薊野さんはどんな人ですか?
父の葬式を終え、1年、2年と時が経った。
私と母は表面上は明るく振る舞っていた。周りの人達は皆私達を『父を、夫を失ったけれど立ち直っている親子』と認識していただろう。………けれど、内心ではお互い傷が癒えてないと分かっていた。
それから2年半程経った頃、未だに続く2人だけの家族団欒の時間に、バラエティ番組を見ながら母が打ち明けにくそうにあのね、と私に言った。
1ヶ月前くらいから、母の笑顔が増えたことには気付いていた。家では、前までは父を失った苦しみから立ち直れていないのが丸分かりだったが、最近は多少苦しみは残っているけれど、苦しみや悲しみが薄れているのが感じられた。恐らく母にとって喜ばしい何かが起こったとそう予感していた矢先だったので、私は身を乗り出して話を促した。
「どうしたの?お母さん」
「えっと、そのね。私職場である人に交際を求められてて。『私はまだ夫のことを愛してるの、だからごめんなさい。貴方の気持ちには応えられない』と何度も断っているのだけど、『それでも構いません。一番になれなくてもいい。それでも、隣で貴女のことを支えたいんです!』って言ってくれて。でもなんだか申し訳なくて、その………」
母が私に恋愛話を持ちかけてくるとは思わなかった。母には姉妹がいなかったし、おかしいことではないのだが、真面目な母がこんなに言いにくそうにして恋愛相談を持ちかけてくることにとても驚いた。
母は父の死を消化出来ていない。私でさえ未だにしこりのように残っているのだから、母にとっては大きな枷とも言えるだろう。この先何年も、何十年も苦しみ続けるかもしれない。私もいずれ親離れをしなければならないので、いつまでも母と一緒にいるわけにはいかない。けれど、もし母を一生支えてくれる人がいるというのなら、それはとても喜ばしいことだ。
ただし、それはその人が母のことをちゃんと愛し、受け入れてくれる人でなければならない。…………もし会う機会があったらその人が母に相応しいかしっかり審査しなければ。その人について話す母の穏やかな顔を見ながら私はそう決心した。
その話をしてから1ヶ月後、その男性と会ってみることになった。
やって来た男性はお母さんと同い歳だったが、お父さんもお母さんも美人だったのに対し、いささか平凡ともいえる容姿だった。
「初めまして、桃華ちゃん。薊野誠司って言います」
よろしくね、と差し出された手をとり、握手する。すると笑顔が増して、エクボが見えた。あぁ、この人は良い人だ、そう直感的に思った。
薊野さんが持ってきたチーズケーキを食べながら1時間ほど話をしたところで、母がトイレに立った。
まず今までの話で驚いたのは、2人はまだ付き合っていないということだった。
数日前、母は薊野さんにこう言ったそうだ。
「付き合うのは、桃華の了承を得てから考えちゃだめかしら」
母はもう若くはない。母的にはお付き合いは結婚前提で始めなければと考えたのだろう。
ただ、言った本人は気付いていないだろうが、薊野さんからすると遠回しに付き合うのを遠慮しているように聞こえる。付き合いを始めるまでのハードルを少しでも増やして付き合いたくないと。
ならば、
「薊野さんは本日どうしてこちらに?」
「勿論桃華さんに会って、里香さんと付き合うことを承諾していただけたらと思って」
「でも母は私の了承を得て、交際を考える(・・・)と言ったのでしょう?どう見てもお断りの言葉にしか聞こえませんが」
私は残念な人を見るような目をしてそう訊いた。母がいる前では言えない本当の気持ちを知りたくて。
「母は貴方を何とも思ってませんよ?」
彼が母にここまで執着する理由が知りたくて。
薊野さんはキョトンとした顔をした後、眉尻を下げ、悲しそうな顔をした。その顔に罪悪感が広がるけれど、ここで聞かなきゃ2人が結婚するまで聞けない気がする。後悔する気がする。
「………確かに桃華さんの言う通り、里香さんは私に対して『会社が同じ人』くらいの認識しかしてないでしょうね。それでも、」
と言いかけ、彼は私の目を捉えて言った。
「それでも、私はみっともなくても足掻きたいんです。里香さんとこれからの人生を歩みたいんです」
そう言って彼は母との出会いについて私に話してくれた。




