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あの頃の戻れるとしたら俺はどうするだろうか。

 ふう、と1つ息を吐き、校長先生は俺の眼を射抜いてこう投げかけた。

「この事件のあらましを客観的に説明した後で、もし君が今その時に戻れるとしたら何をするかを教えてください」




 あの時、ちょうど事件が起こる直前、憲明と奴らの関係について考えていた。


 憲明は転校してきたときから異常に腰が低くて、隣のクラスの、あの加害者連中とは昔からの知り合いのようだった。そして、奴らは金を憲明の許可なしに勝手にとり、憲明はそれを生活費と呼んでいた。


 あの後本人達や誰か事情を知ってそうな人に確かめたわけでもないけど、昔、憲明と奴らは同じ地域に住んでいた。その頃から奴らは憲明をいじめていて、それから憲明は一度転校した。ただ、再び戻ってこなければならず、戻って来て案の定奴らにいじめの標的にされた。


 憲明の家は生活に困っていて、憲明が奴らに全然会ってなかったにも関わらず寝不足だったのはこっそりバイトして生活費を稼いでいたのだろう。


 憶測からしか出ないけれど、ほぼ合っていると思っている。それなら憲明が俺に何も言わず去ったのだって頷けるし。


 あらましについてはこの説明くらいなら出来る。

 問題は『もし君が今その時に戻れるとしたら何をするかを教えてください』だった。


 その問いについてはずっと考えてきて、それでも答えが出なかった問題だった。…いや、答えを出すのを怖がっていた問題だった。


 考えても考えても同じ答えにしか辿りつかなくて。でもそんなのは周りからすれば本当は間違っていて。入試で言うのには絶対に適さない解答。


 ただ、ここで思ってもないことを答えたとして、果たしてこの校長先生は認めてくれるのだろうか。推薦書に載っていないことまで把握している、この先生が。

 …もしダメでもいい。否定されてもいい。それでもやってみよう、イチかバチかの勝負に。


「はい。事件のあらましについてですが、私の友達の男子生徒が隣のクラスの男子生徒達にいじめに会い、それを見ていた私が彼らを止めようとして彼らを殴ってしまいました。」

「そして、もしその時に戻ることが出来たとしたら何をするかですが、恐らく自分は」

 戻ってもきっと奴らを殴っていると思います。多分あの頃よりもっと酷く。

 スイッチが入った時に感じたもう一人の自分の行動について考えたことがあった。まあもう一人の自分の存在に気が付いたのは本当にあの時が初めてだったんだけど。彼にどうして殴ったのかって。もし彼が自分と同じ睡蓮遥斗なのだとしたら結論は一つ。親友がいじめを受けているのに黙って見過ごせなかったから。そして同時に苛立ちを感じたんだと思う。シグナルを何度も発していたにも関わらずそれに気付けなかった自分に。だから彼らを殴った。恐らく過去に戻ったとして憲明からもっと早めに事情を聴くことも自分のやりたいことだけど、戻るのが事件の直前であった場合やっぱり行動ででしか示せないと思ったのだ。殴るという行動は世間一般的にはNGだけれど、けれどそれでしか訴えることのできない何かもある気がして。そのくらい自分の中では大事な、大事な奴だったから。


「けれど、それが本当はいけないことだと分かってはいます、けれど、話し合いなんかでは解決できないと思ったのでこの結論に至りました」

 自分の思ったことを一応面接ではあるので出来る限り丁寧にかいつまんで説明した。


 校長先生はそうですか、と呟き、にっこりと微笑んで言った。

「少し私の昔話でも聞いてもらってもいいですか?」

「はい」


「ありがとうございます。

 昔私も考えたことがありましてね、その頃私は自分の人生を恨んでいた。もっと別の生き方もたくさんあっただろうに、と。それで後悔について考えた結果、それで自分のしたいことしてたら後悔しないだろうっていうのも一理あるけれど。人間、後悔せずに生きるなんて無理なんだと思うので。模範的な行動してたって後悔なんて星の数ほどする。なら、後悔したっていいから自分のしたいことしたい、そしたら後悔したってジメジメした後悔じゃなくてスッキリした後悔な気がして。

 なんて安直な考えだったのだろう、そんな簡単な結論があるものかと今では思うのですが。それを友人に話したことがありまして。そうしたらその友人が言ったのですよ、私のような生き方がうらやましいと。

 それから私は自分の人生についてあまり悩む機会が無くなりました。

 だからか思うんです。人生は様々あって、自分が後悔した選択でも人から見たら最も良い選択な時もあるんだって。後悔なんて自分の価値観で決めているのだから、それを止めるのも自分にしか出来ないんだなあと。この結論を貴方に押し付けるつもりはありません。ただ一つ確認したくて。」

 校長先生は真剣な目で今までで一番真剣で、俺を見極めるような目で言った。


「貴方はそれで後悔しませんか」

「はい」

「良い笑顔だ、それでは面接を終了します」

 校長先生の笑顔とともに面接は無事終了した。




 それからしばらくして薊高校から手紙が届いた。

 推薦入試の合格通知だった。


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