劇を開始します。
ステージ裏に着いた頃には客席のガヤガヤした声が聞こえてきた。
まだ劇まで30分も時間があるけどきっといい席を取ろうと多くの生徒会のファンの子早めに来たからだろう。
私と桃華が廊下を通っていた時もなるべく人通りの少ない場所を選び、かつ首から上が分からないようにヴェールのような形状の布をドレスを作る際に使った布で作っているため誰かは分からないようになっている。ちなみに、このヴェールは私と桃華で作ったため誰にも知られていない。
しかも、昨日のうちに
「篠宮優美が出演できなくなったから急遽代役を立てることになった」
というのも桃華からそれとなく流してもらったので、きっと誰も私がヒロイン用のドレスを着ているなんて誰も思っていないだろう。桃華の人脈のおかげだ。
今外の声に耳をすませても代役が誰かを噂する声はあるものの、私が出るといった声はない。
劇が始まって見てくれてる人達はなんて思うだろう。驚かれた後ざわめきが走るだろうというのは確定事項として。
せっかく合宿までして作り上げた劇だから、見てくれる人達が大勢席を立つのが一番怖い。
ヒロイン代われの方がまだマシだと思う、出来ないんだけど。
「いよいよだね」
「あ、睡蓮君昨日の大丈夫?」
昨日保健室に行ってから全く会ってなかったため、もしかしたら出られないんじゃないかと心配してたのだ。
ただ、目の前の白の燕尾服を華麗に着こなしている睡蓮君を見る限り杞憂のようだ。
髪もいつもの短めのストレートをワックスで73分けにして、全体的にキリッとした印象になっている。
「うん、咄嗟に受け身を取ってたから全然演技に支障はないよ。迷惑をかけてごめんね」
「こちらこそごめんね。あの時椿先輩が来る直前に元に戻ってたのに」
「ううん、もし再びスイッチが入ってても困るし、あれは香野先輩を止めないでいてくれてよかったよ」
自分でもきちんとコントロール出来たら迷惑かけずに済むのになあと呟く睡蓮君は、でも前話を聞いた時より悔しくなさそうだ。きっと前より気持ちの切り替えが出来たからだろう。
そのまま桃華も入れた3人で劇でやるところの最終打ち合わせをしていると、副会長と金鳳君が支度を終えて打ち合わせをしながらこちらへやってきた。
「篠宮さん化けたねーまるで別人みたい」
「え、私って気付かなかったりしてない?」
「そこは面影残ってるしそんな派手派手メイクじゃないから大丈夫だと思うけど。ただ遠くで見て結構びっくりしたのは事実かな」
安心したらいいよ、とふんぞりかえっている姿はイケメン以外がやると、いや一部のイケメンでも、ムカつきそうだけれど、今の金鳳君は今の衣装や本来のカワイイ系を発揮してチャーミングになっている。
ゴテゴテしない程度の装飾がついたジャケットに典型的な赤いマントを羽織った姿はとても似合っている。
「前にも言ったけど、やっぱり普通に本番の配役でやればよかったのに」
「色々事情があるんですから仕方ないですよ」
そう言ってポンと金鳳君の肩を叩いた副会長はそのまま私の耳に顔を近づけ囁いた。
「前から2番目のブロックの左前辺りにいますよ、見るか見ないかは篠宮さんにお任せしますけど」
そう言ってにっこり笑って、抗議している金鳳君をなだめている。
今の副会長は緑色のジャケットに金鳳君のふわふわとは違った薄めの長い緑マントをしている。
格好と耳打ちされたこと自体を見るとファン発狂ものだろうが、それよりやっぱり副会長、計画について勘づいていたのか…と冷や汗ものだ。副会長は流石である。
「本番前に騒ぎすぎだ」
後ろから声がして振り向くと最後の着替えだった柘植先輩と怜様が出てくるところだった。
柘植先輩は睡蓮君と対になるように黒の燕尾服を身にまとい73分けだ。
そして副会長と被るからと珍しくコンタクト。
「柘植先輩コンタクトすると大分印象変わりますね…」
「あぁ、ファンクラブの会長達にもおんなじようなこと言われたな」
お堅いインテリ系なのが爽やかな美青年に劇的変化、まぁなんということでしょう、なナレーターさんがついてもおかしくないようなチェンジぶりだ。
「ただ、つい癖でさっきから眼鏡があった場所触っちゃうんだよな」
「劇では出さないように気を付けてください」
「あぁ、そりゃもちろん。例のについてもさっき聞いたしな。まあ普通通りやってたら意外性のネタはばら撒いたんだし大丈夫だろ」
そう、あとは劇を無事に終わらせるだけ。
ただ、それだけだ。
「篠宮」
怜様に呼ばれたのでそちらに向かうと、頭にポンと手を置かれた。
「…れ、怜様?」
「震えてるし呼び方が変」
「あ、や、これは」
「怖いのか」
「…怖くないわけがないです。選挙と同じくらい緊張してます」
ほんとに足がすくみそうだ。ドレスだから隠せていると思ったのに気づかれてしまった。
「私を見てみている人達が失望しないか、せっかくみんなで作った劇が私のせいで評価されないんじゃないかって」
「なら大丈夫だな」
「え?」
大丈夫ってどういう?
クリーム色にほんの少し水色を混ぜたような厚めのジャケットを着て、マントはせずジャケットについてある金色の装飾品と元々の素の良さで王子感を出しているのがさすが怜様であり、カッコよくて目がなかなか向けられず会話が続かない原因であるのだけど。
思わず驚いて目を上げると怜様は私と目を合わせてそのまま微笑んだ。
「前の選挙の時は成功した。なら今回も同じ緊張なら成功する」
うっ、怜様その恰好でその励ましは反則です…劇始まってもないのにドキドキしてしまう…
「怜、始まる前に一言よろしく」
副会長の促しで円になり、怜様の言葉を待つ。
「特に言うことはない。ただ一つ言うとしたら」
そう言って役員全員の顔を見た後、一つ頷いていつにも増して力強く言った。
「『全力を尽くすこと』。それだけだ」
「当たり前です」
「頑張りましょう!」
「もちろんでしょ!」
「やるか」
「やってやりましょう!」
「はい!」
そして私達は勝負の劇を始めた…