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「物語と私と彼女」

釣りと私と彼女

釣りと私と彼女


私が酒を飲めないせいか、有子と会うのは休日の昼間だ。しかし今日は金曜日、酒に付き合えときた。これはどうやら愚痴を言いたいらしい。

「かんぱーい。」

「かんぱーい。」

 有子はまず一杯をあけた。最初からコップが三つある。私がお茶で、残りは有子の酒だ。有子はすぐに二杯目を口にしながら、メニューを見て、店員を呼ぶと新たに酒をボトルで頼んでいる。私が食べ物を頼む。私は下戸だが、彼女は見事なザルだ。

「それで、なんかありましたかね?」

私が問う。有子は二杯目も飲み干すと、言いだした。


「釣りって知ってる?」

「釣り?釣りってあの、魚の釣り?」

「それ以外に釣りって知ってるの?」

有子が目を丸くする。

「え、買い物のお釣りとか、そういうこと?」

有子は、ちょっとほっとしたように、言う。

「じゃなくって、インターネットの世界で。」

「インターネットで?釣り?知らないけど。なにそれ?」

「だよねぇ!知らないよねぇ!」

 有子はあきらかのほっとしたようだった。しかし、知らないということにホッとされてもなんだか、悔しい。

「だから、何?」

「こう……。」

実際のところ、有子自身もそんなにはっきり分かっていないのかもしれない。説明までに時間がかかる。

「実際にはない話で、人を感動させたりするってことかな?」

「……フィクションの本となにか違うの?」

「なんで、本は最初か最後にフィクションですって、書いてあるでしょ。どんなにフィクションだって分かっててもきちんと書いてあるでしょ。」

「あるねぇ。」

「それがないの。インターネット上だからね。」

「へぇ。」


私はちょっとお茶を飲みながら話を聞きつつも、その釣りの話と、どこがこの酒の飲み会につながっていくのかよくわからないでいた。

「お待たせしましたー。」

つまみが来る。私は、そのから揚げをつまみつつ、話を促した。

「それで?」

「それでね!今日、算数の先生が、その釣りのお話をわざわざ書面に印刷して持ってきたのよ。」

有子は小学校で理科の先生をしている。だからその同僚は、数学ではなく、算数の先生だ。

「これなんだけど。」

有子は、鞄から出して見せた。きちんとクリアファイルに入っているのが有子らしい。しかし、私は一目見て言った。

「細かいね。」

「うん、まぁざっと言うと、将来有望だったサッカー少年が他の子がぶつかったことによって、階段から転げ落ちて足を骨折したら、チームから外され、先生からも見放されて、友だちも減って、ショックを受けていたら、そのぶつかった子が毎日リハビリに付き合って、最終的に、彼はサッカーの有名なところの学校に進んで、その友人がマネージャーになるっていう話なんだけど。」

「お待たせしましたー。」

「はーい。」

店員が運んできたものを私は、酒を彼女の前に差し出す。料理は、私側に置いた。どうやら頼んだものは全部来たらしい。店員が去ると話を続けた。

「良い話じゃない。」

「そうなの!私、読みながら号泣したの!」

私はおそるおそる聞いた。

「……職員室で?」

「職員室で。だって、ちょうどお昼休憩だったんだもん。そしたら、ダーリンが!」

ちなみにこのダーリン、有子の同僚の国語の先生だが、彼氏などでもなく、まだただの想い人でしかない。

「それ、釣りだよ、って笑ったの!ひどくない!?」

「あー。つまり、実話に見せかけて、ただの物語だったと。」

「そう!感動したのに、ホントに泣いたのにー。」

そういうと、有子は薄めにもせずに、ウィスキーをぐっと飲んだ。私は、チーズ餅を食べながらちょっと考える。

「ねぇ有子、なにが問題なの?」

「だから、騙されたのよ!」

「この作者に?」

「そう!誰が書いたのか、年齢も性別も分からない、その作者に。」

「でも、有子は損するわけじゃないし。騙す意図があったのかどうかもわからないしね。もしかしたら、有子が見てないだけで、この最後にフィクションですって書いてあったのかもよ。」

「損したわよ!笑われたのよ!ダーリンの馬鹿ー。フィクションって書いてあったら、涙も少なめだったかもしれないのに!」

「なに、馬鹿だなぁって笑ったの?指でも指して?」

「そうじゃないけど、あれは呆れた顔してた。」

私はサラダを分けつつ言う。

「あのねぇ、有子。もしそれが本当なら、国語の先生はあきらめな。」

「やっぱり?泣く大人はみっともないよねぇ。」

 ため息をつく有子はほっといて、言う。

「そんな人の感動に対して、見下すような事をする人に有子はもったいない。はい、サラダ。クルトン、多めね。」

「そっち?!」

「そっちよ。いいじゃない。大人になっても、泣けるときに泣いておけば。どうせ、そのうちに涙も枯れて、家族が死んだときくらいしか泣かなくなるんだから。そんな、偽物語で泣くなんて、って馬鹿にするような人に小学校の子どもの国語の先生はまかせたくないけどね。」

「あの人の事は悪く言わないで。」

恋は盲目。自分は悪く言ってもいいが、他の人に言われると腹が立つ。そういいつつ、有子はクルトン入りのサラダをザクザク食べている。

「だから、明日……は休みか、月曜日にでも、すいません、泣いてしまって。大人なのに恥ずかしいですって、話しかければ?」

「う。」

「あの時は馬鹿にしたでしょ?って聞いちゃだめよ。否定するから。」

「うん。言ってみる。」

そう言いながら、有子はまた飲んでいる。私に言わせれば、泣いたこと云々よりもその酒の飲みっぷりが判明した方がよっぽど呆れられると思うのだが、とりあえず今回は黙っていようと思った。


「これ、もらっていい?」

有子に渡されたサッカー少年の話が書かれたプリントだ。

「いいよ。フィクションでも良い話だったよ。帰りの電車の中で読まないでね。号泣するといけないから。」

有子はそう助言をくれた。


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