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38.炎の蛇と水竜の騎士<前>

 オルクェルが自分の部下達に、いない間のことを引き継いでいる。

 その間、生乾きだったエレムの法衣を、リオンが法術で風を起こして乾かしていた。その風が顔に当たるのが面白いらしく、横でランジュがきゃっきゃと喜んでいた。

 グランはいつもの装備に着替えてさっぱりしていた。ルスティナが気を利かせて、天幕から持ってきてくれていたのだ。グラン達の準備が終わる頃合いに、リオンがヘイディアに呼ばれて一旦下がっていった。

 まだ日は沈んでいないはずだが、雲が多いせいで辺りはだいぶ薄暗い。その薄暗い中を、城の高さの倍ほどの大きさに達した火の蛇が、四つの頭をうねらせ、時折舌とも息ともつかない炎を先端から周囲に伸ばしていた。

 装備を調えたグラン達が城へ続く浮き橋の入り口の近くに集まると、エスツファとルスティナに両脇を固められて、ウァルトが前に出た。ウァルトが余計なことを画策しないように、周囲にはもうルキルアとエルディエルの兵しかいない。

 その後ろから、自分の錫杖を持ったヘイディアと、ヘイディアの予備のものを借りたらしいリオンが、不似合いに立派な錫杖を持ってついてくる。アルディラは、少し離れたところに用意された椅子にランジュと一緒に腰掛け、周囲を護衛達に囲まれて様子を見守っていた。

「では、ラッパを鳴らしていただこうかな。市長殿、魔女に捕らわれた城の市民達を助けるためにも、ここは威厳の見せ所であるぞ」

 エスツファが、口ばかりはもっともらしいことを言いながらにやりとウァルトを見下ろした。

 頷いたウァルトは、腹を決めたのか城を睨み付けるように顔を上げた。ヘイディアに目配せされたリオンが、その動きを真似て左手の錫杖を軽く持ち上げた。

『わ……私は市長のウァルトである。皆が見て判るとおり、領主の城には大きな異変が起きている。今、城を支配しているのは、領主の姿を騙った得体の知れぬ魔女である』 

 ウァルトが張り上げる声が、ヘイディアとリオンの起こした風に乗って周囲に広がっていく。防波堤は町の平地よりも多少高く作られているので、声は容易に遠くまで届くらしい。

 防波堤に集まっていた兵士達だけでなく、城の異変を間近で見ようと水路をまたぐ橋上まで押しかけていた町の住人達が、ウァルトの声を聞いて大きくどよめいた。

『魔女は領主であり我が実母クレウス伯爵夫人を、己の魔力を強めるために犠牲にし、新たなる犠牲を求めて密かに領主に成り代わっていた。それを、訪問したエルディエルのアルディラ姫とその臣下の方々に見抜かれ、正体を暴かれてあのような得体の知れぬ火の蛇を使って立てこもっている』

 言っているうちにその気になってきたのか、ウァルトの声や表情がだんだん真実みを帯びてきた。

 こういう支配者階級の奴らって、役者のように演技が上手い奴が多い気がする。グランはあきれ顔でその姿を眺めた。

「正直、ヒンシアの部隊だけで非道なる悪しき魔女に立ち向かうには力不足であるが、エルディエルのアルディラ姫、ルキルアのエスツファ・ルスティナ両将軍に協力戴き、これより城の魔女の討伐と、城に残された市民達の救出を図るものである。市民の皆は安全とすみやかなる事態の解決のため、湖には近寄らぬようお願いする。城にいる者達は、けして魔女の言うことには耳を貸さず、身の安全を図るよう重ねて申し渡す」

 これは同時に、ウァルトが完全にクレウス伯爵夫人を見限った宣言でもある。まるで夫人の怒りを代弁するかのように、城の上で炎の蛇が大きく身をうねらせ、こちらに向かって口を大きく広げてみせた。吐き出された炎が湖面を薙ぎ、白い息のように蒸気があがる。

「……やっぱり本物の火なのか。あの大きさのままだと、浮き橋を渡ってる間に攻撃されたらこっちも黒こげだぞ」

「いや、あれが本物の火なら、余計に好都合なのだ」

 グランの横に立ったオルクェルが、気持ち余裕ありげに笑みを見せた。深緑色の上着と、腰に剣を帯いた姿は変わらないが、今のオルクェルは右手に自分の背より多少長い程度の槍を持っている。騎兵隊の隊長らしく、本来の得手は槍らしい。

「あれがまやかしというのなら、水をかけても消えぬだろう。そのくせ人が触ると熱く感じたり、実際に火傷を負ったりもするから厄介なのだ。しかし本物の炎なら、こちらもやりようがある」

 それはそうだろうが、あの大きさだ。いったいなにをどうしてくれようというのか。

 演説を終えたウァルトがエスツファ達と一緒に、護衛の兵士に囲まれたアルディラとランジュの側まで下がると、今度はヘイディアが城の方向に向き直った。その少し後ろにリオンが控えているが、手伝うというよりは、やり方を見ているような様子だ。

「天空より人の営みを導く偉大なりし神ルアルグよ」

 ヘイディアの掲げた錫杖が、澄んだ音を立てて銀色にひらめいた。

「その御手の強大なる鞭で昏き炎を打ち払い、地のか弱き者達に命の道を開き給う」

 ヘイディアの声はそれほど大きくはないが、神官としての誇りと威厳を感じさせる凜としたものだ。同時に、彼女の周りに少しの間、風とは違う力が渦巻いたような気がしたが、それがなにかはグランにはよく判らなかった。

 ヘイディアが湖に向けて右手を伸ばし、手を広げて手首を上にひねるような仕草を見せる。

 それまで湖から時折陸地に向けて気まぐれに吹き込んでいた風が、応えるように流れを変えた。陸地の空気が、ゆっくりと弧を描いて湖に吸い込まれていく、不思議な動きの風だ。見ていた者達も、髪や服をそよがせる風の動きで、流れが変わったのに気付いたようだ。

 その風の先で、城と陸地の中間あたりの湖面が不自然に渦を描いた。

 一旦渦ができあがると、今度はそこを中心にした水面から、霧をまとった白い竜が頭を突き出し始めた。

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