宰相は考えを巡らせています。
「宰相、ユミリア殿下が来られました」
「あぁ、行きます」
扉の前で待機させていた騎士からの声を受け、宰相はそちらへ向かった。
ショーエルは別室で待機させられていた。
扉の外をのぞくと、いつもの微笑をたたえたユミリアと、対照的に口をゆがめてにらみはしてないものの眉を寄せたハルバートが騎士に連れられ立っていた。
「遠いところからご足労いただきありがとうございます、殿下。来ていただいて早速で申し訳ないのですが。先にハルバート・ニンフィアと話があるので別室でお待ちいただいても構いませんでしょうか。そんなに時間はかかりませんので」
「分かりました」
そしてユミリアは隣の部屋に案内され、宰相の部屋にはその部屋の主とハルバートのみが残った。宰相は自分の椅子に座り、ハルバートは先ほどショーエルがいたところに同じように立った。
「さて、ハルバート・ニンフィア。私に報告することがあるんじゃないですか」
「…何のことでしょうか」
「はぐらかさなくて結構。レイモンド王子とユミリア殿下が度々密会しているという報告があがっています。目撃者も何人もいます」
何もないフリをしようとしたハルバートだったが、宰相からの言葉にすんなり否定の言葉が出てこなかった。
その様子に宰相はため息を吐いた。
「貴方にはユミリア殿下の監視をお願いしたはずですが、なぜ報告がなかったのか聞いても?」
「それは…」
言い淀むハルバートは予想できたため、そのまま宰相は話をつづけた。
「貴方は自分が誰に仕えているのか忘れているようですね。貴方の主は誰ですか?」
「……国王陛下です」
以前であれば騎士である喜びを全面に押し出していたハルバートが、今は苦い顔をして自分の主の名をつぶやいた。
「そうです。貴方が忠誠を誓っているのはユミリア殿下ではなく国王陛下です。それを忘れないように」
「…かしこまりました」
苦い顔をしたハルバートを冷めた目で一瞥して、そのまま視線を落として強い口調で言った。
「さて、私に報告することは?」
「…レイモンド王子が度々ユミリア殿下が庭に出ていらっしゃる際にこちらに訪れています。王子がこちらにいらっしゃる意図は分かりませんが、お互いの国のことや庭に咲いている花などについて話して親睦を深めていらっしゃるようにお見受けいたします」
「ユミリア殿下は自分が王女だとレイモンド王子に明かしたり、レイモンド王子に媚びを売ったりしていますか?」
「そんなわけがありません!素性は一切明かさず決して媚びを売るなどという下品な行動はお取りになりません!」
「そうですか、それは失敬。ではレイモンド王子の方は?」
「最初の方で明かされていました。お二方とも当たり障りのない話しかなさっていません」
真剣な表情で言うハルバートに、これは本当のことだと宰相は確信する。その上で質問を続けた。
「それでは、王子が殿下に興味を持ったのはなぜだと考えますか」
「それは…」
そう呟いて少しの間悩むようにうつむいていたが、顔を上げたときにはまた真剣な表情に戻っていた。
「王子は殿下のことを王女だと認識していらっしゃると思います。また、メイド達に詰め寄られることを前に嫌ってらっしゃるようなことをおっしゃっていたので、メイド達から離れられ、そこまで気遣わず話せるこちらに赴かれるのだと思います」
「なるほど。確かに一理ありますね。前に王子の従者殿から苦情がきていましたし。では、殿下は王子のことをどうおっしゃっていましたか」
「お優しい方だと、そう言っておられました」
「そうですか」
ふぅ、と息を吐いたハルバートを片隅に入れつつ、宰相はすくっと立ち上がった。
「貴方への用事は以上です。ユミリア殿下をこちらへお連れしてきてください」
「かしこまりました」
一礼して部屋を出ていくハルバートを見つつ、宰相はユミリアをもてなすためのお茶の準備を始めながら考えを巡らせていた。
ハルバートの考えたレイモンド王子がユミリア殿下を度々訪れる理由は何となく理解できるものがあったが、それだけではないように感じた。その理由だけなら他にいくらでも行ける場所はあるし、人払いだってできないわけじゃない。
じゃあ、この国について深く知りたいから?
かの王子と、特に従者の方はひそかにこの国の現状について調べているようだった。
本人たちは気付いていないようだし、国王夫妻も気づいてないだろうが、私と、あと勘の鋭いシュン殿下はなんとなく感じとっていた。
本当に、シュン殿下は国王夫妻のどちらにも似ず、洞察力の優れた人間だと宰相は評価していた。彼の作る国はきっと安泰だろう。
けれど、監視がついた状況でそんなことを聞き出すわけがない。
ハルバートも当たり障りのないことと言っていたが、本当に深いところまでは話せるとは思ってなかった。理由は別にあると考えるべきだろう。
ユミリア殿下がレイモンド王子を口説きおとす、は考えるまでもない。レイモンド王子が勝手に殿下のところに足を運んでいるとしか考えてはなかった。
では、その意図は?
加えて、ユミリア殿下がこの訪れていることに関してどう感じているのかも気になった。
彼女は国王夫妻は嫌っているけれど、宰相からすると特に好きでも嫌いでもない、が正しい気持ちだった。接点がそこまでないこともあるけれど、命令に従順で分をわきまえているあたりは好感がもてた。それくらいの認識だった。
だから、彼女が何を思って王子と会っているのかをきちんと聞いておく必要があった。
国王夫妻に発言できるのは、王族以外には自分しかいない。味方になることはないと思うが、反対側に立つか見守る側になるかくらいは変わってくる。きちんと自分で見ておかないといけないと感じていた。
自分の宰相としての立場に基づいて行動しなければならない。この国のためにも。
「お連れいたしました」
ノック音とともにハルバートの声が聞こえ、宰相は考えを中断し扉に向かって入るよう促した。