王女は自分に別れを告げました。
2日目の夜、宿のすぐ近くのベンチでユミリアは手紙を膝の上に置いて空を眺めていた。
月は出ておらず街灯がなければ手紙も読めないほどだったが、代わりに綺麗な星空が広がっていた。
ダイには予め1人にしてもらうよう頼んでいた。
馬車の従者は宿で休んでいる。
この時期は宿泊客がほとんどおらず、ユミリアの宿でも泊っているのはユミリア達だけだった。
手紙が2つあったため、取り敢えずシュンの方から開いた。
シンプルな、けれど市民が使うよりは高級な紙に読みやすい字で一言書いてあった。
『この国のどこかで見届けていて
シュン・サザ・フィオーラ』
「シュン殿下らしい」
余計なことや長々とは書かず簡潔にしか書かない辺りにシュンらしさを感じて、ユミリアは感慨深そうに笑った。
どこまでの気持ちをこの一文に込めたかは分からないけれど、きっとユミリアがくみ取っている以上のものをこの一文に込めたのだろうと想像して、ユミリアはシュンには敵わないな、と思った。
そして、そのまま閉じようとして二枚目が続いていることに気付いた。
手紙は1枚目で終わって2枚入れると遠い昔聞いたことがあったので2枚目には何も書いていないと思ったら、2枚目の方がたくさん文字が連なっていた。
ユミリアは慌てて2枚目を読み進めた。
『貴女はいつも勝手に決めて勝手に出て行って、私の言うことなど聞いてくれないのね。こちらが心配しても一切気にかけてくれなくて。でもそれが一番最善なことが、私が貴女が嫌いな一番の理由です。嫌いな、けれど愛しい姉。私にいくら義理の姉が出来ようが、血が繋がっていて、嫌いなのに好きなのは貴女くらいでしょう。そんな姉に最後のお節介を焼きました。私を呼び捨てにして抱きしめるなんて無礼な真似をしたお返しです。きっと今度会うときは一度死んで私は男になっている予定だから、きちんと見つけてちょうだいね。会ったら問いたださせてもらうわ。
ローゼ・アル・フィオーラ』
「ローゼ殿下…」
最後の最後まで憎まれ口でも優しいのが、やはりローゼらしかった。
理由を言えなかったのがローゼに申し訳ないけれど、あの子ならきっと大きくなったら自分で気付くだろうとユミリアは確信していた。
「お節介って何だろう…?」
そして、ユミリアはもう一つの手紙の差出人がローゼであるというのを聞いていたのを思い出す。
けれど、シュンとローゼの手紙が同封されていたということは?
慌ててローゼからだと言われていた方の手紙を開けて中を確認する。
出てきたのは手紙と、ピンク色の花を押し花にしたしおりだった。
その花にユミリアは見覚えがあった。
見覚えどころの話ではない、刺繍する時に何度も図鑑で確認した花とそのまま一緒だった。
まさかと思ってユミリアは手紙に目を通した。
『差出人をローゼ王女にしているのに私の手紙が入っていて驚かせただろう、彼女に協力してもらって手紙が貴女に渡るようにしてもらった。突然で申し訳ない。ただ、サクラの話をして、このしおりは貴女に渡したいと思った。私が昔綺麗だと思って押し花にしたものだ。貴女にサクラの木を見せることは出来なかったけれど、花はせっかくだから見てもらいたかった。どうかお元気で、また死んで生まれ変わったら会えると信じている。
レイモンド・ロランジュ』
ユミリアは涙をこらえ星空を見上げた。
今夜は月が見えなくてよかったと思った。
きっと見たら泣いてしまうから。
「さようなら、ユミリア・フィオーラ…」
そのままユミリアはしばらく空を見ていた。