騎士と騎士は頭を抱えました。
レイモンドが自室に戻ると、ユージンが疲れた顔でおかえりなさいませ、と声をかけた。
「大丈夫、か?」
いつも余裕そうな表情で何でもこなす彼が珍しくげっそり、が似合う表情をしていて、大丈夫ではないことを確信しつつレイモンドは自分の従者に思わず心配の言葉を投げかけた。
「大丈夫じゃありません。メイド達が群がってきてあしらうのに苦労しまして…」
なんであんなにうるさいんでしょうね、女というものは、とブツブツこぼしながら、ユージンはレイモンドの座った席の向かい側に座った。
「それで、どうでしたか例のところは」
「同い年くらいの女性の貴族とそのメイド2人、護衛騎士1人、そこにあった庭の庭師を名乗る者が1人いた」
「では、その女性貴族がユミリア王女殿下でしょうね」
ユミリア、の単語を聞き、レイモンドは驚いて一時体の動きを停止させた。といってもほんの少しで、その変化に気付けるのは今のところ向かいに座るユージンだけだが。
「なぜその名を?」
「世間話をする感じで色々聞いてたらメイド達が教えてくれましたよ。ユミリア・フィオーラ王女殿下。ローゼ様や皇太子のシュン殿下の姉にあたる人物で、彼女の母親は2年だけ王妃をしていた時期があるようです。ただ、その母親の出が伯爵の出ですが元メイドだったらしく、現王妃がシュン殿下を授かったころに亡くなったとか。そのせいで今は国王と現王妃に隔離して暮らすようにされているみたいです。メイド達はユミリア殿下の性格に難があるような物言いでしたが、殿下のご様子から見てただの噂のようですね」
「あぁ、この国で会った中で一番落ち着いているように見えた。私のことも覚えていたようだった」
「お会いになったことがあったのですか?」
「ある。と言っても私が4,5歳の時だからあちらはまだ3歳ほどだっただろう。私も彼女に既視感は感じたものの漠然としたものだったから、彼女から初対面と言われたら信じてしまうくらいだった」
「なるほど、あそこで隔離されてるあたりから察するに口止めされているんでしょうね。本当に国王夫妻はユミリア殿下がお嫌いなようですね」
ユージンはやれやれ、と言い左手で頭を支えつつぐったりしたようになった。
「これからどういたしますか?」
「取り敢えずユミリア王女と接触してみようかと思っている。それと、ローゼ王女やシュン王子が彼女をどう思っているかも探ろうと思う」
「かしこまりました。私の方でも探りを色々入れてみます」
「頼む」
その夜、ハルバートはローゼに使える同僚のショーエル・ラヌンクロに会っていた。お互い仕えている人物が王族なため、今回はハルバートの部屋で2人で飲んでいた。
ショーエルは見た目より若く見えるためハルバートと並ぶと兄弟のようだったが、ハルバートは頭の回転の速いショーエルを尊敬していた。口も固く、同僚の中でも一番仲が良かった。
「どう?噂の破天荒王女様は?」
「噂と正反対な人柄だったよ」
「やっぱりね」
冗談をまっすぐ否定されて、やはりかのユミリア王女の噂がデマだったことを確信した。
基本的には主人以外の人を疑わねばならない職業であるし、自分自身が疑うのが癖づいているのだが、ハルバートは嘘がつけないことを普段から感じ取っているため気を張らずに過ごせる。それがショーエルにとっては楽になれる時だった。
「正直どの貴族や王族よりも仕えたいと思うくらいだ」
「あら、惚れちゃった?」
「それは不敬だろう、ただ…」
そう言って、少し悩んだ後、空中を見つめたままポツリと言った。
「ただ、幸せになってほしいと、そう思うだけだよ」
友人のめったに見せないような雰囲気にショーエルは驚いていた。真面目な好青年ではあるものの、主人に対して特別な感情を示す方ではないと思う。それが、主人の幸せを願っうというのは結構慕っているんだろう。
「やっぱり惚れてるんじゃあ…」
「いや!違うってほんとに!てか流石に不敬に問われるから…」
ここくらいにするか、とからかうのを止めようとしたのを見計らってか、重い表情でハルバートはショーエルの方を向いた。
「なあ、大事なことを言うけど、他言無用で頼む、あと大声を出さないでくれ」
「いきなりどうしたの。取り敢えず聞くけど」
と言っても、前からハルバートには少し抜けたところがあったためそんなものだろうと思っていた。
余裕の表情で頷くと、ハルバートが切り出した。
「今日、レイモンド殿下がこちらに来られた」
「はっっっっ!?」
思わず椅子から立ち上がり大声を上げかけたが、大声を出さないことを思い出し、ショーエルはなんとかこらえた。ただ、驚きが消えたわけではなく、訝し気な顔を隠せなかった。
「どういうこと、レイモンド王子とユミリア王女の接触は禁止されてるはずじゃあ」
「あちらから来られたんだ、どうやら城の者達がこちらに案内しないものだから、何かあるんだろうと思ってだろうが…」
「大丈夫なの?2人が会ったなんて陛下に知られたら…」
「あぁ、間違いなく俺は罰せられるだろうし、ユミリア様を何が何でも隠されるだろう、たとえ城を追い出してでも」
「だろうなあ…」
どう転んでも最悪な方にしか向かない未来に2人で怯えていた。
「しかも去り際にまた来ると言っていた…」
「詰んでるね、そりゃあ…」
隣国の皇太子に来るななんて言えないだろうし、暗い未来が約束されたようなものだ。
「どうするんだ、この状況」
「もう残っている道がないなら、せめてまだ楽になれそうな未来に行くしかないだろう」
「道って?」
お先まっくらなところに手立てなんてあるだろうか、と興味で聞いたものの、聞いた瞬間にショーエルは後悔することになった。なんせ、ハルバートは続けてこう言った。
「ユミリア様とレイモンド王子を親しくさせる」