表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/622

30.小さな城の大きな秘密<4/6>

 ……予想はしていたが、それが確信に変わる瞬間の驚きはやはり隠せなかった。グランの視線を追ったヘイディアが、背後で息を飲むのが判った。

「これは……」

「城の動力源として使われた燃料の残骸ですわ」

 エレムの声に、歩みを止めずに少しだけ振り返って、夫人は穏やかに目を細めた。

 雪のように部屋を埋める白い砂の中には、よく見ると砂になりきっていない細長いものや、丸みを帯びたものも多く見られる。大小の差はあるが、形がある程度残ったものの多くは、どう見ても人骨の一部にしか見えなかった。

「もちろん本来の燃料は別のものですが、その燃料を生成する技術は古代文明の終焉とともに失われました。本当であれば、その時にこの施設も停止していたのでしょうが、当時の何者かが、燃料を代用する方法に気付いたようでございます。ただ、やはり不純物の多い代替燃料では長持ちしませんから、定期的に燃料を入れ替えて、動力を維持しております」

「定期的……」

「通常は四・五年保てばよいほうです。純度の高い燃料だと、一〇年ほど保った例がございます」

 なんの純度だか、聞きたくもない。この程度で具合が悪くなるほどグランは繊細でも青臭くもないが、人骨が風化してできた砂の上に立っているというのは、さすがに気持ちのいいものではなかった。

「この動力炉は、燃料から魔力を抽出すると同時に、ある程度魔法力を蓄積することもできます。ですので、燃料が燃え尽きても、すぐに城の機能が停止することはありません」

「その……燃料というのは」

 取り乱すかと思っていたヘイディアは、さすがに青ざめた表情ながらもしっかりとした口調で、赤黒い球体の近くに立った夫人に顔を向けている。

 不思議なことに、今のヘイディアはきちんと夫人の顔を見据え、視線が合うのを怖れていないようだった。

 ヘイディアは、夫人を人として認識しなくなったのかも知れない。

「どうやって手に入れてくるのですか。そのために使用人を集めたりしているのですか」

「とんでもございません。領民が安心して勤められる場を提供するのも領主の勤めです」

 ヘイディアは「姉を助けて」と訴えた子どもの言葉の真偽を確認したのだろう。夫人は芝居がかった仕草で大きく首を振った。

「燃料になるのは、死罪になるような重い罪を犯した者や、家も身よりもなく各地を流浪する者……いずれも、人知れずいなくなっても差し支えのない者達ばかりです」

「いなくなっても差し支えないって……」

 ヘイディアよりもエレムの方が、事態を飲み込むのに時間がかかっていたようだ。赤黒い球体の中に浮かぶ影を凝視しながら、エレムは絞り出すように声を上げた。

 影は、造形に失敗した彫刻のようにひどくやせ細って、男かも女かも判らない。だが明らかに、人間の大人のものだった。

 世話好き人好きと称して城に貴族や旅人を快く招き、華やかに暮らす中で、夫人は『いなくなっても差し支えない』燃料を物色していたのだ。

「そんな命があるわけないですよ! どうして平和な今の時代に、人の命を犠牲にし続けてまで城の機能を維持する必要があるんですか」

「平時から、非常の時に備えるのは領主としての勤めでございます」

 エレムが自分の法衣の胸元を握りしめているのは、たぶん無意識だろう。答える夫人の笑みは、迷いなく美しい。

「この城がなければ、ヒンシアは戦乱期を乗り越えることができませんでした。今でこそエルディエルが周辺諸国との和平的な関係を推進し、この地方は平安を保っておりますが、それも長い歴史の中ではほんのひとときにございます。いずれまた世は移り、戦の時代が来る。そのために、町のために備えるのは当然のこと。多くの命を守る為には、小さな犠牲をはらうことも時に必要となるのです」

 それも時と場合によっては真実なのだが、足元に『小さな犠牲』の山がある状態で言い切れるのがすさまじい。いろいろ言いたいことはあるのだろうが、言葉にまとまらないらしく、エレムはあえぐように唇を動かすだけで、喉から声が出てこない。

 グランは息をついた。こんな化け物みたいな女、エレムが相手にするには荷が重い。

「詭弁だな」

 グランは足下から、比較的原形をとどめた骨を指でつまみ上げた。赤黒い球体の中に放り投げてみる。

 球体は、固めた寒天のようなものでできているらしい。投げた骨ははね返されることなく吸い込まれ、中の人影に寄り添うように動きを止めた。

 もし生きた人間が直接触ろうとしたら、そのまま中に取り込まれて動けなくなるのだろう。

「古代人の遺跡の上じゃなくたって、砦代わりの城を持ってる国はいくらでもあるさ。こんな得体の知れない動力なんか無くたって役に立ってるよ。町の人間のためってのはただの言い訳で、あんたが本当に大事なのは、城の管理者が得る力の方なんじゃねぇの? 例えば、不老の効果とか」

 グランのすることを優しく見守っていた夫人は、そこで初めて笑みを作るのをやめた。

「ここの領主は、代々歳を取らないんだろ。一族の体質的なものじゃない、領主になって城を継いだ者だけがいつまでも若く美しい。どういうやり方かは知らないが、この城を受け継いだ者だけが扱える力と特権がいろいろとあるんだろうな。大事なのはそっちの方ってこった」

 ヘイディアが声を堪えるように自分のくちもとを押さえた。


『伯爵夫人は魔女だ、いつまでもきれいで年を取らないのはもっと若くてきれいな女の人を食べて、命を吸い取ってるからなんだ』


 子どもの言葉は、半分は真実だったのだ。ほかの者の命を吸い取って、若さと美しさを保つ魔女。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ