めて長さを伸ばしたらしい。

 波しぶきで顔の周りを白く濁らせながら近づいてきた火の蛇は、明らかにグランに向けて大きく口を開いた。

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