別れは急にやってくるものです。*後半第三者視点
カップから顔を上げると、いつの間にか服装はそのままにマスターから30代の綺麗な顔立ちの男性になっていた。
見た感じの歳や桃華から聞いたものと照らし合わせて理事長だと確認した。と同時に前世の夫にそっくり、いやそのまま彼なのには驚いた。
前世の彼は建築関係に勤めていたけれど、今は学校経営なこと以外はそのままなんじゃないかというくらい、目の前の理事長は在りし日の彼だった。
そんな彼は苦しそうな表情をしていた。
まあそりゃあ顔見知りの女の子がいきなり前世について語りだすなんて困惑するだろう、と思ったら、そうではなかった。
「優美ちゃ、いえ優美子と呼んでもいいかい?前世でのことも覚えてるよ、私が君を愛した日々を忘れるわけがない」
「え…浩司、さん……?」
今の姿は確かに理事長のものなのだろうが、今、私の目の前にいたのは薊野司ではなく前世の夫の浩司さんだった。
懐かしさや愛しさやその他諸々の感情が入り乱れて、思わず涙が出てしまう。
涙をタオルで優しくふいてくれるところも優しさを感じる浩司さんの顔も相まって、涙がとめどなくあふれてきた。
「ごめ…なさい…涙が」
「いいんだよ、私を思って泣いてくれてるんだろうから」
いつまでもぬぐってもらうわけにもいかず、タオルだけもらって話をこちらから聞いた。
「まさか…こんなかたちで、再会する、なんて、思ってなくて…」
「私も思ってなかった。私は全然見た目も変わらないけど、優美子は変わったね。でも聡明さや優しいところは昔のままみたいで安心したよ」
「私、辛くなった時、いつも、浩司さんとのこと、思い出してて…」
選挙の時だって、いつだって辛くなった時は浩司さんとの前世でのやり取りで本当に救われた。
「今は会長にも推薦してもらえて…浩司さんや、会長や周りで支えてくれた人たちのおかげです」
「そうか、そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
嬉しそうな浩司さんの笑顔が久しぶりに見れてこちらまで笑顔になる。
けど、笑顔になったかと思うと、急に真顔になった。
「ねえ、君の慕っている橘君と私、どちらかを選んでほしいと言われたら、どちらを選ぶ?」
「え、どちらかって、なんで急に?」
訳が分からず困惑していると、急でごめんねと言いつつ真顔のまま話し出した。
「もうそろそろ学園を手放してもいいころかなって考えていたんだ。理事長なんてなっているけど、実際には私は薊高校を作って学園の方針には多少口出ししているけど、実質的な管理は全部校長がやってくれている。いなくなったなんて告知はしないけど、行事にも一切参加してないから学園から離れたって経営はしていけるからね。また海外に戻ろうかと考えてるんだ」
「そんな…せっかく会えたのに、海外なんて…」
「それでね、もし君が良かったら私についてきてほしい。だから、私を選んで一緒に来てくれるか、それともここに残ることを選ぶか今決めてほしいんだ」
今、と強調して言われ、迷いはあったものの、けれどすぐに決断できた。
席から立ちあがって浩司さんの目をまっすぐに見た。
「私は、ここに残ります、ごめんなさい」
そのまま深くお辞儀をすると、浩司さんのくすくすという笑い声が聞こえてきた。
顔をあげるとニコニコ笑っていた。
「うん、そういうだろうと思ったから謝らなくていいよ。こちらこそ急にごめんね」
「でも、浩司さんが海外に行くまで来れる日はここに会いに来ます、話したいことや、伝えたいことがたくさんあるので!」
「ありがとう」
嬉しそうに笑う浩司さんだったが、一瞬辛そうな表情が見えた気がした。
「…浩司さん?」
「ん、ああ、すまない。もう店じまいをしてしまおうかと思ってるんだ。準備とかいろいろあって早めに閉店にしようと思っててね」
「あ、すみません!」
お茶代はいらないと言われたので、生徒会長に関する許可書類等々をもらい、そのまま扉に向かった。
「それじゃあ、浩司さん、また!」
「ああ、またね」
笑顔で見送ってくれた浩司さん。それが私が最後に見た彼だった。
優美が帰って少ししたころ、新たにシスルに入ってくる客がいた。
男とも女ともつかない中性的な美しい顔立ちで、姿を見ても華奢で華やかな印象を持つ、けれど人ではないようなオーラを放っていた。
カランコロンと入店を知らせる鐘を聞いたらいつもいらっしゃいの声をかけるシスルのマスターは、今日は何も言わなかった。
扉の方を見なくても、CLOSEDの看板を下げている扉から入ってくるのが客ではないことは分かる。
客側も分かっているのか先ほど優美が座っていた席の隣の席に座った。
「ミルクティーがほしいな、甘さ控えめで」
「君は客じゃないだろう」
そう言いつつマスター、いや優美が帰ったころのままの姿のため司の方が望ましいが、司は手際よくミルクティーを目の前の客に出す。
「それで?今まで一回も来たことなかったけど急にどうしたんだい、『神様』」
ミルクティーを差し出された、司に『神様』と呼ばれた者はうふふと上品に笑いつつミルクティーを受け取った。
「何って、貴方が私の方に来てくれることがないからこちらから来たのよ」
「だって会いに行く用事もないし、どうせ言われることは小言ばかりだろう?」
「小言って失礼な!貴方が無視するから!」
「それで?要件は何?」
むすーとふくれている『神様』を司は無視して単刀直入に聞いた。
『神様』はむくれつつも要件を言った。
「あの子との接触が終わったから通達。『速やかにこちら側に来い』とのことよ」
「断る」
「いつもキッパリ言うよねえ」
ミルクティーを一口飲んではあ、とため息を吐いた。
「ユミリア王女への執着から転生後のユミリア王女の魂を持つ優美子に近づいて、挙句の果てに結婚しただけであっち側はカンカンよ」
「そもそも上の方達が私に目をつけた理由は前世の記憶が神の干渉なしに来世に引き継がれてたことだろう?でもそれだってユミリアを愛していたからできたことなんだから、逆に何で優美子や優美に執着しないと思ったのか、そこの方が謎だけどね」
「まあ、上の人達も王女と王子が別れてから王女と貴方が一時共にいたからってそのまま来世に引き継ぐほど執着するとは思ってなかったんでしょう。おかげで、今世ではユミリア王女の魂を持つ優美とレイモンド王子の魂を持つレイを結ばせることができたことは僥倖だけど、それも貴方を先に世界に放り込んであの子になるべく近づけることができないようにしたからだし」
「本当面倒なことしてくれたよね。理事長として、あの子が接触できる立場にならない限り一生徒と理事長の接触は変な疑いがかかるだろうし、今日のこの時間が今世で彼女にツカサの魂として会えるのが最初で最後だなんて」
「そもそも前世がおかしいのよ!前世の時点でユミリア王女の魂を持つ優美子はレイモンド王子の魂を持つ玲也と結ばれるはずだったのに、色々して優美子と貴方がくっつくなんて。加えて貴方が前世で彼女に干渉しすぎたせいで、彼女は私の力がなくても前世の記憶を持っていたから、慌てて彼女が孤立しないように前世の記憶を持つ人を何人か見繕って」
「だったら私がそばにいたのに」
「それが駄目なんでしょうが!」
色々怒っているが、『神様』の声は元々聞いてて心地よい声質のため全然怖くない。それが、優美以外に興味がない司にとってはなおさらだ。
「それと、転生する時の約束、あの子と一度接触したらそれからはこの世界での存在を消して上で見守るっていうの、忘れてないでしょうね?」
「ああ、忘れてないよ。ただ愛している人と私じゃない男がイチャイチャしてるのなんて見たくないから上で眠ることにするよ」
「全く、どうせ上回らないとだから見る暇も寝る暇もないわよ。あの世界で神になるのを認められたのが私と貴方で嬉しかったのに、私は神になり、貴方は神モドキとして俗世をウロウロすることになるなんて今でも信じられないわ」
「彼女以外は興味ないしね」
「そうね」
『神様』は寂しそうにつぶやいたが、すぐに元の微笑に戻った。
「それにしても2人がくっつくまで長かったわ。あの子が入ってくるまでに本当は裏の攻略キャラだった彼を薊高校に入学させないようにしたり、生徒会のファンクラブ規則を緩くしたり。優美として転生して彼とくっつかせるには裏攻略キャラの2人の悪役のところしか入れそうになかったから、真純になって色々いじったり」
「羨ましいねえ、彼女のそばにいたかったのにそれが君の役目だなんて」
「2人は一度くっつかせることが決まっていたんだもの、仕方がないことよ」
さて、と『神様』は話を切り上げ立ち上がった。
「上にそろそろ行きましょ、謝りに回らなきゃ」
「仕方ないなあ、まあ約束だしね」
そう言って2人は一瞬にして消え、シスルのお店の跡地はただの空き地になった。