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会長とハンカチと私  作者: 蒼指輝
特別編 王子とハンカチと私
145/151

王女とメイドは思い出話をしました。

シュンとショーエルがユミリアの部屋を退室してしばらく経って戻ってきたのはモモ1人だけだった。


「あら、シフォールとハルバートさんは?」

「2人には別の場所で暇をつぶしてもらうように私が伝えました。なので、2人はしばらくしたらまたこちらに戻ってきます」

「理由を、聞いてもいいかしら?」

「私がユミリア様と2人でお話したかったからです」


いつもユミリアに対しては陽気に笑うモモが珍しく真剣な表情をしてただならぬ雰囲気をまとっていたので、一瞬ユミリアは顔を強張らせた。

けれどすぐに表情を緩めて着席を促した。


「取り合えず座りましょう。あ、前のがそのままだから別のお茶を用意しましょう」

「お茶の必要はありません。ユミリア様は座って頂いて、私は立ったままで構いません」

「けど…」


いつもならユミリアが困惑した顔を見せればすぐに譲歩するモモが珍しく強情なままなので、ユミリアは怪訝な表情になった。


「モモ、どうしたの?」


いつものらしからぬ振る舞いをするモモに、ユミリアは不安そうに尋ねた。

モモはそれを受けて一瞬躊躇ったものの、ユミリアに悟られない速さで決心すると、しばらくくすぶっていた疑問をユミリアに訊いた。


「ユミリア様、私の無礼に関してはあとでどんな罰も受けます。ただ、聞かせてください。…ユミリア様はレイモンド様をお慕いしていらっしゃいますよね?」

「えっ…そんな、ことは…」


思ってもみなかった質問がモモからされ、動揺からきちんとそれはないとユミリアは言うことができなかった。


「別に否定なさらなくても、ユミリア様が他の者に抱くものとは違う思いをレイモンド様に抱いてらっしゃることは分かっております」

「…そうね、モモなら気付いちゃうかも。大分長いこと一緒にいるもの」

「なら、どうしてレイモンド様に誘われたあの晩、誘いをお断りになられたのですか!」

「…モモ?」


静かに激昂したモモは、泣いていた。

思わぬモモの涙にユミリアが困惑していると、モモは涙を必死で拭った。


「…申し訳ありません。急に泣いてしまって」

「いえ、気にしないで」


モモは泣き止み、更に疑問を投げかけた。


「すみません、泣いてしまって。もう大丈夫です。それより、先ほどのことです。ユミリア様には申し訳ないと思いつつ、扉の外側からレイモンド様とのやり取りを聞かせていただきました。盗み聞きなどというはしたない真似をした罰は後でいかようにも受けますので、今は聞かせてください。どうしてレイモンド様の誘いを断られたのかを。理由は最もらしいことを仰られていましたが、本当は違いますよね?」


真に迫るものがモモから感じられ、ユミリアははぐらかそうとするのを止め、本当のことを告げることにした。


「あの時レイモンド様に伝えたことも嘘じゃないわ。でも、もう一つあるとしたら。あるとしたら、好きだからよ。好きだから、レイモンド様の近くにいても妾以下にしかなれない状態に嫉妬心が芽生えて、その嫉妬のせいでレイモンド様に迷惑をかけてしまう未来が見えるから。だからレイモンド様にはついて行けないの」


「そんな…」


「このままいったらきっとローゼ様がレイモンド様の元へ嫁ぐんでしょう。私はローゼ様に、妹に嫉妬なんてしたくない。だから拒んだし、これからも誘いを受けるつもりはないわ」


きっぱり言うユミリアに、モモは二の句が継げなかった。


「そこまで、レイモンド様のことを…」

「我ながら浅はかだと思うわ。叶いもしない恋を、この歳になってするなんて」

「そんな、ユミリア様は浅はかなどではありません!私こそ、きちんと考えれば気付くものを、レイモンド様と引き合わせることばかり考えていて、ユミリア様の御心を傷つけてしまって、なんとお詫びしてよろしいか…」

「別に気にしなくていいわよ。気遣ってくれてありがとうね、モモ」


最初の真剣な表情から今はいつものモモに戻っていてユミリアは安心した。


「さっきモモの様子がなんだか変なように感じていたけれど、レイモンド様とのことを聞いていたのを隠していたからだったのね」

「誠に申し訳ございませんでした。主人に対して秘密を抱えるのもどうかと思ったのですが、ユミリア様と2人の時に直接お尋ねしてからでないと、と思いまして。どうぞ罰をお命じくださいませ」


膝を折り頭を下げたモモに、ユミリアは苦悩する。

罰を与えるようなことをモモがしたとは微塵も思ってない。なんせ自分も秘密を抱えている人間だし、自分のことを思って行動したことだったからだった。


しかし、罰がないとなると、それはそれでモモも困るだろう。罪悪感を抱かせたままなのもかわいそうだった。


ならどうするか、と考え、宰相とのことがユミリアの頭に浮かんだ。

今この場にはモモしかいないけれど、言うとしたら今が絶好のチャンスだった。


モモは他の2人に比べて長いこと自分のメイドをやってくれている。先に話しても問題はないだろう、とユミリアは判断した。


「なら、罰、と言うべきかは分からないけれど、私の話を聞いてくれるかしら。ちゃんとお互い座ってね」

「聞くだけ、でよろしいのですか?他には…」

「とりあえず何もいらないわ。今は座って話を聞いてほしいの」

「かしこまりました、それがユミリア様のお望みであるならば」


失礼します、と言ってお辞儀した後立ち上がり、ユミリアの向かい側の席に座った。

眉を下げて困惑した様子のモモに、ユミリアはにっこり笑いかける。


「本当はこれから言うことはシフォールとハルバートさんもいる場で言うつもりだったのだけれど、モモには先に伝えておくわね」

そこで、ユミリアは一呼吸置いた。


ここからは、私がちゃんとした状態でいなければならないから。


気持ちを引き締めてモモをまっすぐ見た。

モモは、急にユミリアの表情が変わったことに驚いたが、この表情をする時の主人はユミリアではなくモモの主人(王女)として話す時だと長年の経験から分かっていたため、背筋を伸ばして主人の言葉を待った。


「はい」

「近々城を離れるわ。もうここへは戻らない。本当の意味で城を去る。けれど、そこにモモもシフォールも、もちろんハルバートさんも連れて行かない。貴女達には、本当の主人の元へ戻ってもらうわ」

「お一人で城を出られる、ということですか」

「いえ、ダイは同行することになってるわ。ダイの主人は陛下や宰相様ではないから。本当は連れて行くつもりもなかったのだけどね」

「そうですか、城を出られる決意をされたのですね…」


モモはユミリアが想像していたよりも冷静だった。

ユミリアの頭の中では泣いているモモが想像されていたのだけれど、モモはユミリアが思っていた以上に良いメイド、良い女性になっていたようだった。

泣かれたり、すぐさま反対されたりされなかったことは、少しの寂しさも感じるけれど、同時にどこか安心している部分もあった。


「まだ、日取りは決まっていないけれど、宰相様から根回しがあって陛下から城を追い出される手筈になっているわ。3人は振り回す形になるけれど、宰相様には私が城を出てからも城内で今の立場に関係なく雇ってもらえるよう伝えてあるから安心して」

「そんな、ユミリア様から宰相に言っていただけるなんて、なんと申し上げてよいやら…」

「別にそこは気にしなくていいのよ。ずっと、城の隅に追いやられた王女とも言えない私に仕えてくれていたことへの、ほんの少しのお礼よ。むしろ、こんなことしか出来なくてごめんなさい」

「いえ、感謝こそすれ、文句などありません!ユミリア様に仕えてきたことは私にとっての誇りです。他の2人もそう感じていると思います」


真剣にそう言うモモに、ユミリアはふっと笑った。


「モモと会ったのは3年前なのに、ずいぶん前に感じるわ」




前王妃が亡くなり、ユミリアが今の部屋に追いやられた際はユミリアの周りの味方はダイだけだった。


シュンやローゼが暇を見ては遊びに来ていたけれど、そんなしょっちゅうは来れず、ユミリアの部屋に物を運ぶ者はいつもそれらの品を部屋の前に置くと慌てて逃げていくばかりで、ほとんど誰とも話などできなかった。


お礼のつもりで、刺繍したハンカチや花を部屋の前に置いておいたけれど、誰からも受け取ってはもらえなかった。


だからこそ、最初モモに会った頃のユミリアは、モモと話すのが怖かった。

モモの認識ではユミリアは高飛車な性悪女であり、そう思っている目で見ていたことももちろんだが、そもそも人と接する機会が極端に少なかったユミリアには、初対面の女性とずっと過ごすことなど考えられなかった。


だから、最初は仲良くできたとは到底言えなかった。

それまでユミリアは一人ですべてを行っていたけれど、モモはそれをすべて行ってしまい、かつずっとメイドとして過ごしていたのでユミリアには大変居心地の悪いものだった。

しかし、モモのそれらの行動は『仕事』であり、はねのけることもできず、ただされるがままだった。


しばらくしたら慣れるかも、とユミリアは思ったが、時間が経ってもモモはユミリアと壁を作って接していた。

仕事上の関係というのがふさわしいか。

自分から仕事以外のことで話しかけることは一切せず、作り笑いしかしなかった。


それが3カ月続いたある日、モモはユミリアのハンカチ畳みながらぼそりとつぶやいた。

「全部刺繍…」


モモの中では無意識だったのだが、その場にはもちろんユミリアとモモしかおらず、ユミリアの耳にも、モモのつぶやきは入った。


普段であればユミリアはモモに干渉しようとはしないためスルーしていたのだが、いい加減モモとの何枚も壁を隔てた雰囲気に辟易していた。

そのため、ユミリアは思いつきでその独り言を拾うことにした。


「全部私が縫ったんです」

「あっ、仕事中に私語をしてしまい申し訳ありませんでした!」

「特にそれについては気にしてません。私語って言っても、ずっと私と暮らしているんですから私語でも何でも口にすることを私に咎めることはできませんわ。それよりも」


徐にハンカチの一枚を手に取り、モモに見せながら言った。


「いつもの仕事のお礼にハンカチを送らせてほしいのですけれど、どの柄がいいかしら」

「そ、そんな!仕事にお礼なんて…」

「別に送っちゃいけないなんて決まりないもの。もし思いつかないなら、私が勝手に決めてしまうけど」

「…それでは、ユミリア様が私に合うと思う花をお願いいたします」


その時のモモの表情は嬉しそうながらも困り顔で、けれどいつもの作り笑顔の何倍もユミリアには嬉しく思えた。


ユミリアは送るとしたらコレ、というのを先に決めていて、作る時間は豊富にあったので1週間もしないうちに刺繍は完成した。

普段使いができるよう、白のシルクのハンカチの隅にそれは小さく収まっていた。


「これは…?見たところ花のようですけれど…」


ユミリアがモモにハンカチを見せに行くと、モモはキョトンとした顔をしていた。

本当にユミリアが刺繍するとは思わず、驚いてしまったようだったが、構わずユミリアは顔の目の前にハンカチをかざしてモモに刺繍が見えるようにした。


「この花はね、遠い異国の地では『モモ』と言うらしいんです。この辺りでは見かけないけど、木に実がなる植物で、花にはそれぞれ花言葉があるけれど、この『モモ』は悪いものを追い払う力があるらしいです」

「『モモ』?」

「そう!私は見たことないけれど、フィオーラでもあるにはあるらしいですよ。春先にたくさん花を咲かせるみたいで、とてもきれいなんだとか」


見てみたいなあ、とつぶやくユミリアに、モモはくすりと笑った。


「きっと、いつか見れますよ。この国にあるのなら、きっと」

モモの笑顔に、ユミリアも嬉しくなる。


「そうですね、いつかきっと」

「私、ユミリア様のことをずっと誤解しておりました」

「誤解って?」


しゅんとした顔で誤解というモモに、ユミリアは何のことか分からず訊き返した。


「私ずっとローゼ様のところでは、ユミリア様は性悪で高飛車だと聞いていたんです。最初会った時も、今は慣れてないから大人しいけれど、すぐこき使われるんだろうな、って。そんな風に考えてて…」

「そうだったの」


「でも、全然そんなことありませんでした。むしろ反対で、もっと早く気付いたってよかったのに、ずっと噂や聞いてたことに囚われてユミリア様を見れていなくて、ずっと不敬な態度を取り続けてなんとお詫び申し上げてよいやら…」

「別にお詫びなんていらないですわ、私もずっと尻込みしてましたもの。これから仲良くやれれば、それで十分ですわ。ハンカチは渡しておくわね」

「至極光栄の極みにございます。この、モモ・ラペーシュ、精一杯ユミリア殿下に仕えさせていただきます」

「そんな仰々しく構えないで…でもありがとうね、その言葉がとても嬉しい」


そのまま和解したユミリアとモモは徐々にお互いについて話す機会が増え、今の関係に至っていった。




「最初お会いした時の私の不敬な態度に、本当になんとお詫びしてよいやら」

「別に事前情報がアレだったなら仕方ないわ。高飛車ではないと信じたいけど、性格は悪いほうだと思うし」

「ユミリア様が性悪ならこの城中の皆性悪ですよ!それは断じてないですから!」


モモに顔を真っ赤にして否定され、たじろいでしまったユミリアは、ただ、ありがとう、と言うしかできなかった。


「今でもあの時いただいたハンカチは大事に使わせていただいております」

「もう3年も前だし、いい加減捨てちゃっても…」

「そんなことできるわけないじゃないですか!!ユミリア様の初プレゼントですのに!」



ハンカチを渡し終わった後、ユミリアは刺繍が好きという話になった時だった。


「それにしても、ハンカチ全部に刺繍するなんて、ユミリア様は刺繍がお好きなのですね」

「あ、刺繍は割と好きでもあるんだけど、あのハンカチの大半がずっと食事を届けてくれた人たちへの贈り物の意味もこめて置いてたけど誰も取らずにそのまま残ったのだから…」

「そんな!あんな綺麗なのを持って帰らないなんて!あ、でも持って帰れないのかしら、私には判別できないのですが…」

「あ、持って帰れないのね」

「はい、恐らく置いてあっても落とし物とか思われる可能性もありますから」

「それじゃあ、モモのが初めてもらってくれたプレゼントね。昔はお母さまや周りの方々にプレゼントをしたものだけど、ダイとかは割とものもらわない人だからここ数年誰にもプレゼントあげてなくて」

「とっても、とっても大事にします!!」


モモは何度も何度も頷いて喜んでくれた。



「それだけ大事にしてくれて嬉しいわ。ありがとう」

「ふふ、あの後からいただいたものも全部大事にとってあります」


でも、とモモは悲し気に呟いた。


「どうしたの」

「いえ、ユミリア様と離れてしまうなら、より一層大切にしなければならないですね」


その笑顔はどこか陰のある笑顔で、思わずユミリアは立ち上がり、モモの元へ歩いてモモを抱きしめた。


「離れててもモモのことは忘れないから」

「私は忘れられないです、絶対ユミリア様以上の主人には会えないですから」


笑顔で抱きしめ返してくれる自分のメイドに、ユミリアは出会いの感謝を実感した。


その後ユミリアはシフォールとハルバートが戻ってきた時にも、モモと同じことを告げた。

2人とも最初は驚いたけれど、モモが受け入れたことを知るとそれをすんなり受け入れた。


ユミリアは2人とも笑いながら抱擁を交わして、それぞれ初めて会った時の話に花を咲かせた。




それから3日後、国王陛下からユミリア・フィオーラの招集がかかった。

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