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うごきだす  作者: 木下秋
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 おれが住んでいるのはギリギリ東京、みたいな所。都心までの交通の便はいい。

 バイト先は書店。小さい個人経営の店だけど、駅前に店を構え、立地条件に恵まれているおかげで売り上げは悪くない。

 店に入ってパートさんに挨拶をし、バックヤードに入ると一人、先に来ている人がいた。

 憂木冷くんだ。


 憂木くんは半年くらい前からウチの店で働き出したコで、「書店で働きたい」なんて人はみんなそうだけど、本が大好きな子だ。初めて一緒にレジに入った日にそう言っていた。一日に二、三冊は読んでしまうらしい。


 この前も「憂木くんって夢とかあるの?」と聞いてみたことがあった。すると彼は「夢ってわけではないんだけど」と前置きをして「本を十万冊読んでみたいって、思ったことはあるかな」と答えた。

 普通、夢を聞かれたら「◯◯になりたい」とか答えるものだろうけど、十万冊って。それを聞いた時はうまくリアクションを取ることが出来なかった。でもその日の帰り道、その事について考えていると、なんだか素敵な夢のように思えてきたから不思議だ。一生をかけて、本を十万冊読むって、そんな目標があったら楽しい人生を送れそうだ。


 挨拶を済ませてエプロンを着ける。憂木くんは今日もお気に入りらしい濃いブルーのシャツを着ていて、その上からエプロンを着けていた。

 「憂木くんって、髪長いよね」

 「うん。昔っからずっとこう」

 憂木くんは長い前髪をかき分ける。その後もそんな他愛もない会話をして、時間になると店に出た。


 店は前と後ろに入口があって、両方の入口の近くにレジが設置してある。だからおれ達はそれぞれのレジに立って接客をする。

 でもぶっちゃけると……夜はそんなにする事がない。

 朝から入っているパートさん達がだいたいの仕事をやっておいてくれるから、夜入るバイトはレジ対応と本の整理くらいしかやる事がないのだ。特に閉店一時間前なんて、暇でしょうがない。お客さんが一番来なくなる時間帯だからだ。その時間帯になるともう想像、もとい妄想にも飽きてしまって、電話応対もする後レジに立っているおれは、前レジに立っている憂木くんのところに行ってお話をするしかなくなるのだ。


 「今日はなんかあった?」

 「いや、なんも」

 だよねぇ、と返事をしながら前レジの近くの文庫本コーナーをぼんやり眺めた。

 「今日ラーメン行く?」

 とおれが言うと、憂木くんはニコリとして「行く」と言った。

 憂木くんはノリがいい。ご飯を誘って断られたことが一回もないのだ。あと、その細い体からは考えられない位よく食べる。

 「じゃあ行こう」

 おれはそう言って文庫本コーナーの作家名、ナ行の場所に辿り着く。ふと目についた夏目漱石の『我輩は猫である』は思っていたより分厚くて、手に取るとずっしりした。パラパラと眺めながら、ふと思いついたことを聞いた。

 「ねぇ、この前『本を十万冊読んでみたい』って言ってたけど、あれってホンキ?」

 「うん。小学生の時に計算してね。なんか可能っぽかったんだよね」

 どんな計算なんだ。やっぱこのコおもしろいな、と思いながらもう一つの質問をする。

 「そんなに本好きならさ、書きたいって思ったことはないの?」

 自分自身書きたいと思っているから、というのもあるし、たくさんの本を読んでいて、これからも読もうと思っている憂木くんはどんなものを書くんだろう、と思ったのだ。

 少し憂木くんの顔がこわばったように見えた。そして困ったように笑って「後でラーメン食べに行った時、話すね」と言った。壁の時計を見て「もう時間だからさ」と付け加えた。見ると片付け始める時間を大幅に過ぎている。

 後で話す、ってどういう事なんだろう。「思ったことないです」とか言われたら「書いてみたら?」とか言おうと思ってたけど。まぁその返事を聞ける時はすぐに来る。

 今は残りの時間でいかに効率的に片付けるか、という目の前のことに集中しよう。

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