Ⅳ、相棒というのは、大体の場合、唐突に別れが訪れてしまうものである
異世界で唯一いろいろ教えてくれる、優しいマスターのギルドを出た森男は、まずはこの少ない所持金で食べられるものを探していた。
「あのババァのパン屋は…… ウマそうだけど何されるかわからないしな。他に手頃なところは……」
森男は今、ギルドから西に向かっている。
森は北西なので、こちらに側に来たのは初めて。グラサン野郎とパン屋のババァは、真北の方にいるので力を付けるまでは近寄らないことにした。
「んーと、あっあそこは!」
少し行ったところに、パン屋が見えた。
「今度は刺客に出会わないように、余計なことはしないほうがいいな」
ふっ、と一息吐いてポーカーフェイスを決め込み、パン屋に入っていった。
「いらっしゃいましたー」
店内に入ると、香ばしいパンのいい匂いが鼻孔を突いた。
昼時なのだろう。客でごった返している。店内には所狭しとパンが並べられており、内装が木で出来ているため、非常に雰囲気のいい空間となっている。
匂いを急に腹の虫が大暴走を始めた。
「うわっ 早く決めよっ」
改めて見回してみると、いろいろな種類のパンがある。
揚げパンのようなものや、上に具が乗ったパンなどすぐにでも食らいつきたくなるものばかりだ。
しかし、金欠な森男に、そんなものを買う余裕はない。
少し先のことを考えれば、ひとまず節約しながら生活し、道具や武器を買ったり、薬草採りをしなくてもいい日を作り、街を回ったりするべきだろう。
意外と計画的な森男。彼が策士だということを忘れられてもらっては困る。
「じゃあ今日は腹も膨れて安い、フランスパンみたいなこのパンにしよう」
とてもリーズナブルなフランスパンことバタールは、僕の命を繋ぐ存在になるだろうと、変に感情移入する。
「すいませーん。これくーださい」
「はーい」
「……はっ!?」
それは唐突に現れた。
カウンターからひょこっと頭を出し、笑顔を向けてきた。
まさに看板娘というのはこの娘のことだ、と言わんばかりの美少女は、固まる森男を見て、可愛らしく小首を傾げた。
「どうかされました?」
「い、いえ、これ……このパンください」
「はーい」
少し茶色いセミロングの髪をもち、三角巾を被った美少女は、その印象的なニカッと笑うような笑顔で返事をすると、手際よくパンを紙袋に詰めた。
「銅貨2枚になりまっす」
「は、はひ!」
あまりの衝撃に、銅貨を落としそうになる。
まさに、自分が求めていた美少女だ。
「はい、ちょうどですね! ありがとうございましたー」
「ごちそうさまです!」
まだ食べてもいないのにごちそうさましてしまう森男。
そそくさとパン屋を後にした。
「ふふっ とうとう見つけてしまったぞ。あのババァとは天と地の差だな」
ニヤニヤしながら北西に向けて歩く森男。
「決めた。今日から毎日通う! もう飯はあそこでしか買わないぞ! 毎日顔を合わせるようになれば、異世界人のフラグメイカー効果でコロっといくはずだ! ワクワクがとまんねぇ!」
一人興奮状態で歩く彼は、もはや自分以外に立ち入れない異世界に、自ら転移していってしまった。
◯ ◯
森男はパンを噛りながら城門をくぐり、再び北西の森に向かっていた。
パンは外側はカリッと、中はふんわりしていて美味しかった。2つに割ってみると、中から鼻孔をくすぐる匂いが立ち込める。美少女補正がかかっているのだろう、ほんのり甘い香りがした。
「午後は何事も無く終わるかなー。あ、武器発見!」
道の脇に落ちていた長めの木の棒。
意外にしっかりしていて軽い。
「モリオは『ひのきのぼう』をてにいれた! 勇者の最初の武器といえばこれだよねー。さすが異世界転移者!」
冗談ではない。もしかしたら、これがキッカケで意外と戦えるのかもしれない。そう思わせる何かを木の棒から感じる。見た目は頼りないが、手にしっくり収まるこの相棒は、自分に力を与えてくれるような、そんな感覚が握った手から感じ取ることが出来た。なぜだかわからないが、こういうキッカケでもないと、前に進めない。
そんなことを思いながら、帰り道に木の棒が落ちていると、武器と称して戦いを始める小学生のような顔をして、森男は木の棒を振り回しながら歩いて行った。
◯ ◯
木の棒を携え、森に入っていく森男。
「せっかくの初期武器だから何か名前つけようかなー。 勇者っぽいのといえば……エクスカリバーだ!」
皆さんが知っている通り、エクスカリバーは勇者の剣ではなく、神に選ばれた王の剣である。
そんなことも気にせず、森を進んでいく。
「さて、薬草採集始めますかね」
モソモソと薬草を抜いては懐に収める森男。
ふと、何かが近づいてくる気配を感じた。
「ん? うわー」
「うわー じゃねぇよ」
森男が振り返ると、そこには午前の採集のときに倒した、スモール・ターニップが仁王立ちしていた。
森男は渋い顔をしながら牽制の体勢に入る。
「お前、僕には敵わないってわかってないようだな。その申し訳程度に付いている足で仁王立ちしても、何も感じないわ」
「へっ よく言うぜ。俺がちょっと休憩してる間にそそくさと逃げたくせに」
「は? 誰が逃げたって? 見逃してやったんだぞ。感謝しろや」
下らない言い合いを始める二人。
ハッキリ言ってどっちもどっちだ。
牽制を物ともしないスモール・ターニップは、下らない言い合いに腹を立てたのか、スゴみ出した。
「おっし、じゃあてめぇと再戦してやんよ!」
「は? 僕はエクスカリバーを手に入れたんだ。お前なんか一瞬だぜ? 大人しく土に埋まってな」
「チッ もう我慢ならねぇ!」
苛立ちが最高潮に達したスモール・ターニップ。頭上の草を振り回し、鋭い葉で風を切る音を響かせながら駆けてくる。その勢いは、小さいからだから生まれるはずのない気迫を発し、森男を一瞬で包み込んだ。
「死ねー!」
「うひゃあぁ! こっちくんな! はっ きゃ ほぅ! ていやーー」
不良が金属バットを装備した時のように、気が強くなったのだろう。奇声を上げながら『エクスカリバー』を振り回す。スモール・ターニップとは対照的に、ヒュンヒュンと頼りない風切り音を響かせる。
すると
「効くかそんなのー!」
スパンッ
「………エキュスキャリヴァーーーーーーーーーー!!!!!」
異常に発音がいい森男の叫び。
『エクスカリバー』は、中程からすっぱりと切れ、その強靭(と思っている)な刀身は見る影もなくなっていた。
「クソッ! よくも僕のエクスカリバーを!」
「なーにがエクスカリバーだ! ただの木の棒じゃねぇか!」
「貴様っ! もう怒ったぞ! お前の弱点はもう割れてんだかんな!」
そう言うと、森男は地面にうつ伏せになった。
ここまで来たら行くしかない。もう逃げられないところまで来ているというのは、散々イジメられ、その度に仕返ししてきた、今までの経験でわかっている。勢いに乗った自分は、何も出来ないくせに急に立ち向かうように身体が動いてしまう。むしろ、この世界での第一歩を踏み出すいい機会なのではないか。
うまくいくかわからない。急に全身が汗でビショビショになる。地面に落ちた『エクスカリバー』の片割れを、汗で湿った手で握り締め、自分を奮い立たせるように全身に力を入れた。
「もう降伏か? 口だけの情けない野郎だぜ!」
「ふんっ それはどうかな!」
森男はうつ伏せのまま、匍匐前進でスモール・ターニップに近づいていく。
引く訳にはいかない。落ちこぼれでも、自分の精一杯の力を持って抗う。今までだってそうしてきた。失敗はあったけど、無意味な失敗などなかった。結果のその先に、新たな未来が待っていることだって知っている。
今回だって、そうなるに違いない。がむしゃらに進んだのその先に、僕がこの世界での未来が、待っているはずだから。
「なんだお前! ぶった切ってやる!」
草を大振りに振り、森男に斬りかかる。
ビュンと一際大きな鋭い音を立て、葉が振り切られた。が、その頭上を掠めただけで手応えはない。
「ははっ やっぱりな! 喰らえ!」
森男はチャンスとばかりにスモール・ターニップの白く、丸い身体をエクスカリバーだったもので殴打する。
「いてっ いてぇ! 何すんだおまっ いて!」
「ほらほらどうした! とっとと降参してどっかいきやがれ!」
森男に叩かれてピョンピョン跳ねて避けようとするが、めちゃくちゃに振るわれるエクスカリバーだったものは、なかなか避けきれない。
「チッ! 埒が明かねぇ! ま、まぁ今日は勘弁してやる! 覚えとけよ!」
「ケッ! 二度とくんじゃねぇぞカブ野郎!」
今度はスモール・ターニップが三下のようなセリフを吐き、森の奥に走って消えていく。
うつ伏せになりながらニヤニヤする森男。
「やったーーー! 異世界で初勝利ー! やっほーーーい!!!」
勝利の勝鬨を挙げがら地面をゴロゴロ転がる森男。
「……で、でも『エクスカリバー』、おまえともっと一緒にいたかったんだけどな…」
同時に湧き上がる、今は亡き『エクスカリバー』への思い。
勝利の余韻は、しばらく続くのだった。