29.小さな城の大きな秘密<3/6>
「城……というか、元は沼だった辺り一帯が、古代都市の上にあるんだろう。地形が変わって、土地全体が周りより沈んだその上に水がたまって沼になったんだろうな。城は、地下にある遺跡との出入り口を兼ねてるんだ」
古代遺跡の土壌には、植物が根付かない。理由は判っていないが、どこの遺跡でもそうなのだ。
水質が悪くないはずなのに、魚が棲み着かない湖。古代都市の上にあるから、魚の餌や隠れ場所になる水草や藻が生えないのだろう。湖の水が綺麗なのは、川からの水が入って常に入れ替わっているから、だけではなかったのだ。
「それじゃ、水位が変わっても島が沈まないのは、古代都市の防衛機能の作用なんですか?」
「神官様は、古代人の都市に関してお詳しいのですね」
まるで弟を見守る姉のような笑顔だ。実際の年齢はエレムの倍ほどあるはずなのに、夫人の見た目はとても若く美しい。
美しいが、いつまでも風化しない都市遺跡のように、グランには空々しく見える。
「ただ、ここにあるのは都市と言うほどの規模ではなかったようです。狭い敷地に、いくつかの塔と、その周りに建物が多少あった程度でございましょう。もちろん、なんのためのものかは私どもも存じ上げません」
「規模が小さいからこそ、今も機能を維持していられるのか」
グランは周囲に伸びる無数の柱の列と、灯の灯った燭台を見渡してみせた。
「防衛機能とやらが今も働いていて、誰もいないはずの地下はこんなに明るい。古代施設の機能を維持する力は、いったいどうやって得てるんだ?」
「……ここで立ったままというのもなんですし」
夫人は笑顔のまま、自分の背後の空間を示した。少し先の壁に、扉のない出入り口がある。その先にまた、緩やかな上りの階段が見えた。
「せっかくですので、今の質問の答えは直接お目にかけましょう。ご案内いたしますわ」
返事は聞かず、夫人は先に立って歩き出した。ヘイディアに目を向けると、なにか言いたげながらもとりあえず頷いた。どうやら風もその先に通っているらしい。
「……あんたがここにいるってことは、昼餐会は終わったのか」
「はい、先ほどアルディラ様もエスツファ様も、船で町に戻られました」
階段を登る足を止めず、夫人は頷いた。なにを思い出したのか、可笑しそうに口元に手を当てる。
「アルディラ様は、よほどあなた様をお気に入りなのですね。『城内で迷っておられるのでしょうから、お探しして送り届けます』と申し上げているのに、『グランと一緒じゃなきゃ帰らない』と大騒ぎでしたの」
「あー……」
さすがに、三人がいなくなったことは気付いたのだ。オルクェルも閉口したろう。とにかく、自分達を待たずに城を出ているのであればよかった。
階段を上がるごとに、足下の白い砂のようなものが厚みを増していく。建物の中なのに、まるできめのこまかな砂地を歩くような、不思議な足音が耳につく。
「戦乱時に、一帯が水攻めにあった時に、町の人間が城に逃げ込んできたって話だが、あれはただの伝説じゃなかったんだな」
「……ルスティナ様共々、町の歴史に興味を持っていただけて、嬉しゅうございますわ」
後ろを歩くグランに、心持ち顔を向けて、夫人は頷いた。
「町の人々を守ってこその城でございます。当時の王はこの地下に、逃げ込んだ領民を収容したのでございます。ただ、非常時の重要機密ということで、地下の存在を記録に残すことは許しませんでしたの」
「確かにこれだけの広さなら、一時的に避難させるのは可能だったろうな」
三人が最初に上ってきた階段が、当時はまだ地上のどこかにつながっていたのかも知れない。あっちの階段は風が通っていないというなら、今はもう出入り口を潰してしまったのだろう。
「ただ、その時に避難した者の何人かが、入ってはいけないと言われていた場所に入り込んでしまったそうですの」
彼らが今上っている階段は、螺旋を描いて上の階に伸びている。
上るにつれて、きめの細かかった白い砂のような粉が、だんだん粗い粒を含むようになってきた。靴の底が、人差し指の関節ひとつぶんくらい埋まるくらいに、量も増えてきた。さすがに不審に思い始めたらしく、ついた錫杖の先にまとわりつく白い粉を、ヘイディアが不思議そうに見ているのが判る。
「その者達は自分達が目にしたものに驚き取り乱し、自分達を守る遺跡の動力炉の一部に損傷を与えてしまいました」
「取り乱す?」
「見た目にとらわれ、そのものの意味に思いを巡らすことができないというのは愚かなことでございます。幸い、致命的な損傷が与えられる前に彼らは取り押さえられ、城は逃げ込んだ者達と共々、援軍が来るまで持ちこたえることができました」
階段が終わり、空間が開けた。そこは、床一面がまるで雪でも積もったかのように真っ白く輝く広い部屋だった。
見た感じ、部屋の形は円に近いようだ。壁の手前半分は下の階と同じように、等間隔に燭台が作り付けられていて、青白い光で部屋を照らしている。
燭台のない反対側の壁は、遺跡の施設の建物とは素材の違う、後世のものらしい。石づくりの壁に厚手の磨りガラスを使った窓がいくつか作り付けられていて、ぼんやりと外の光が差し込んでいる。どうやら、この階は地上にあるようだった。
部屋の中央部には、七本の細い柱が、大人が両手を広げた分くらいの間隔を置いて円を描くように立っている。その柱に囲まれるように、大きな銀杯のような台座が置かれ、更にその上に、昏く紅い巨大な球体が浮いている。大人の男が二人くらいは軽く中に入れそうなくらいに大きいのに、支えるものがない状態で浮いているのだ。
まるで、地平線の上で燃え落ちるのを待つ太陽のように。
よく見ると、銀杯のような台座の持ち手に当たる部分は、いくつもの細い管でできているようだった。管の先は床下になっていて、どう続いているかは判断がつかない。
赤黒い球体は、ぼんやりと光を放っている。だが、見た目強烈な色合いの割に、周囲の床を照らすほどの力はないらしい。その球体の中央部に、なにか細長い固まりの影が見えた。
「これが、この島の心臓部で、施設全体を維持し城を保護する力の源でございます」
穏やかに言いながら、夫人は自然に足を中央へと進める。つられて足を踏み出したグランのつま先に、軽いが大きさのあるものが触れた。
グランは視線を下に向けた。




