転校生は俺の席の隣だった。※睡蓮君視点
俺が中学2年の頃なんだけどさ。
そう言いながら神妙な面持ちで睡蓮君は私に過去の話をしてくれた。
中2の冬頃。
その頃の俺は陸上部とバスケ部に異例で兼部していて、勉強もそこそこに毎日部活に精を出していた。
中3の夏には引退だからやれるとしたらあと半年かな、と思っていた頃に俺のクラスに1人転校生が来ていた。
黒板の前に担任の先生と並んで立った少年は気弱そうな声で
「小田、憲明です」
と黒板に書かれた名前の通りに名乗った。
そしておどおどしながらペコリと軽く頭を下げ、先生に指定された席に座った。
偶然にもその席は自分の座っていた席の右隣だった。
先ほどの自己紹介を見た感じ人前で話すのが苦手なのかもしれないと思った俺は、おせっかいだと思いながらも次の休み時間に話しかけることにした。
休み時間になり、話しかけるために隣を見ると、次の授業の教科書を出しながらそわそわした様子で周りを伺う彼がいた。
俺が自分の方を見ているのに気づくとびくっと肩を震わせ、
「な、何か用、ですか?」
と尋ねてきた。
どうやら人前で話すというよりも、人と話すこと自体が苦手な子のようだ。
俺の周りにはそういう奴はいなかったから一瞬上手くやれるか不安だったものの、取り敢えず話してみないと分からない、もしかしたら上手く話せるかもしれないと期待をかけることにした。
「俺、睡蓮遥斗ってゆーの。同じクラスで席隣だから仲良くしたいと思って。別に好きに呼んでくれたら構わないから」
「あ、俺は小田憲明っていいます、えっと、俺も好きに呼んでくれたら…」
「オッケー、じゃあ憲明で呼んでも大丈夫?」
「あ、うん。じゃあ僕も遥斗って呼ぶね」
「了解了解、それでさ…」
その後も休み時間一杯までお互いの自己紹介をしていた。結構きょどきょどしているもののちゃんと自分の質問には返してくれるし、コミュニケーションは取れてる。
この分ならクラスに馴染むのもなんとかなるかな。
案の定その次の休み時間や昼休みで近づいてきた俺とよくいる奴等とも話で盛り上がり、その日の最後の方には普通にクラスに馴染んでいた。
その日以降も腰の異常な低さは直らなかったけど、休み時間には俺や俺の友達と話すようになり、クラスメートとは仲良くやってると、そう思っていた。
ある日、昼休みになり憲明も交えて何人かで昼ごはんを食べていた時。
「小田憲明って奴、いるか」
と何人かの男子生徒が教室の扉から顔を覗かせた。
制服を異常に着崩して少し不良っぽい格好をしており、表情も悪そうな奴らだった。声を発した人物は確か隣の隣のクラスのやつだった気がする。
そんな奴らが一体転校生の憲明に何の用なのか。
知り合いか、と尋ねようとして憲明の方を向くと、ガタッと音を立てて慌てた様子で立ち上がった憲明がいた。
表情はなんだか焦っているように見える。
そして
「ちょっと、出てくるね」
と言って食べかけの弁当を置いてそいつらについて行ってしまった。
思わず何も言えず見送ってしまったけれどどうやら知り合いのようだし大丈夫だろう。
その場はそう思いあまり気には留めなかった。
憲明が教室に戻ってきたのは昼休み終了ぎりぎりだった。
それから憲明は昼休みは奴らとご飯を食べるようになった。
不良に絡まれてるのか、と思ったが奴らが教室まで迎えに来ると憲明も笑顔で教室を出て行っていたし、制服も転校初日の頃のままきっちり着こなしている。
奴らに呼ばれたあの日の休み時間に知り合いなのか、と尋ねると、前に小学校が一緒だった奴らだ、と答えた。小学校の頃にはよく一緒にいた奴ららしい。
不良っぽいが大丈夫か、と軽く尋ねた時もあったが、言葉につまりながらもまあ、大丈夫だよ、と返した。その場は、なんかあったら言えよ、と言葉をかけただけだった。
今になって思うと、その時の自分を殴ってやりたい。
どうして変化に気付けなかったんだ、と。様子がおかしい箇所はいくらでもあったのに。
けれど愚かにもその頃の自分はのうのうと友達の苦痛に気付いてやることが出来なかったのだ。




