宰相と王女は密談中です。
「宰相様、ユミリア様をお連れしました」
「あぁ、入ってくださって構いません」
「失礼します」
ハルバートとユミリアが部屋に入ると、宰相はソファの近くに立っていた。テーブルの上にはお茶を注いであるティーカップが2つあった。
「ユミリア殿下、お待たせいたしまして誠に申し訳ございません。ソファにお座りください。ハルバート騎士、ご苦労様でした」
宰相はソファを手で示しながら2人に声をかけた。
ユミリアを守るように前に立っていたハルバートは驚愕の表情を見せた。それは、宰相の自分にかけた言葉が「ハルバートは同席しなくてよい」という意味に聞こえたからだった。
「宰相様、無礼を承知でお願いしたいのですが、私も同席して構いませんでしょうか?」
「おや、私の言葉に含めた意味を悟れないほど落ちぶれましたか?」
焦りを含めた声でハルバートは問いかけると、強い口調で、疑問形ではあるけれど突っぱねるような言い方で宰相は答えた。
やはり、自分はここには邪魔なようだった、とハルバートは確信する。
けれど、宰相と2人にさせるのはユミリアが危険な気がした。彼は国王側の人間だ、ここでユミリアを1人で残した場合、ユミリアをこっそり城から退去させることだって可能になる。
「それを承知の上でお尋ねしました」
「ほぅ、それは面白いことを言いますね…」
「そんなことを…」
眉をしかめたハルバートを押しのけ、ユミリアは指定された席についた。
「ハルバートさん、ここは宰相様と2人で話をさせてください」
「けれど…」
「部外者には聞かれたくないこともありますので」
微笑を消して、いつもは使わない、ハルバートを邪険に思うような口ぶりをしたユミリアに、思わずハルバートは躊躇してしまった。
「そういうわけなので、退室いただけますか?」
「…かしこまりました」
歪ませた顔はそのままで、綺麗な礼をしてハルバートは退室した。ただ、不安はぬぐいきれず、部屋の外で待機していた。
「手懐けるのがお早いことで」
部屋の中はというと、宰相はため息を吐きながらユミリアの向かい側に座り皮肉を言った。
「彼には苦労しかかけていないんですけれど、よく私のことを見てくれているからでしょうか」
ユミリアは標準装備の笑みを戻して、宰相の皮肉にそのまま皮肉で返した。
この返しには宰相自身驚いていた。愛情はないとはいえ箱入りで育てられた世間もあまり詳しくなさそうな王女がここまで言えるとは思ってなかったからだ。
想像していたよりもこの王女はしたたかなのだと認識を改めた。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
目の前に用意された茶には手をつけず、ユミリアは優しく問いかけた。
「あぁ、ユミリア殿下にお聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと、とは?」
「最近そちらにレイモンド王子が訪ねてきていらっしゃるでしょう?」
単刀直入に訊く宰相に、思わず笑みを深めてしまった。
ユミリアからしても、水面下の腹の探り合いは大変に気力が疲れる。
「えぇ、何度かこちらにお越しになられていますね」
「そうですか、どんなお話を?」
「お互いの国について、風土や、どんな食べ物がおいしいとかです。あとは、レイモンド様は私の所有する庭を気に入られたようで、庭師も交えて庭について話をすることもありますわ」
「そうですか、では、レイモンド王子がそちらに訪れる理由は何だと思いますか?」
「この国について知れるから、変に騒がず穏やかな時間が過ごせるから、と前にレイモンド様は仰っていました。これ以上の理由はご本人から伺わないことには分かりません」
「殿下の推察で構いません」
「そうですね…」
一言呟いて、ようやくユミリアはカップに手をつけた。優雅に一口飲み、一息ついて静かに答えた。
「深い意味はないとは思いますわ。誰かと話しはしたい、少し隔離された私のところだと変に気遣わず話せる、くらいだと思います」
「そうですか、王子は貴女のことをどのくらいまでご存知ですか?」
「これもレイモンド様に直接聞いたわけではないですからあいまいですけど、でも私が王女だというのは気付いてらっしゃると思います」
「貴女を王女と分かった上で接触されていると…」
「恐らくはそうだと思います」
恐らく、と言いつつはっきりと答えるユミリアの言葉に、宰相はこれは間違いないと考えた。
「それでは最後に、お気分を悪くするとは承知で聞きますが、もしローゼ殿下ではなく、ユミリア様をレイモンド王子に国を挙げて嫁がせたい、と言われたらどう思いますか」
「どう、と言われても…そんな夢物語考えたことありませんからわかりません」
「今考えてみてください」
「そうですね…はっきり申し上げますと、万が一そのようなことを言われた場合、陛下からの命令でもお断りすると思います」
「…それまたどうして?」
宰相は、ハルバートから聞いていたとはいえ、ユミリアを慕っているハルバートからの言葉であるし、ハルバートからの色眼鏡で見ての発言だと考えていた。
しかし、ユミリアの言葉にはハルバートからよりもさらに拒絶の色が強く出ているように感じた。
それを聞いて宰相は一瞬躊躇してしまった。
「私とレイモンド様とでは身分差があります。陛下の血が流れているとはいえ、私は王家に認められた王家の者ではない以上、国の恥になりそうなことは遠慮したいのです。それに、優しいローゼ殿下を押しのける以上になる理由は存在しませんもの」
「ローゼ殿下はユミリア様のことをあまり快く思っていないようにお見受けしますが…」
「別に私に優しくしないことすなわち優しくない子というわけではないではありませんか。それに、私に対して優しい人ですよ、ローゼ殿下は」
ニコリと笑ってローゼを肯定するユミリアに、宰相は頷くことしかできなかった。
確かに、ローゼは意図的にユミリアを嫌いかのように振舞っているけれど、本心は真逆だろう。
「それに、ユミリア殿下はこの国思いなんですね」
「ここまで育ててくれたのはこの国の人々のおかげですから。感謝の気持ちしかありませんわ」
表情には嘘の色はなく、本当にこの国を好きなのだと分かる。ハルバートがユミリアを慕うようになったのもこの辺りが要因だろう。
ユミリアがもし正統な血筋の母親を持っていたならば、きっと彼女は誰からも愛される王女になっていた。賢く、気高く、慈愛に満ちた王女が国民に慕われないはずはない。レイモンドに嫁いでも、この国で女王になっても、彼女は周りから妬まれこそすれ今以上に悪いことにはならないだろう。
「ありがとうございます。先ほどはあんなことを言いましたが、陛下はローゼ殿下をレイモンド王子に嫁がせたいと考えています。貴女とレイモンド王子との接触はできる限り避けたいところです。なので、自室から出ないことをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「かしこまりました。それで、私からも一つお願いがありまして、どうか聞いてもらえないでしょうか」
ユミリアの表情が、困ったような、真剣な表情に変わり、宰相は思わずほう、と声を上げた。
ユミリアは、宰相しかいないこの場でどうしても話しておきたいことがあった。ハルバートがこの場に残りたいというのを制したのにも、今から話すことをハルバートに聞かれたくないということもあった。
「内容次第で判断させていただきます。恐らく、こちらが了承できる内容だから仰るのだと思いますが」
「はい、実は…」
その内容は、宰相に今までのやり取りの中で一番の驚愕をもたらした。