日陰者な魔女
それは不遜な魔女の話
何でも出来る 周りは羨んだ
何でも出来る 彼女は悲しんだ
何でも出来る 嘘つきは憐れんだ
才能は色彩を奪い、モノトーンの世界に閉じ込める。
非道なことを笑顔で行い、他人のこと等考えない。ソレはまさしく魔女の所業。
「あー、眠い。徹夜とか二度としたくないな」
俺の部室での指定席である灰色の椅子に座り、背もたれに全体重を預けた。白い壁、十分ずれた壁掛け時計、散らかった長机。新入部員どころか直射日光すら入ってこない我が部室は、外で起きている天変地異など微塵も感じさせない日常と平穏の象徴のように思える。俺がこうして眠ろうとしている間に一体何人が死んでいるだろうか。規模が大きすぎる上に情報が無い為想像もつかないが、自分から進んで救うつもりは無い。自分の手が届く範囲しか救うつもりは無いからだ。俺の手の範囲はこの場合、安全を確保した校舎を指す。
あぁ、もう耐えられない。だんだんと視界が狭まっていき、遂には__
「さっさと起きなさい。何呑気に寝ているの!」
狭い部室に響く怒声によって気絶を除くと30時間ぶりに訪れた僅かな睡眠時間は、唐突に終わりを告げた。くっついて離れない瞼を嫌々ながら開き、何事かと侵入者を見れば、随分奇抜なイメチェンを敢行したらしく自然発光する白銀の長髪女であった。制服を着ている所為か、はたまた体つきの所為か、正直コスプレにしか見えない。気が触れたのだろう。
「よぉ、おはよう。もう一眠りしていいか?睡眠時間十秒で猛烈に眠いんだが」
「これ以上、私の怒りに油を注がないでくれる?そろそろ限界なの」
はぁ、と溜め息を吐くこのコスプレ疑惑な狂人はこの部室の隣にある無線部の部長、綺堂麗華。部員が一人で何故か無くならない不思議な部の一つで、実質ゲーム部と化している。性格と外見が反比例したこの屑は、どうやらご機嫌斜めらしいようで、眉間にしわが寄っている。
「俺も睡魔に抗うのは限界だよ。で、用件は?」
俺は僅かな睡眠を潰された嫌味で返し、背もたれに預けていた体を仕方なく起こす。
「現状の説明と今後の予測。まずはこの狂った状況は何?ついに世界がバグったの?」
「俺にとって世界は元からバグってたが、それはまぁ、置いておこう。意味がない。で現状の説明だが、…俺にも詳しくは分からん。何でも知っていると思うな」
「使えないわね」
「使えなくてすいませんね」
麗華は俺の一言をバッサリと切り捨て、彼女の指定席へと腰掛ける。続けろとの無言の合図だ。
「起きていることの原理は学者ではないから俺も分からない。だが何が起きたかは分かる。イメージは砂時計だな。むこうが砂時計を引っ繰り返したから砂がこちらに落ちてきている。其の砂をここでは仮に魔力と呼ぶが、その魔力がある程度あれば命を脅かす魔物、魔獣、魔族がうまれる。これらは当然生きるために、捕食をする。要約すれば、異世界から厄介事を押しつけられて、我々の生活どころか命が危うい。これだけ覚えていればいい。其の髪は魔力の影響だろうが、お前のは日光対策のために体が対応したからぼんやり光ってるんだろうよ。人を止めてるな」
俺が溜め息ともに伝えた情報は麗華の少ない気力を削ぐ効果を発揮したのみだった。全然納得していない。
「何、其の厨二設定は?巫山戯るのも大概に、と言いたいところだけれど、危機的な状況。道中で見た怪物。持っている全ての情報ではその仮定を残念ながら肯否定できない。しかし少なくとも火事と危険生物で外は危険、と。」
分析に推測や希望的観測、個人の意見などを混ぜるのは愚か者の所業だ。その点、顔色を変えずに事実をうけいれたこいつは流石だ。考えても意味のない事は考えなければいい。
「ご理解いただけて結構。聡明な魔女さんは話がしやすくていいな。何でとかどうしてとか無駄なことを訊いてこない。で、今後の方針は日常と何も変わらない。我々はただ自分の身を守るだけだ。精神的が物理的に変化したに過ぎない」
「屑ね」
「お前には言われたくない」
どちらも人を馬鹿にした笑みを浮かべ、楽しそうな罵倒といつもと変わらない返事をする。今この時は変わらない日常の延長、昨日の明日でいられる。そう思えばこのやりとりは悪くはない。
「で、そっちは今までどうしてたんだ?一般的な意見がないと予想のしようが無い」
「そうねぇ。なら異変に気付いた時から語りましょうか」
数時間前
「このわたしともあろう者が寝落ちなんて!なんて不覚!しかもパソコンの電源落ちている!」
目が覚めて早々、私の世界は終わりを告げた。セーブもせずに寝てしまった上に停電か何かで充電も切れていた。データは残念ながら消えただろう。
白い壁と整えられたゲームハードと床を埋め尽くさんばかりのソフト。それとの対比かのようにグチャグチャな寝具。黒い特殊なカーテンは開けられた試しなど無く、服だって三セットのみでハンガーで壁につり下げられている。
ここが私の全て。確かに日常生活のために風呂やトイレ、その他の部屋はあるが、基本は学校の部室かこの部屋に籠もっている。まさしく半引きこもりだ。
停電なら電灯を付けることも叶わないと推測し、仕方なく真っ暗な部屋の中で時計を探そうとするも、障害が多くて断念。近くにあるiPodで確認する。
「午前三時。夏だしそろそろ学校に行かないと。あぁ、面倒」
画面を見た途端、光の眩しさと登校の不快感で顔を顰める。しかし駄々をこねても何が変わるわけではない。仕方が無く、私は気の進まない登校準備を開始する。
といっても何かあるわけでもない。朝食をとって歯を磨き、顔を洗う。ここまでは一般的な朝の風景だろう。電気が使えないため、朝食がパンだったこと以外は暗闇でもある程度はできる。しかしそのあとは特殊な自覚のある習慣だ。大鏡の前で服をすべて脱ぎ、日焼け止めを塗る。日頃の習慣で見えるはずのない鏡を見た時、その地味でもあり派手とも言える異常に私は気付かされた。
「新人類にでもなったのかしら?発光とか・・・。はぁ、今考えても意味ないわね。」
暗闇故に鏡に映るはずの無い私の体が微かに光って、姿を目視可能にしていたのだ。
映っているのは白髪赤目のアルビノ。驚くべきモノは目の前にあるというのに、詰まらなそうな顔をした見目麗しい少女だ。体質以外は完全無欠。どこかの文芸部員は性格と体力が壊滅していると評するが、そんな事実は確認されていない。
ちなみにアルビノはよく小説などで出てくるが、実際は日光に対して吸血鬼並に弱い。日光に当たれば皮膚は火傷するし、皮膚癌になる可能性は極めて高い。瞳も日光は眩しすぎる。外出には日焼け止めと長袖と眼鏡が必須。そんなハンデを背負って生きている代わりと言うかのように、私の能力と容姿は最上級だった。何度チェーンソーを携えて旅に出ようと思った事か。結局日光に阻まれ計画は頓挫したが、今も諦めてはいない。
とりあえず身支度を整え、無駄に重く感じるドアを開ける。日傘も差して、やる気以外は準備万端。またくだらない日常が始まるのかと物思いに耽っていた私は目の前のおかしな状況によって昨日に跳ばされた。
「・・・事故ならよそでやってくれないかしら」
家の前には電柱にぶつかり大破した黒塗りのワゴン車が体積三分の二になって転がっている。きっと騒音が響いただろうに、全く起きなかった自分の睡眠欲の深さに脱帽しつつ、どうするべきか考えを巡らせる。
熟考するまでもない。私という一個人が取るべき最善な行動は一つのみ。
「日が出るまでに登校しないとね。うん」
優先順位最上位である登校を完遂するためには、些細な事故に付き合っている暇はない。例え目的地まで徒歩10分だとしても、外出時間は極力短くしたいのだ。もう死んでいるだろう人間など誰かに任せても問題は無いだろう。
そもそも私は、だれかと繋がる必要性がないために携帯電話というリア充の必須アイテムを持っていない。家に戻って通報してもいいが生憎停電中。さらに、これだけ盛大に事故を起こしたのなら周りが起きないはずがない。だが何の反応もないから周りに何か言いに行っても無意味。よって私には現状を変える術がないので無視してもよい。
・・・良いわよね?
人口の光の消えた私に優しい環境の中、半分しか出ていない星と月の明かりのみを頼りにして見慣れた街を車のことなど忘れて、ただ歩く。こんな状況ではまるで生き物全てが死に絶えて、わたしだけが取り残されたかのように錯覚する。寂寥感が呼んでもいないのにやってこようとしたため、持ってきた鞄の中からiPodを取り出し、白いイヤホンを耳に付ける。電源を入れたときの光は光が今までなかったが故にいつもより眩しかったものの許容範囲で、顔を顰めながらこれを地面に叩きつけるかどうか一瞬悩む程度だった。無論温厚かつクールな私はそんな蛮行をするはずはなく、曲を選択するため白く見えて仕方ない画面に眼を細めて挑む。しかし、充電が不足しているらしく、操作できなくなった。苛立ちを覚えつつ、手荒にカバンに突っ込む。
しばらく空のみが見守る夜の街を、ねっとりと纏わり付く熱気を従えて歩くと、学校の正門に繋がる少し広い道へと辿り着く。目的地までもう少し。
「そろそろ帽子と長袖が辛くなってきたわね。仕方ないと言えば仕方ないけれど、夏なんて消えてくれないかしら。暑くて仕方が無いわ。家に帰りたい・・・。」
登校前から帰宅願望を悲壮に呟いてみても学校に行く事実は変わらない。しかし直射日光に当たれない私は当然別室で中継参加。ループ映像を流しておけば手持ちぶさたで、意欲なんて全く湧かない。睡眠欲なら湧くのだが。
「・・っ!もうこれ以上面倒事を増やさないでくれるかしら」
前に進めた右足を引っ込めて、後ろに跳ぶ。私が踏もうとしたアスファルトはどうやら最新式らしく半透明になり、人を捕食する能力を身に着けたらしい。ふざけるのもいい加減にしてほしい。
「足元に気を付けるのは、虐められたことのある人間が身を守るための必須技能よ?その程度の擬態で、私の目を欺けるわけがないでしょう」
相手は私よりも大きくなり、まるでスライムかのようだ。真ん中の赤い玉がおそらく核か何かだろう。ファンタジーではお決まりの雑魚だが、余りに序盤で乱獲されて新たな攻撃法を編み出したらしい。迷惑なことね。
とりあえず仲間を呼ばれる前にどうにかしたいわ。合体とか勘弁して欲しいもの。
しかしどうすればいいだろうか?スライムの体液が毒なら致命的。先程の形態変化以外に変な能力があれば終了。触手の様に伸びてきたら凌辱ヒロインに決定。ヤバい、どれもバットエンドじゃない!特に最後は最悪だ!
ここまでの所要時間は1秒未満。私の聡明な頭に感謝をしつつ、打開策を考える。相手が再び動き出す前に何か思いつかなくてはいけないと思うほど、無駄が消えていき、感覚が冴えていく。思考の歯車は回りだし、正解を導き出すため喘ぐように情報を求めてくる。
両脇には私には越えられそうもない塀が阻み、一寸先は物理的に闇。視覚情報なんて役には立たず、こちらは非力。唯一分かっているのは相手が触覚以外でこちらを知る術があるという事のみ。私は先程足をつける前に反応してきたのだから、大方熱とか其処ら辺でしょう。
駄目ね。日傘で殴る位しか思いつかないわ。どこの妖怪よ?
そんな下らない思考を感じ取ったのか、相手はその体を歪め、突撃態勢をとりだした。私も一応身構えはしたが、避けきれる自信は全くない。身体能力は小学生並だもの。PCより重いものは持ったことがない私が液体の入ったドラム缶に等しい質量を相手に耐えられるとは思えない。
とりあえず開いた日傘を前に突き出し、盾代わりにする。跳びかかってくるなら一撃位は耐えられるはず。
「ん?なんか踏んだか?」
「多分踏みましたよ?靴の底微妙に溶けてると思います」
「なんか滑ると思ったらやっぱり。スライムでも踏んだか…。ちっ、面倒だなぁ」
「ハハハハハッ!日頃の行いと眼と性格が腐ってるからですよ、きっと!」
そんな馬鹿な会話をしながら音だけは立てず去っていく何か。いや、誰かは分かる。長い付き合いの屑の声だとは分かる。だがもう容量一杯だ。何も考えたくない。このまま引き返してベッドに帰りたい。
とりあえず傘を下げて安全確認。先程の2mを超える半透明の粘液は跡形もなく姿を消し、いつもの通路に戻った。
「やけにざらつくアスファルトになったわね…。」
足を前に進めて地味な異変に気付く。
…訂正。形はなかったが、痕はあったようだ。
先程まで敵が居座っていた場所は溶けて長年放置したかのように凹凸ができていた。こんなことを引き起こす液体に包まれたら確実に死んでいただろう。結果的には幸運に感謝するべきなのだ。だが納得は出来ない。
そもそもあの声は魔法使いこと佐藤悠夜の声なはず。元から頭はおかしかったがあそこまで人を辞めた行動は…案外とっていたかもしれないが、彼ほどの屑に新しく女が、というよりそもそも他人が進んでコミュニケーションを図るなんて有り得ない。危険な敵はいるし、事故は起こるし、これ以上困惑とストレスがきたら発狂しそう。
「もうやだ。なにもかんがえたくない。」
疑問や文句が絶えず湧きあがり、容量一杯となった私は取り敢えず蹲って頭を抱えるのだった。
「で、すべてあなたが悪いという事にして取り直し、日の出と争いながらこの陰気で安全な部室に来た、という流れよ」
「お前に一般的な意見を期待した俺が間違いだった。異常多すぎだろ」
長々と語ってはいたが、この状況で驚いたり慌てふためいたりしない時点で、聞き取る人選を失敗していたことに気づかされる。憮然とした顔の麗華だったが、一応自分が一般的な反応ではないことは自覚しているらしく、反論などはしない。その代り質問はあったらしい。
「もう一人の女性はどこに行ったのかしら?」
「なんのことだ?」
「恍けても無駄だと分かってるんでしょう?靴底はさっき確認してきたわ」
分かってはいるが、そう聞かれたら恍けるのが流れってものだろう。しかし相手は見逃す気はないらしかった。スライム踏んだのが俺だと確信を持って聞いている。彼女にとってこの作業は確認でしかないのだろう。
「面倒だからみんな揃ったら、素直に全て説明するさ。とりあえず起こしてくれたことは感謝する。至急とりかかるべき項目がまだ残っていたからな。俺自身には関係ないから忘れていた」
しかし誤魔化して先延ばしにすることはできる。今すぐ現実と向き合ったって誰も得をしない。これから起きることを自分の目で見て、考えて、その上で知りたいのか決めるべきだ。
俺ははっきりしない頭を横に振り、部室を出て校庭へと向かう。その途中、麗華の傍で足を止めて軽いクイズを出す。
「問題だ。遭難した時に必要なものは何でしょう?」
「当然ネット環境よ。」
自信満々で解答しているのはいいが、その整った顔を殴りたくなるくらいウザいし、残念ながらこいつが近年ありがちなダメ人間と証明されただけだった。ため息と頭痛が止まらない。
「どう考えても水と食料と安全だろ。ぼけパートはもう終わったぞ」
「はいはい。で、現状はどうなっているのかしら?」
「安全はある程度確保したと思う。水と食料は、これから校庭に創りに行くところだ。創るといっても最低限しかやってやらないが」
「少し飢えるくらいで丁度良いわ。今を変える気力のない家畜は邪魔なだけよ。しかしそんな輩に限って、群れて文句を言いたがる。だから誰がやったか分からない今のうちに、眠い目を擦って無理するのでしょう?文句の対象になって責められたくないものね」
創りに行くという点に突っ込みがはいらないのは、ここで問答するより見たほうが早いと考えたからだろう。説明しても理解されないので、そのはっきりとした態度は有り難い。
「そういう事。こっちはひっそりと安全に生活したいだけなんだけどな。何故かこの望みだけは叶ってくれない」
そう言って諦めを込めた苦笑いを浮かべてみても、気分は晴れなかった。
「他人なんてすべて見捨てて、私たちだけで暮らすのはどう?生き残ることは容易だろうし、安全な生活と愚か者のいない人生が待っているわ。昨日よりも今日よりも生きやすい事でしょう。どう?」
悪戯めいた笑みを浮かべながら、そんなくだらない冗談を言ってくる。
「…それを受け入れる事が出来るなら、どんなに楽だろうな?」
全て見なかったことにして数多の避難民も見捨てて自分達だけはのうのうと生きる。確かに魅力的な提案ではあるが、残念ながら頷くことは出来ない。俺はこの場所に守るためだけにいるのではなく、監視の目的もあるからだ。ニンゲンは放っておくと、どんな事をしでかすか分からず危険だ。なら手元に起きて調整したほうが良いだろう。