35.湖畔の作戦会議<3/5>
「『夫人は、周りの者が気付かないうちに、得体の知れない魔女に取って代わられていた。夫人に化けたその魔女は、人をさらって若さと魔力を得、更に強力な魔力を得るために、ルアルグの法術師殿を狙った。だがそれに失敗し、自らの怪しげな術で作り出した蛇を使い、城に立てこもっている』……ということで、どうであろう?」
「どうであろうって……」
「古代施設は古代文明の資料として重要であるが、ここで我々が見ぬ振りをして行きすぎたら、今度はもっとおおっぴらに燃料として人を集めるであろう。かようなことを、エルディエルが容認するわけにはいかぬ、ということでありますな?」
「その通り!」
アルディラとオルクェルが、揃って声を上げた。
「そのような行為、人を治める立場にある者として、許されてはいけないわ! 動力炉は破壊して、二度と犠牲者がでないようにしなきゃ!」
「さすが、エルディエル公国の正当なる継承者の一人であられるアルディラ姫。その御歳にして統治者としての高い志、感服いたします」
胸に手を当て、とってつけたように真面目な顔でそういうと、エスツファはウァルトに目を向けた。
「しかし、伯爵家が代々行ってきたことが明るみになれば、市長殿の立場も危うい。今こうしている間も、城と母を渡して保身に走るべきか、逆に町の兵士を総動員して我らの口を封じるか、必死で考えを巡らせておられるところであろう」
うつむいて黙っていたウァルトが、ぎくりとした様子で身をすくめた。図星を突かれたらしい。
「ここはひとつ、伯爵家も被害者ということで納めるのはいかがかな。今、湖上の城を支配しているのは、伯爵夫人の姿を装った得体の知れぬ魔女だ。城内からいずれ山のように見つかるであろう人骨は、その魔女によって作り出されたもので、伯爵家はなんの関係もない。……そういうことであれば、領地や伯爵号の召し上げもないであろう。我らルキルアとエルディエルの部隊は、市長殿が亡き母上の仇を取り、悪しき魔女を滅ぼすために協力するのである。……ということで手を打たぬか、市長殿」
とぼけたおっさんかと思えば、このあたりは年の功とでもいうのか。グランは内心舌を巻いた。
身の安全と領地財産を保障してやれば、ウァルトが口封じのために背後から斬りかかってくるのも防げる。ああまで邪な方法で維持されてきた古代施設を、今更公にするわけにもいかないだろうから、表向きの口実としても妥当な落としどころだろう。
アルディラは不服そうになにか言いかけたが、横に片膝をついて控えるオルクェルの視線に気付き、問うように目を向けた。オルクェルは恭しく顔を上げる。
「姫、ここは異国にあります。我らがまずなすべきは、エルディエルの名を負う者として、人として認められぬ行為を完全に止めること。伯爵家が城の中で代々行ってきたことについては、いずれこの国の正義が裁を下すでありましょう。今はエスツファ殿の提案が最善に思われます」
「……判ったわ」
半分くらい判ってなさそうな顔だが、アルディラは渋々と頷いた。腕を組み、ウァルトを偉そうに睨み付ける。
「そういうことでいい? そのかわり、今後一切、遺跡の動力炉を復活させようなんて考えるんじゃないわよ。もしそんなことを目論んだら……」
「わ、判ってます。私は本当になにも知りません、今の領主は、得体の知れない何者かに入れ替わられてしまったのです」
汗をだらだら流してはいるが、ウァルトはさっきよりずっと顔色がよくなっている。とりあえず保身が確約されたことで、余裕が戻ってきたのだろう。薄情な気もするが、利害で保っている貴族の親子関係などこんなものかも知れない。
ルスティナも特に反対する気はないらしく、エスツファとアルディラを見比べて、軽く肩をすくめただけだった。
グランはだいぶ乾いた髪をかき上げながら、エスツファに訊いた。
「話はついたらしいのはいいんだが、どうするんだ? あんなの」
「それなのだよなぁ」
その言葉と共に、全員が湖上の城に目を向ける。
夕暮れが近くなったせいか、巨大な火の蛇の姿がいっそう鮮やかに雲の多い空に浮き上がって見える。なんだかもう、趣味の悪い空想絵でも見ているような気分だ。
「動力炉の装置自体は、そんなに頑丈なものではなさそうですね。ただ、近づこうとしたらあの火の蛇も黙ってないだろうし、夫人……の姿をした魔女も、どう出るか」
「動力炉のある部屋に、風の固まりをぶつけるのは無理であろうか」
「城の中に、まだ人がいるはずです」
オルクェルの問いに、ヘイディアが厳しい顔で首を振った。
「法術は、人を守るための力です。攻撃の際に警告を発しても、湖上の城では、容易に外に逃げ出すこともできません。それにたぶん、夫人……の姿をした魔女は、動力炉の修復が終われば、中にいる人をまず燃料として利用しようと考えるでしょうから、黙って外に逃がすとも思えません」
「まずあの火の蛇をなんとかせねばならぬか」
エスツファが考えるように自分のあごを親指で撫でる。それまで黙って話を聞いていたルスティナが、ふと思いついたようにグランを見た。
「こんな時になんなのだが、グラン」
「ん?」
「昼間のうち、クフルに人をやって、ヘイディア殿とエレム殿に最初に声をかけたという子どもを捜してきたのだよ。名前や特徴も判っていたから、すぐに見つかって話が聞けたそうだ」
「ああ……」
自分が行っても間に合わないと思って放っておいたのだが、ルスティナの方で気を利かせてくれていたのだ。
「案の定、姉がいるというのは嘘で、自分は人から駄賃をもらって、言われたとおりに青い法衣を着た女の神官に話しかけただけだと打ち明けた。その相手は、踊り子のような服装をした、薔薇色の髪の美しい娘だったそうだ」
グランとエレムは揃って間抜けに口をあけた。
服はともかく、薔薇色の髪の女など、そうそういるものではない。
「ふ……ふざけんな!」
グランは思わず、かぶっていたタオルを地面に叩きつけた。