私は前を向くことにしました。
退院してから私は中学を卒業したことをいいことに部屋に閉じこもってしまった。高校は万が一の滑り止めを受けていたので大丈夫だった。
流石に生活に必要最低限のことは行っていたけれど、それ以外は部屋で布団を被って、食事や家族団欒の時間さえ自分の部屋でうずくまっていた。父にも母にも、自分に声をかけないでくれときつくお願いしていたので、丸10日間誰とも話をしなかった。父も母も私を心配していたのは分かっていたが、それを私は無視した。
10日経った日の夜、私は夢を見た。まぁ10日間夢ばかり見ていたから、夢を見ること事態はいつものことだけれど、今回の夢は今までとは何だか違っていた。
その夢で私は白い部屋にいた。いや、部屋と認識しているけれどドアや天井や壁があるわけではないので、部屋というよりは空間に近いのかもしれない。そこに私は一人で佇んでいた。
しばらく辺りをきょろきょろしていると、突然目の前に女の人が現れた。驚いて思わず右足を一歩引いて、彼女を見てはっと気が付いた。……彼女は前世の私(中野桃)だった。
「初めまして、というのもおかしな話ね。私は中野桃。前世の貴女」
「え、と…ここは、」
「ここは貴女の夢の中。申し訳ないけれど勝手に侵入させてもらったわ」
「それで、私に何の用ですか?」
彼女はタメ口で構わないわよ、と言って、眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をした。
「貴女が悩んでいたから、だから助けに来たの」
「助け、に?」
「そう、貴女の苦しみは全部私に伝わっているわ。だから、」
「だから?今更私に何の用なの?全部全部貴女のせいなのに!」
会った瞬間からふつふつ湧き上がってきた怒りが理性をすり抜け言葉になって出てくる。苦しみも悲しみも憎しみも全てを一緒にして彼女にぶつけてしまう。
「今まで倒れる度に貴女の記憶を思い出していた。私が倒れてしまうのは、貴女の記憶が私に流れ込むことで私の脳が耐え切れなくなるから。そんなことさえ貴女から私に流れてきた情報の1つ。…こんなの要らない。貴女の記憶なんて知ったって意味なんてないのに、価値なんて見いだせないのに!なんで知らなきゃならないの!倒れてまで貴女のことを知ったってそんなの無駄なことじゃない!そんなことくらいなら、」
前世の自分について知ったって今の自分と前世の自分は違うのだし、前世の自分が今存在しているわけでもない。そんなほぼ他人とも言える人の一生を知ったところで何が出来るというのだろう。それによって倒れるくらいなら、
「私は、受験をしたかった。試験をちゃんと受けたかった。自分の通いたい高校に進みたかった…」
そして私は彼女をきっと睨み付けた。自分の中に溢れる汚いどろどろしたものを彼女にぶつけることでしか、私は……私は自我が保てなかった。
「私の事を笑いに来たの?馬鹿みたいに生きてる私を笑いに来たの?そうなんでしょう!」
私は自嘲めいた顔をして乾いた笑いをする。
「そうよね、他の人から見れば私がやってることなんてとんだお笑いネタだわ。笑いたきゃ笑えばいい。私なん」
「どうして貴女を笑わなきゃならないの?」
「は?」
何でそんなこと言うの?
「貴女は私を笑わせるために今までやってきたの」
「そんなわけ、」
「ならなんで笑わなきゃならないの?」
何で私に同情を向けようとするの?
「そんな屁理屈言って誤魔化そうとしなくていいわよ、別に笑ったって貴女を責めたりなんてしないわ」
「屁理屈なんかじゃないわ。笑う訳ないでしょう?どうしてこんなに頑張ろうとしている人を笑わないといけないの?違うわ、貴女を支えに来たの」
「嘘言わないで!!」
そんなことされたら、私は自分が惨めでたまらなくなるのに。
「そもそも、人に相談したり助けを求めたりすることは子供っぽくなんてない。貴女は不甲斐なくなんでないわ」
「だって、私はこんな醜い奴なのに…」
「原因の一端の私が言えることじゃないけど、貴女は醜くなんてない。それに、貴女を必要としてる人はいっぱいいる。貴女を無くしたら悲しむ人はいっぱいいる。生きてる意味がないなんてこと100%有り得ない」
そう言って彼女は私に近づき、私を抱きしめた。
「二年半程前、貴女は貴女のお父さんとお母さんの背中を押した。2人が一緒になれるように頑張ってたじゃない。2人はきっと貴女に感謝してると思うよ」
「そんなの、当たり前で…それに私がいなくてもお父さんとお母さんは一緒になれた」
「そんなことない。貴女が2人を背中を押したおかげで2人は貴女から勇気と支えをもらった。それは紛れもない事実よ。だから今度は2人に支えてもらえばいいのよ。2人はきっと快く貴方を迎え入れてくれるわ。」
だから、と彼女は私の頭に手を置いてぽんぽんと叩いた。…今はいないお父さんがよくやってくれたみたいに。
「人を頼ることが駄目なことだと思っているようだけど、駄目なことなんかじゃないわ。辛くなったら周りに頼ればいい。苦しくなったら支えてもらえばいい。誰も貴女を責めない。思う存分甘えていいのよ。貴女は早くから自立し過ぎだわ。困ったときのために周りがいるのに。」
彼女は苦笑しながら私を更にぎゅっと抱きしめた。服が濡れるのも気にせず、私が「ごめんなさい」と言い続けるのを何度も頷き返しながらただ抱きしめ続けた。
そうしてしばらく経って……私の涙がおさまった辺りでそれに、と話を続けた。
「これは必然だったから、だから悲しむ必要なんてない、だって貴女は***」
「え、何?聞こえない」
声が薄れていってる、何で?それに姿も透けて…
「もう駄目みたいね、また今度『ありがとう』が聞けるのを楽しみにしてるわ」
「待って!私、」
「じゃあね、私の記憶は残していくから、それじゃ」
「待って!!!」
私の制止も空しく、彼女は消えていき、そして私は目を覚ました。目元を拭うと、泣いた後が分かった。あれは……
「ありがとう、前世の私…」
そして私は10日ぶりに自分から扉を開けたのだ。




