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時の流れ  作者: 魔法使い
2/3

目覚め

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こう思ったことは無いだろうか?

学校は面倒だ。

日常は退屈だ。

現実は無情だ。


こう思ったことは無いだろうか?

放課後は快適だ。

非日常は熱中だ。

非現実は温情だ。


 誰だって考えはするが、大人になるにつれて忘れていく。もっと楽しんでいたいと思っても、受験だったり就職だったりで叶いはしない。

 だが、忘れてはならない。物語が楽しくて都合良く進むのは主人公だからで、モブなどは碌な人生では無いだろう。それを知るからこそ大人は幻想を捨て、役に立つ現実を入れるのだ。

 しかし、有り得無いを当たり前に変える種は忘れられずに残った幻想である。


 ではそれを念頭に置いて・・・



それは空虚な嘘つきの話。持っている願いは本物?



____意識が戻る。


 泥沼の中から這い出るような最悪の目覚め。気絶した時に打ち付けた体が、未だに鈍い痛みを脳に伝達してくる事から考えて、俺の痛覚は正常に機能しており、気絶してから然程時間は経っていないと判断する。だるい体に嫌々ながら高等技術、二足歩行を命令して、自分のおかれた状況の理解の為に外に偵察に出ようとする。やや掃除が行き届いていなかった所為で制服に付いたゴミを左手で払い、走ってはいけないと決まっている廊下を競歩で進む。此方も動きたいわけでは無いが、特別教室と文化部室のみの五階に覗ける窓は無い。四階に行くのも良いが、何も無ければそのまま帰宅し、急遽倒れる某眠り病容疑のため自宅で安静。何かあれば調査する為に町を探検という名目で、まず手近な自宅へ。どっち道外に出て自宅へ向かうのだ。なら一階まで一気に行ってしまった方が良い


「はぁ、面倒だ」


 元気もやる気も消えていく様に呟きながら、嘘みたいに明るい階段を下っていった。



 生暖かく湿った風が体にまとわりつき、上を見上げると煌めく星や朧な月では無く平坦な雲が出迎える。見慣れた町の裏道を、少数精鋭の街灯頼りに只黙々と進む。

 …それにしても不自然だ。校門を出ても珍しく開放感を感じない。それどころか居場所のない教室より息苦しい。

 学校のアナログ時計で確認した時はおよそ午後七時だった。いくら俺が裏道を通っているとしても、人工的な音がほとんどしないのは違和感がある。

 他にやれることも無い為、とりあえず帰宅してはいるが、バイオなハザードになっても対応できる様に周りに目を配る。

 変わらないが心持ち明かりが少ない裏道を少し歩き、最後の街灯を通り過ぎると、袋小路に有る灰色の塗装のされた一戸建ての我が家へと辿り着く。この立地条件は素晴らしいと思う。皆の憧れ、五分圏内。だが限界まで寝ようとして遅刻しそうになった回数は数え切れない。

 そんな優良だが、怠け者の俺とは相性が少々悪い家の鍵を取り出そうと、右ポケットを漁る為に下を向き、


「__っ!」


 右から迫るナニかの影と、耳障りな風切り音の所為で反射的に屈む。

頭の上を通り過ぎるナニかでかいた冷や汗など気にする余裕も無く、即座に後ろを振り向き驚愕する。

 三メートルはある巨体。丸太のように太く強固な四肢。無骨で銀色の光を放つ斧。そして何より特徴的な一対の角と紅く輝く額の石を持つ牛のような頭部。

 見慣れた町に急遽現れた怪物は街灯に照らされてその異質さを際立たせている。

 俺は引き攣った顔を無理矢理呆れた顔に変えて溜め息を吐いてから


「ミノタウロスかよ」


と動揺する自分を騙す為に事も無げに呟く。


異世界にいるはずのコイツが何故ここに居るのか?分からないが、生き残りたいなら一瞬でも早く殺すしかない。なにせ相手は紅い布を振ってすらいないのに臨戦態勢だ。



 錆び付いていた思考のギアが回り始め、映る世界が変わって行く。考えるのは如何に効率よく相手を無力化するかのみ。


「『世界は私を見放した』」


 周囲に巻き起こる淡く蒼い燐光。

 あちらで愛用していた二歩限定の移動用魔術を使い、『敵』に向かって走り出す。斧や槍等の長物は中距離には有効だが、近距離では不利になる。此方は無手なのだから、少しでも有利に立ち回る。相手は強靱な肉体という武器があるが、この一瞬は脚に気をつけていれば良いだけの話だ。

 こんな脳筋相手には本来遠距離で魔法滅多打ちが良いのだが、今立っているのは袋小路の為離れられない。我が家を含む周囲を破壊されないために一撃で殺す!


 初撃の横薙ぎを躱されるとは考えなかったらしい敵は、体勢を崩しつつも石柱のような左足で踏みつけてくる。その後に振動とコンクリートの破片が襲ってくる事を見越し、それを跳んで躱しながら振り下ろされた左足を踏み台にしてさらに跳躍。顔まで跳んだら手の平を向けて、


「『終止符』」


 額に向けて極近距離直線貫通系の魔法を放つ。この魔法の利点は威力が絶大で消費魔力が少ないこと。欠点は範囲と距離が狭すぎて、当てる為に命と等しい魔石の前に辿り着く必要があり、当てるのを失敗すれば至近距離で反撃を喰らう事だ。死ぬか殺すかの魔法。賭けに勝った方が生き残るなんて分かりやすいじゃないか。

 そして、俺は賭けに勝った。只それだけのこと。

 紅く輝く魔石を緋色の針で打ち抜く。これで戦闘は終了だが、


「安全になるまでが戦闘です、ってか?」


 上から自分めがけて自由落下する銀色の物体から焦らずに三歩右に動く。

呆れた表情を顔に張りつけて、


「もうこんな生活しないと思っていたんだがなぁ。中々どうして、楽させてくれない」


落ちてきた大斧と飛び散る礫を避けて、スイッチを切るために俺は溜め息を吐いた。



 面倒な戦闘後、魔石を砕かれ淡く発光しながら、ゆっくり消えていくモノを背に、今度は何事も無く鍵を開け我が家に侵入する。夜遅くに帰宅すると、悪くも無いのになんか悪いことをした気分になるのは何故だろうか?

 黒のスニーカーを玄関で脱ぎ、揃えて置くという幼い頃に体に教えられた行為を無意識に実行し、自分の部屋に努めて落ち着いた歩調で向かう。敷きっぱなしの布団を退かして開けることは無いと思い込んでいたクローゼットを開ける。入っているのはあっちでの俺の装備。装飾の少ない黒の服上下、黒のベルトとカードケース。そして粗末でボロボロな木の棒。そこ、笑う所じゃ無いぞ。


 襲ってくる頭痛と懐かしさ。


 もう嫌だと逃げ出したい。失うから。


 まだやれることをしたい。守れるから。


 相反する思考。どちらを選んでも知るのは俺だけで、誰にも責められる事は無い。


「それでも、これを手にするんだよな。」


 何故か?とても簡単だ。一つは俺の仮説を確信に変える為。二つ目は生き残りたいという簡単な生存欲求。

 ミノタウロスがいる。急に気絶する。これで世界が違うなら異世界ワープ確定なんだが、世界は見慣れた灰色世界。何が起きたのか現状ではいまいちはっきりしないが、ミノタウロスが単体で此方に渡った可能性を除くと、危険な世界になっているのは確実なので防衛手段は持っていたほうが良い。

 まずは立てかけてある一メートル程の木の棒を手に取り、起きろ、と呟く。やっていてかなり危ない人か末期の厨二病に見えるだろうが、そんなことある程度は自覚している。ただ、足りないピースを集めるにはこれしか無い。

 少し待ってみたが、何も無い。これは俺の仮説も間違っていたか?


「お久しぶりでございます。現状をご説明させていただきますが、よろしいですか?」


 疑問を解かすかのように後ろからかかる喜色を含んだ声。振り返れば懐かしき夜色の相方が佇んでいた。本来こちら側では空気中の魔力が足りず、コイツは実体化できない。しかしあの牛が実体化出来るのなら、コイツも出来ると考えた。


「今更繕わなくて良いぞ、手遅れだ。で、あっちで何があった?」

「ですよねっ!『風のストーカー』を真似してみたんですけど、似合わないってすぐ思いました!やっぱりアリスらしくした方が良いですよね!どうイメチェンしようか迷ってたんですが、無駄な時間でした。希望があれば変えますが、どうです?ないですよね。うんうん。やはりこのままのアリスが最高ってことですね!」


 さっきまでは物静かでお淑やかな印象を与える存在だったが、陰から陽へと豹変した。返事も意見も聞かない問答無用なコレは話し続ける。


「それでは説明しまーす。人間があまりにも自己中で我が儘なんで世界が混ざりましたー」

「何故そこを杜撰にする。もっと省くべきところが有るだろ?やり直し」


 脱力感が体を強襲する。残った気力で迎撃するが、何もなかったことにして布団に入って寝たい気分だ。


「気に食わないあいつを真似して____」

「そこからじゃない。もっと重要な事があるだろ?いい加減にしないと土に戻すぞ」

「少し位楽しんでもいいじゃないですか。人生楽しまないと損ですよ?」

「楽しみすぎても損だと教えてやろうか?何故其処まで渋る」


 どう考えてもおかしい。お喋りで面倒なこいつがネタを出さずに渋っている。

 俺が渋面で催促すると、苛つく笑顔を一変させて気まずそうに目を逸らす。


「えー、人間が魔物の勢力範囲拡大を恐れてこっちの世界に押しつけたんです。よって此方に魔物や魔力が流れてきたということです。」


 またもやおかしすぎる。魔力は法則を曲げてでも願いを叶える力であり、生物を通してエネルギーが変化したモノだ。よってその魔力を違う世界に送る、又は押しつけるとは魔力に変わったエネルギー自体が消えて、エネルギーも段々と無くなり、人類滅亡など容易く発生してしまう。というか魔力の完全消滅は生物の絶滅又はエネルギーの消滅が条件とされ、馬鹿でもない限り実行しない。


「なんて浅慮なことを…。」

「あなたが帰って王の血は絶えました。その後、民主制になり、しばらくはうまくいっていたのですが、元から強かった選民思想がより強くなってしまって、上手くのせられてしまったのです」

「のせられた?」

「あの駄目神ですよ。あの世界での『ゲーム』は勝者無しで終わり、二度と神はあの世界を賭けの対象に出来なくなった。しかし豊かな魔力を放っておく訳もなく、目先の利益であっちの住民を騙して魔力を全部こっちに移し、ゲームを再開させる気ですよ」

「どこいっても人は人、か」


 確かにこっちに厄介ごとを移せば当面は楽だろう。神によってえらばれた我々人類の世界の完成だ。しかしその行動には問題しかなく、気付いた時にはもう遅い。

 魔物、魔族、魔人の危険性がある?そんな物は分かっている。しかしそれが無い限り生活が成り立たないのなら、その危険性をも呑み込むべきだろう。魔力が生活に必要なら危険な生物とも共存すべきだった。


「で?世界は元通りにならないと。」

「今すぐには無理でしょう。此方の時間で何百年掛かるか分かりません。最も、その頃には時間のレート的にもうあちらは滅亡でしょうけど。さらに言えば、それだけ時間があれば、『ゲーム』も決着がついているでしょう」


 表情を変えずに断言する。『戻らない』と。

 なら、覚悟を決めるしか無いだろう。生存が困難な現実で生き延びる覚悟と『勇者』を殺す覚悟を。出来なければ死ぬだけだ。


「分かった。戻って良い」

「断ります」

「即答かよ、変わらないな。だが部屋からは出ようか?」


 肩に手を置き、出口に押して行く。えー、と言いながらも抵抗らしい抵抗もなく、実に簡単な仕事だった。


「着替えて学校に戻らないと。今のうちに安全地帯を用意して、避難民の収容に備える。実に面倒だがやるしか無い」


 自分が原因の一つであると悟られないように怯えながら、みっともなく足掻く。


 どうせもう手遅れで、延命措置でしか無いと知りながら。

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