従者達は忠誠を誓いました。
ユミリアの見送りの日、ユミリアの元を訪れたのはショーエルのみだった。
宰相は見送りの3日前に直接ユミリアの元を訪ねてきた。
「宰相様!わざわざいらっしゃらなくても、使者なり呼ぶなりでよろしかったのに…」
「いえ、一言直接申し上げたくて…」
「あの、宰相様?」
ユミリアの元へ赴いた宰相は、誰がどう見ても怒っていた。
「ユミリア殿下が出られた後の陛下のご機嫌取りについて少々物申したくてですね」
「それは、大変ご迷惑をおかけしました…」
にこやかにいつも対応する宰相が全くオブラートに包まず言うあたり相当大変だったのだろう。あまりの申し訳なさにユミリアは渋い顔をして謝った。
この宰相も国王には苦労しているようだった。こめかみを抑えため息を吐く宰相にユミリアは苦笑いで返した。
「それで、準備はいかがですか」
「そこまでの量を持っていくわけじゃないので、もう済んであそこに荷物は置いてありますわ」
ユミリアの指さした先には旅行用のトランクがあり、そこには服や日常に使うものが入っている。
道中が馬車とはいえ、使わないものを持って行っても仕方がないため必要最低限が入っていた。
「そうですか、流石ですね。私は見送りの日は立ち会うことができません。その日は使いを寄越すので、その者の指示に従って動いていただくことになります、ご了承ください」
「かしこまりました」
「それと、馬車を出しますが、行先はユミリア殿下が決めていただいて構いません。国内であればどこでも大丈夫です」
「よろしいのですか?」
「ユミリア殿下はこの城から出られたことがないですから、どこを指示していただいても危険性はないですからね」
行きたい場所、といきなり言われても宰相の言う通りユミリアは城から出たことがないため、どこに行くと何があるというのは本で得た知識しかない。
昔読んだ本の知識を引っ張り出しながら考えていると、宰相は考えを一旦中断させた。
「また、出発までに決めていただいたら構いませんから。それと、必要だと思いますので、こちらお渡ししておきます」
そう言うと、宰相は1つの麻袋を渡した。
隙間から見えたのはお金だった。
「流石に無一文というのは大変でしょうから、平均的な値段の宿を1か月泊まることができるくらいのお金が入っています。もし足りなければ足しますが」
「すみません、ありがとうございます。正直どのくらいあるといいのかはよく分かってないのですが、多分大丈夫だと思いますわ」
相場が分からないため何とも言えないが、1か月生活できるお金があれば多分それまでに働き口を探せるだろう。
ユミリアは感謝を述べると、宰相は首を振った。
「こちらこそ、殿下にご迷惑をおかけして申し訳ありません。殿下の連れて行くと言っていた庭師は元々城の外にいた人間ですから、きっと大丈夫かと思います。もし他に欲しいものがあれば用意しますので遠慮なく仰ってください」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、すみません。仕事がありますので、これで退室させていただきます」
「あ、お忙しいところありがとうございました!」
「殿下がこれから幸せな人生を歩まれますことをお祈りしております」
宰相はそう言ってユミリアの部屋を出て行った。
あれからも特に何をするでもなく今が来てしまった。
使者と言っていたが、どうやらショーエルが宰相からの使いであるようだった。
「お久しぶりです、ユミリア殿下」
「お久しぶりです、ショーエルさん。宰相様の使いはショーエルさんだったんですね」
「えぇ。宰相様から命じられまして」
和やかに会話を交わすと、ユミリア達はショーエルの案内で馬車の元へ向かった。
ユミリアにとっては門や馬車が城の玄関口へ向かうのは前王妃が亡くなる前以来だったので、ところどころ改修されているところも、昔のまま残っているところもすべてが感慨深かった。
ただ驚いたのはユミリアが通ってきた道にはメイドも騎士も執事もほとんどいなかった。
実はシュンがそうするよう前々から下に命じていた。ユミリアは誰かからはわからないけれど、配慮に心の中で感謝しつつ
城の中を進んだ。
馬車にたどり着くと、王家が使うには簡素な、城の外で一般的に使われている馬車が止まっていた。
変に飾りすぎると強盗に狙われるかもしれなかったので、なるべく外で馴染むものを宰相は用意していた。
「馬車はいつでも発車できますので、乗れるようになりましたら声をおかけください」
あぁ、それと、と言ってショーエルはユミリアに色々手渡した。
「これは?」
「それぞれシュン様、ローゼ様からのものです。お二人からは馬車の中で開けるよう伝言を承っております」
「そうですか」
なぜこの場で開けてはいけないのかは分からないが、結構分厚かったので時間をかけないためだろうとユミリアは理解した。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はい、どうぞお達者で」
「道中お気をつけて、ダイさんも」
「あぁ、ユミリア様のことは任せとけ」
「あの、ユミリア様」
別れの言葉を交わしていると、シフォールがユミリアに手紙と、同じくらいの大きさの袋を手渡した。
「これは?」
「私達3人で書いた手紙と、庭の花で作ったにおい袋がいくつか入っております。どうぞ、お使いくださいませ」
「ありがとう、モモ、シフォール、ハルバートさん」
「ユミリア様」
3人の顔を見てお礼を言うユミリアに、3人は姿勢を正して最大級の礼を取った。
「ユミリア様にお仕えできたことは私達にとっての最大の喜びです」
「いつまでも私達の心はユミリア様にお仕えしております」
「どうか、幸せな人生を」
3人に笑顔で礼を取られ、ユミリアは鼻の奥がツンとなった。
それをこらえ、ユミリアは笑顔で、今までで一番の凛とした声で言った。
「私の永遠の従者達よ、私は貴女達に仕えてもらえて本当に幸せだったわ。私達がいつか、死んでからまたいつかの巡りあわせで会う時に私が誇れるように、どうかそれぞれの人生を幸せに生きて」
「「「かしこまりました」」」
それぞれ顔を見合わせて笑顔になると、ユミリアはダイとともに馬車に乗った。
馬車の窓から身を乗り出し、ユミリアと3人の従者達はお互いに姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
3人の姿が見えなくなった頃、ユミリアはこらえていたものをあふれさせるように泣いた。
ユミリアは上から言うことは少なかったけれど、立場としてはいつでも主人でいようとしていた。
仕える者達が信じてついて来てくれているのを後悔させないように。だからこそ彼らの前では決して泣かないようにしていた分、途端に涙が止まらなくなった。
泣き崩れるユミリアを、ダイは優しく見守りつつ城にいる3人に思いをはせた。
『やっぱり似たもの同士達だな』
ユミリアが見えなくなって、3人はユミリアの使っていた部屋に戻った。
「ユミリア様、行ってしまわれましたね」
「でも、なぜかユミリア様なら幸せになれる気がします、というか、今まであんな不遇な思いをしておいて幸せになれないなんて私が神様に怒ります」
「きっと大丈夫だと思いますよ、あの方の決断にはいつも「上手くいく」ような気がしますから」
「そうですね!ユミリア様がお決めになったことならきっと、ううん絶対上手くいきます!」
「そうね!」
けれど、3人で笑いながら部屋に戻り、机に置いてある、見覚えのない手紙を見て、その場でモモもシフォールも泣き崩れた。
2人で言葉を交わすでもなく抱き合い、脇目も降らず大泣きした。
ハルバートが手紙を手に取ると、やはり宛先は3人へ、差出人はユミリアからだった。
ハルバートはそっと手紙を戻すと、モモとシフォールの介抱へ回った。