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会長とハンカチと私  作者: 蒼指輝
特別編 王子とハンカチと私
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メイドは王子に困惑しています。

 宰相の部屋を退室すると、ハルバートは部屋の前で待っていた。

 思わずユミリアは、ハルバートが宰相との会話を聞いていたのでは、と思ったが、ハルバートは不安そうな表情から安心した表情に変えてユミリアの元へ近づいた。


「ユミリア様、ご無事で何よりです」

「そんな、私が殿下に危害を加えるわけがないじゃないですか」


 ふふふ、と不敵に笑う宰相にハルバートは眉をしかめた。

 いくら睨みたくても、宰相は自分より身分は上のため、そんな不敬なことはできなかった。ユミリアの前ならなおさらである。


「それでは宰相様、この辺りで」

「えぇ、ご不便をおかけしますが」

「いえいえ、お気になさらず、それでは」


 にこりと微笑み、ユミリアはハルバートとともに去っていった。

 宰相は2人の背中を複雑な表情で見ていた。


「ユミリア様、先ほどは宰相様とどのようなお話をされていたのですか?」

「ハルバートさんが思っている通りのことですよ、それと、また戻った際に皆に伝えますがレイモンド様との接触を避けるため自室にこもっておくよう言われましたので、そのつもりでお願いします」

「…かしこまりました」


 納得はいってないようだったけれど、ハルバートは了解した。


 前と同じ光景に、思わずふふっとユミリアは笑みをこぼした。

 笑いの意味が分からず、ハルバートはきょとんとした顔をした。


「どこか、おかしかったでしょうか?」

「いいえ、ハルバートさんは表情を見たら考えていることが分かることが多いなと思って、つい。笑ってしまってごめんなさい」


 ニコニコとハルバートに笑いかけるユミリアに、ハルバートはむすっとした表情に変わり、そのままため息を吐いた。


「私の友人にも前に言われたことがあります。お前は思ったことが全部出るから気を付けた方がいいと。なるべく気をつけてはいるんですが…」

「別に悪いことじゃないですわ。私はハルバートさんの良い点だと思います」

「…ありがとうございます…」


 頬をかきつつ照れるハルバートに、ユミリアはクスクスと笑っていた。




 部屋に戻ると、慌てた様子でモモとシフォールが駆け寄ってきた。


「「ユミリア様!!!」」

「どうしたの2人とも」


「どうしたのじゃありません!宰相様に呼ばれたなんて聞いたから、何かあるのではないかと心配で心配で…」

「何かあるなんて、宰相様は私に変なことするお方じゃないわよ」

「ですが、ひどい言葉を浴びせたり…」

「そんなこと一切なかったわ。安心して」


 微笑みかけるユミリアに、2人はやっとホッとした表情を見せた。


「よかったです、本当に」

「さて、お茶にしましょう。おいしいお菓子も用意しましたの!」

「不安で、ただ考えているだけじゃ気が滅入ってしまいそうだったので、2人でクッキーを作ったんです。ぜひ食べてください」

「まあ!それは楽しみだわ!ただ、始める前に一つ言っておかなければならないことがあるの」


 安心した様子でお茶の準備に入るモモとシフォールに、ユミリアはリラックスする前に先ほどの宰相との取り決めを話すことにした。


「どうしたんですか?」

「レイモンド王子と会い続けるのはあまりよろしくないことだからレイモンド様が国に帰られるまでは私はこの部屋からなるべく出ないようにしようと思っているの。だから、皆もそのつもりでいてね」

「そんな!宰相様に言われたんですか?」

「言われたのも事実だけど、私もそうしないと、とは思っていたから、私の気持ちでもあるのよ。レイモンド様がやっていらしたら、病気がち、とでも言ってくれると助かるわ。お見舞いはもちろんお断りして」


 ニッコリ、というより、有無を言わさない笑みを浮かべたユミリアに、メイド2人はしぶしぶ頷いた。


「ユミリア様がそこまでおっしゃるのなら…ですが、せっかく今まで楽しそうにお話されていましたのに…」

「私達喜んでいたんですよ!ユミリア様が誰かと楽しげにお話されて、ましてや一度でなく何度も、となると私達以外とではしたことなかったですから!」

「まあ、こちらを訪れる人がそもそもいないですもの。でも、レイモンド様はいずれ本国に帰られる方ですから。その最後に会う時が早まっただけです」


 モモの訴えにそうね、と頷きつつ、ユミリアは淡々と答えた。

 その様子に、モモは訝し気な表情をした。


「ユミリア様、何か私共に隠していらっしゃいませんか」

「モモ、いきなりどうしたの」


 心底驚いた様子なのはユミリアだけでなく、その場のモモ以外の全員が驚いていた。


「だって、あれだけ楽しみになさっていたのですから、いつものユミリア様ならもっと悲しそうにされるはずです。なのにそんなに淡々と…」

「心づもりをしていただけよ。ああしてお会いできていたこと自体が奇跡ですもの。奇跡は長くは続かないと、そう思っていただけ」


「本当にそれだけですか」

「えぇ、本当にそれだけよ」


 深く頷くユミリアに、ならいいのですが、とモモは納得した。


「それじゃあ、申し訳ないけれど対応よろしくね」

「「かしこまりました、ユミリア様」」




 次の日、レイモンドはユミリアに会うために庭を訪れたが、そこにはダイの姿しかなかった。


 もしかして自室にいるのでは、とユミリアの部屋へ向かうためにレイモンドが階段へ向かうと、後ろから声がかかった。


「ユミリア様のところへ行ってもユミリア様には会えませんよ、レイモンド様」


 聞き覚えのある声に振り向くと、庭師のダイが花の手入れをしながら声をかけてきたようだった。

 レイモンドがダイの方を向いていることは知っているはずなのにレイモンドの方を全く見ず、花の方を見ながらダイは話を勝手につづけた。


「ユミリア様は今病気で自室にこもられてんです。行っても門前払いですぜ」


 そして、レイモンドの返事も待たず、別の花の方へダイは移動してしまった。

 レイモンドは変に思いながらも、取り敢えずユミリアの自室へ向かった。


「申し訳ありませんが、ユミリア様の命によりここをお通しすることはできません」

「病気ということを聞いた。見舞いとして顔をのぞくだけでもできないか」

「今は誰とも会いたくないとユミリア様より承っております。病気をうつすかもしれないからと。申し訳ございませんがお引き取りください」

「少しだけでも」

「なりません。どうかお引き取りを」


 メイド2人から強く言われ、ここは戻らざるを得ないとレイモンドは判断した。

 判断せざるを得なかった、というのが正しい思いだが。


 それでも、先日のローゼとの件もあり、一度ユミリアと話はしておきたかったので、引くことに関しては了承した上でメイド2人に伝言を頼んだ。


「分かった、今日は会わないことにする。ただ、彼女と一度話しておきたいことがある。だからまた日を改めて伺うことにするから、また話したい、と彼女に伝えてほしい」


 そう伝えると、メイド2人は顔を見合わせて、それから慌てて礼をする。


「かしこまりました」

「ユミリア様に伝えておきます」


 その返事に満足して、レイモンドはユミリアの部屋の前を去っていった。




「と、レイモンド様から言伝を頼まれました」

「そう、ありがとう」


 ふぅ、とため息を吐いてユミリアは扉の方を、その先にいたレイモンドのことを思って向いた。

 外からの声はいくらか聞こえていたため、レイモンドが来たことは分かっていたものの、まさかまた会いに来ると言い残すとは思っていなかった。


「ユミリア様、正直にレイモンド様とはお会いできないとお伝えした方がよろしいのでは…」

「だめよ、理由を聞かれた時に答えられないもの」


 正直に来ないでくださいと言った場合、急に来るなと言う理由を聞かれるだろう。そこで宰相に止められましたなんて言えるわけがない。

 理由も言えないなら、最初から別の言い訳をするしかない。


 そうユミリアは考えていた。


「ですが、このまま会いに来られるのは、大変心が痛いというか…」

「すごい申し訳なくなるんですよね」


 下がり眉のモモとシフォールに、ユミリアも困惑した表情になる。


「そうよね…でもそれ以外に思いつかないし、2人には申し訳ないけれど、引き続きの対応で頼むわ」

「かしこまりました」



 それから3日に一度のペースでレイモンドは訪れていたけれど、ずっとモモとシフォールは断り続けた。

 それが2週間も続くころには、本当のことを言った方がいいのでは、とユミリアまで思うようになっていた。


「まさかここまで頻度を落とさず来られるとは…」


 疲弊したメイド達に、ハルバートは苦笑をもらした。


「大分お困りのようですね」

「仕方ないじゃないですか、きまぐれでいつも来られていらしたから、まさかここまでとは思わなかったので…」


 頭を抱えるメイド達にハルバートはフルーツバスケットを差し出す。これは、レイモンドが2度目の訪問の時にお見舞いの品としてくれたものだった。

 まあ、本当はユミリアは健康体、ピンピンしているのだが。


 そして、彼女達の主人はというと、困惑した表情ながらも、一切考えを変えないようだった。


「いい加減お会いになられてもよいのでは?」

「モモやシフォールのためにもそうしてあげたいのは山々ですけれど、ここまでくると一度会うこととこれから会えることが同義になってしまいますから。一年中続くわけではありませんから、頑張って、としか今は言えません」


 ごめんなさい、と2人に声をかけながら、ユミリアはねぎらいの意味もこめて皆の分のお茶の用意をしていた。


「きっとこれからは頻度も減るわ」

「そうだとよいのですけど…」


 2週間もああなら、きっと変わらない気がする。

 そう考えていたメイド達の予想は大きな意味で変えられることになる。


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