Ⅴ、笑顔や夜空というのは、ふと無意識に見たときにこそ、本当の輝きを見せるものである
スモール・ターニップとの激闘以来、特に問題なく薬草を採集した森男。
「ふー 多少慣れてきたし、このまま行けばどうにか生活はできそうだな」
ローランドに戻ってきた森男は、晴れやかな笑顔を浮かべながらギルドに向かった。夕日は傾き、ポツポツと街頭もつき始めている。
「すいませーん。薬草採ってきましたー」
「おう、おつかれ」
「お疲れ様です。これが採ってきた薬草です」
前回と同じように、懐に詰めた薬草を取り出す。
「はぁ…… 本当にそれどうにかなんねぇのかよ… 」
「それはないものねだりというやつですよ」
「お前はそれを言える立場か」
「いいえ」
イラッときたのか拳を握り締めるマスター。
ここでキレては大人気ない、と拳を収める。
「……はい、報酬」
「どうもー」
「もう暗くなってきたな。お前宿とかどうすんだ?」
「え?」
すっかり忘れていた。
あまりに金欠過ぎて宿のことなど考える余裕もない。
「……生きるのでいっぱいいっぱいで、考えてなかったです」
「宿をどうにかするのも生きるために必要だと思うけどな」
「食べるものにも困っているのに、宿なんて……」
はぁっと一息つくマスター。
そして顔をあげ
「じゃあうちの馬小屋にでも泊まってけ」
「きたぁ! 異世界人に冷たい現地人が、お決まりのように住居として提供するもの。その名も『ウマゴヤ』!」
「誰が冷たい現地人だ。俺はお前みたいな訳の分からないチンチクリンに、十分優しく接してやってると思うけどな。違うか?」
「鬼畜め」
「消えろ」
「すいません。その通りでございますマスター」
まるで従順な配下が主に返答をするときのように、胸に手を当て、キレイな姿勢で肯定する森男。
しかしその姿は仮面だと言わんばかりに、仮面の裏で悪態をつく。
この男は、「今日のところはうちに泊まってけ。夕食も出してやる。うちのママのシチューはうまいぞー」とか言えないのだろうか。まったく、最近の中年は気が利かない。
だが背に腹は変えられない。
ここは甘んじて馬と共に、仲良く寝ようではないか。
「しょうがないな。飯でも食ったらまたここに来い。案内してやる」
マスターは、呆れた表情で森男を見て、夕食へと促した。
「わかりました。ではまたあとで」
「あぁ」
森男は出入口のドアの前まで歩き、振り返る。
「次会うときは覚えてろよ」
「てめぇ!」
マスターの怒声を背に、逃げるようにギルドを後にする。
「さーて、僕を待つ美少女が呼んでいるー 早く会いに行かなければー」
森男は自作の変な歌を口ずさみながら、パン屋に向かった。
◯ ◯
「いらっしゃいましたー」
お決まりの挨拶でパン屋に入っていく森男。
香ばしいパンの香りが、腹の虫を暴れさせた。
「うー 今夜もバタール様にお世話になるかな」
バタールを掴み、さり気なく会計カウンターに目を向ける。
「ん? あの娘は?」
森男が昼に出会った美少女は、カウンターにはいなかった。
「ちぇっ まぁ今日は勘弁してやるか……」
そう悪態を吐きながらカウンターへ向かう。
「すいませーん。バタール様を譲ってくださいませ」
「はーい」
「!?」
またもや昼と同じようにカウンターの下から顔を覗かせる美少女。
相変わらずの笑顔で微笑んでいる。
「あ、確かお昼も来てくれましたよね?」
「は、はひ!覚えててくれたんですか!?」
とうとう来たか!
主人公のユニークスキル『フラグメイカー』がとうとう発現したらしい!
「その、なんというか…… 変た…… じゃなく、個性的な服装なので覚えてたんですよ」
「そうだったんですか! えっと…… ここのパンが美味しくて…… その……」
「そう言って頂けると、パン屋日和に尽きます! 是非また来てくださいねー」
キ、キタァーーーーー!
自分から来て欲しいだなんて、純粋そうな外見とは裏腹に肉食だな!
いや、やはり『フラグメイカー』が成せる技なのか!?
「はひ! 毎日通います!」
「ふふっ よろしかったら今度は違うパンも食べてみてくださいー」
看板娘は、相変わらずの手際の良さでパンを袋に詰めた。
マジ笑顔が天使や。
この娘の周りに飛ぶ天使が、ヒュンヒュンとハート型の鏃を持った矢を飛ばしてくる。
雅ちゃんとは違ったその感覚。至福とはこのことを言うのだろう。
この世界で初めて、癒しというものを手に入れたのだ。
「こ、今度は違うの食べてみますね!ではまた!」
「はーい、ありがとございましたー」
可愛らしく手を振る彼女に答えながら、デレデレ顔の森男は、パン屋を後にした。
◯ ◯
ギルドの前で、ため息を吐く森男がいる。
「はぁー あの娘の笑顔の後に、むさ苦しいギルドに入るなんて、気が滅入るなぁ……」
ギルドに集う冒険者たちは、皆血気盛んで、その上この時間になると酒を酌み交わしながらギルドの中でドンチャン騒ぎを始めていた。耳を塞いでも聞こえるくらいの騒音が、外まで響いている。
「まぁ、今日は慣れないことばっかで疲れたし、早く寝よう……」
うつむきながら、渋々ギルドの中に入っていった。
「おぅ クソガキ。オネンネの時間か?」
「くっさ! 酒臭いですよマスター!」
「あ? 冒険者ってのはこうでもしないとやってらんねぇんだよ!」
「マスターは冒険者じゃなくマスターじゃないですか……」
呆れた顔をする森男。
酔っぱらいには、まともなことを言っても無駄だ、ということは、森男の年齢ではまだわかっていない。
「どっちでもいいじゃねぇか! 馬小屋はギルドの横の倉庫らへんにあるから」
「えっ 案内してくれないんですか? しかもアバウト過ぎるし」
「こっちはんな暇ねぇんだよ!」
「暇だからお酒飲んでるんでしょ……」
またため息を吐く。
外にいても中にいてもため息が出るなんて救えない。
まさに今、マスターと森男の関係が逆転してしまっていた。
「とりあえず僕はもう寝ますんで。おやすみなさーい」
「もう寝んのかよ。おもらしするなよー!」
ガハハッっと笑いが起きる。
というか僕らの会話、聞いてたの?
またも項垂れて、馬小屋に向かう森男であった。
◯ ◯
「んーと、あ! あそこだな」
マスターのアバウトな案内によって、何度も間違えながら馬小屋に導かれた森男。
中には10数頭の馬がいた。
「うわー…… 馬をこんな間近で見るの初めて」
馬の攻撃可能範囲を避けるように、へっぴり腰になりながら少し観察してみた。
馬小屋の馬たちは、よくテレビなんかで見る競走馬とは全く異なっていた。
闘争本能むき出しで、気を抜けば蹴り殺さんとばかりに迫ってくるであろう気迫が漂っている。
もしかしたらこの馬たちは、戦場を駆け巡ったり、魔物の群れの中を掻い潜ってきた、列記とした戦士なのかもしれない。そう思わせる何かがあった。
「ほぉー ってこんなとこで寝れるわけ無いだろ! マスターめ! 謀りやがったな! しかもかなり臭ぇ!」
動物特有の獣の匂いにまじり、糞尿の匂いも混じっている。
ここで寝れる人物がいたとするならば、その人物は確実に狂っている。
「ケッ! もういいや! 勝手にどっかいいとこ見つけて巣をつくってやる!」
森男はそう意気込むと、馬小屋の横に積まれている藁を引っ掴み、奥へと歩を進めた。
「お、これは意外。裏庭なんてあったんだな」
ギルドは一見大きな建物が敷地いっぱいに建っているように見えるが、建物の裏には長年手入れされていないであろう庭が広がっていた。雑多に様々なものが打ち捨てられ、探せば掘り出し物でもありそうな雰囲気を醸し出している。
「よっし! ベストプレイス発見! ここを我が家にしよう」
勝手に持ってきた藁を、勝手に庭の一角に敷き詰め始める森男。
6回ほど往復し、ふかふかになるまで敷き詰めたところで、自作ベットに飛び込む。
「おぉ! 結構快適じゃん! 藁の匂いもいいし、星空がキレイだな……」
森男の頭上には、散りばめられた宝石のように輝く星が、漆黒の背景を彩っていた。
「異世界に来て、こんなにも夜空が素晴らしいものだったと気がつかされるとはな」
今までの森男にとっては、夜空というものは孤独の象徴でしかなかった。
カメラマンの父は、様々な風景を求め各地を転々としているため、ほとんど構ってもらった記憶が無い。キャッチボールすら一緒にしたことがなかった。
母は母で、雑誌の編集の仕事に命を捧げ、殆ど家にいることはない。
小さい頃は、祖父母や親戚、当時いた友達の家をたらい回しにされ、自分の定まった居場所などなかった。
昼間の喧騒の中ならまだ耐えられた。
でも、夜の静寂の中では、世界が孤独にすっぽりと覆われてしまった気がして、耐えることが出来なかった。
だから森男は、夜空というものを、まるでそれが決まっていたことのように、見なくなったのだ。
しかし、今の自分は違う気がした。
元より自分の居場所などないこの世界に来て、まさに自分の居場所をシャカリキになって、つくろうとしている。
まだまだ出来ることは少ないけど。
でも、こっちでは、いつか自分の居場所が見つかればいいな。
そう思ったところで、森男は意識の渦の中に飲み込まれていった。
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