睡蓮君がキレるとラスボスより怖いんですね。
ふぅ、取り敢えず志穂についてはこのくらいで、残るは…と私は隣の部屋へ続く扉を見た。
さっきからガタゴト言っているけど、原因は私だし…
………
行かなくてはダメか…
「ごめんけど、会長か風紀委員長呼んでくるまでここにいてもらってもいい?」
そう尋ねると志穂は力なく頷いた。これだけ意気消沈してたら逃げることは出来なそうだ。
一息つき、扉を開けると、まさしく想像通りの地獄絵だった。
机や椅子は本来の配置とはかけ離れた隅の方に投げ倒されており、書類はバラバラ、壁には見たことのないヒビが2か所程あり、窓は…割られてない。良かった。お茶を入れたりする水道辺りも無傷だし、柘植先輩、金鳳君の周りは避けられているようだった。
「…おせえ」
「あ、すみません、話が長引きまして…」
柘植先輩がキレ気味になってらっしゃる!!
ヤバい、金鳳君もいつもの可愛い感じがなり潜めて眉間のしわが深い!!ごめんなさい!!!
「すみませんが、志穂を見ててくださりませんか」
「当たり前だ。翔汰、あいつ呼んで来い」
「分かりました!」
言うが早いか金鳳君は外へ飛び出していった。すごい焦りと少しうれしそうだったよ、彼…
にしても『あいつ』で分かるものなの?
「ぼおっとしてないで今の間に少しでも遥斗を落ち着かせとけ。窓を割られたら流石に困る」
「あ、はい、そうですね」
喝を入れられ思考を睡蓮君の方に引き戻す。いや、今はまだ睡蓮君見る勇気が出なくて、でも…
私が困っているのを見て隣から頭をはたかれた。
「痛っ」
「そんな強く叩いてない」
「心が傷つきました」
すねる私を無視し、柘植先輩は真面目な顔に戻った。
「安心しろ、遥斗は仲間と思ったやつには攻撃はしない。いい奴なんだ、いい奴すぎるからこうなる。あいつを傷つけたのはきちんと謝れば分かってくれる」
「あいつを、怖がってやるな」
そう言って、けれど恨みがましい視線を私に送りながら柘植先輩は隣の部屋に入っていった。
最後!すごく恨みがこもってたよ!
後の制裁がとっっても怖いね!!
いや、そんなことを言ってる場合じゃない。きちんと向き直らないと何も解決しないし、せめて目くらい合わせて…
………
見た瞬間すっと目をそらしてしまう自分が情けない!けど!ゲームのどのラスボスより最強感漂ってるよ…いやでも、見ないと話できないし…いつものキラキラエフェクトがどす黒いオーラになっちゃってるよ…にらんだ目がほんっとうに怖いですよラスボスさん…
「なんで…」
え……
顔を見るとにらんだ目や表情はさっきと変わらずラスボスなのに、どこか、雰囲気が、悲し、そう?
「なんで一言言ってくれなかったんだよ、おめえは!」
声は凄味を含んでるのに、やっぱり悲しそうな雰囲気がしてる。ほんの、ほんの少しだけだけど。怒り99%に悲しみ0.01%くらいだけど。
あぁ、もしかして。
「もしかして、俺らの信頼なんてそんなもん」
「そんなことない!」
急いで私が訴えると睡蓮君は近くの机を蹴って叫んだ。
「なら!!なんで!!こんなことになる前に言わなかったんだよ!!!分かってたんだろこうなることくらい!!自分だけ犠牲になれば丸く収まるとかそんなこと考えてたんだろ!?自己犠牲でどうにかなるほど甘くねえんだよ世の中は!!分かってんだろそのくらい!!」
「うん。分かってた。けど、言わなかった」
ゆっくり言いつつ、私は先ほど蹴られた机を元に戻した。
そして、勢いのまま来る睡蓮君の手を黙って受け入れた。
「なんで!!」
私の胸倉を掴みながらキレる睡蓮君の手に静かに手を乗せた。
こんな風に胸倉を掴まれていても息苦しさはなく、その辺りにやはりやさしさを感じる。
怖がってはいけないって、そういうことですか、柘植先輩。
「言ったら、幻滅されてしまうと思ったから。私の、会長にも臆さない心意気を高く買われてこの生徒会に入ったのに。こんなことで泣きついたら弱い人間だって。そう思われるんじゃないかと思ったら、言えなかった。」
「そんなの言い訳だろうが!!」
「傍から見たら言い訳に見えると思う。でも、私は怖かった。嫌がられてる人からの傷より、好きな人からの傷の方が私には何倍も何倍も胸に刺さるから。だから、言えなかった」
正直に話すと、睡蓮君は、ゆっくりと胸倉を掴んでいた手をおろした。
「皆に心配をかけてごめんなさい。睡蓮君、ごめんなさい。そして、助けてくれて、心配してくれてありがとう。私は生徒会から離れていかないから。ここにいるから」
大丈夫だよ。
そう言って睡蓮君の頭をなでると、睡蓮君の黒いオーラが消えていき、表情もラスボスから普通の睡蓮君に戻った。
「…今度はきちんと相談してね」
「うん。約束する」
そう言うと、睡蓮君は困ったように笑った。
良かった、元の睡蓮君だ。
ほっとしていると、バーンと物と物がぶつかる音がした。
2人でそちらを向くと、生徒会室の扉が開いて誰かが入ってくるのが見えた。
そう、ただ、見えただけ。
次の瞬間には隣にいた睡蓮君の姿がなくなり、気付いたら、背負い投げをされていた。しかも、背負い投げしたの、まさかの…で。
思わず
「い、1本……」
という言葉しか出てこなかった。