私は大切なものを失いました。
桃華の過去編になります。
想像より話数がのびそうなので、2、3週間は桃華の過去編になりそうです。
前半は結構シリアス目です。
私が育ったのはある田舎の町でだった。辺鄙というほどでもないけど、コンビニはなくて、田んぼや畑が景観の半分を占めるような、そんな町。
そこで、いささかおっとりとした性格の父、真面目で普段は優しいけれど怒ると恐い母と3人で暮らしていた。
昼間は学校で友達と遊んだり勉強して、夜は家族団欒をする毎日。それがずっと続くとまだ小さい自分は思っていた。
しかし、小学校5年生になってしばらく経った頃、そんなものは夢物語だったのだと思い知らされた。
棺の中には人間ではないかと言えるほど肌が白くなり、冷たくなり、顔の綺麗さも相まってまるで人形のような父。隣で綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣き崩れる母。親戚や近所の人達のすすり泣く声。それを見ながら私は母の服を掴んで、とめどなく流れる涙をそのままにして、唇を噛み締めたまま父の亡骸を見つめていた。
父が亡くなる日の朝、いつものように母に見送られながら自分と父はそれぞれ小学校と会社に向かって別方向の道を歩いていた。その日は家庭科で作っていたエプロンが完成する日だったので、ウキウキしながら登校した。
そして、家庭科の時間、エプロンが完成して悦に入っていると、突然被服室のドアが荒々しく開いた。驚いて見ると副担任の先生が私の方を向いて、切羽詰った表情をしていた。
「新庄さん!ちょっと!」
その頃私は父の姓である新庄を使っており、私のクラスに「新庄」という名字の人は私しかいなかったので、すぐ自分が呼ばれているのだと分かった。しかし、呼ばれる用事がない。
首を傾げながら慌てて副担任の先生の元へ向かうと、何故か先生は担任の先生に目配せをして、ドアを閉めた。
「あのね、信じられないと思うけどよく聴いて欲しいの。先程新庄さんのお母さんから電話があってね。お父さんが交通事故に合われたって、それで、多分………」
その後も先生は早口で色々と喋っていたが、私が聞き取れたのはそこまでだった。私はキョトンとした顔で訊ねた。
「先生、いきなりどうしたの?」
「だから早く病院に行かないとお父さんが、」
「コウツウジコって何?お父さんは仕事に行ったんだよ。朝もお母さんと手を振って別れたもん。今お父さんは私やお母さんのために一生懸命働いてるんだよ?先生、嘘はついちゃいけないんだよ?」
私は狂ったように笑い出した。涙は出て来ない。その代わりに、全身が自分のところだけ地震が起きたようにブルブルと震えていた。
副担任の先生は年若く、こんなことは初めてだったに違いない。どうしていいか分からずオロオロしている。
「先生嘘はダメだよ?嘘は泥棒の始まりなんだよ?」
本当は分かっていた。副担任の先生が嘘なんてついてないことを。多分の後に「お父さんが死んだ」って言いたかったことを。先生が嘘をつく理由なんてないと。先生の話を聞いて理解できないほど幼くはなかったから。交通事故がどんなもので、交通事故にあうと最悪の場合死んでしまうことを知らないほど馬鹿ではなかったから。けど、心が、体がその事を拒絶した。時期外れのエイプリルフールだってしてしまいたかった。
先生は私を見て悲痛な表情で涙を堪えていた。けれど、何も言ってこなかった。いや、何も言えなかったのだろう。不用意な言葉で私を傷つけないように。………それが更に父の死という現実を私に突きつけているとも知らずに。
そしてそのまま私はタクシーに乗らされ、病院まで行った。タクシーの中でも私は現実を受け入れることなど出来なかった。
病院に着くとすぐにある部屋に案内された。一緒に付いて来た副担任の先生は廊下にいる。
部屋に入ると、ある台の横で母が泣いていた。私に気付くと母は涙を堪えた表情をして
「桃華、おいで」
と手招きした。母に近づくと台の上には何かが乗っかっているのに気づいた。良く見るとそれは人のようだった。
母はその人の顔に被せてあった布を取り
「桃華、お父さんよ」
と言った。確かにいつも見慣れたお父さんの顔だった。違うとすれば、肌が青白いくらいだ。………まるで人形のように。
「寝てるの?」
と私は思わず訊いた。きっと頷いてくれると、母なら嘘なんてつかないと信じて。
母は一筋の涙を零し、私を抱きしめた。
「寝てるんじゃないの。お父、さん………は、遠いとお……い天国………に、旅に出、たのよ」
「お母さんまで何言ってるの?お父さんは寝てるんでしょ?もう少ししたら『おはよう、桃華』って言って起きてくるんでしょ?ねぇ、そうでしょ!?嘘つくなんてお母さんも副担任の先生も嫌い!」
「桃華!!」
急な怒鳴り声にビクッとなる。思わず母を見ると、母は顔を歪ませて私を真剣に見ていた。
「嘘じゃない。私も副担任の先生も嘘なんてついてない。全部、全部本当のことなのよ」
「お父さんは営業先に向かう途中でトラックにはねられたの。当たりどころが悪くて、もうどうしようもなかった」
「これは夢でも嘘でもない。皆桃華を騙したりなんてしてない。お願い、信じて。もうお父さんとは会えないの」
母の言葉に、何よりも表情に、私は現実から目をそむけられないと悟った。父は寝てなんていない。死んだのだ。
無理に現実を受け入れようとしたせいか、今まで一切出て来なかった涙がまるで洪水のように溢れた。そのまま私と母は抱き合って服がシミになる程泣き続けた。




