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落ちこぼれに花束を。  作者: A.cat
一章:新たなる世界の幕開け。
6/9

Ⅲ、美少女というのは、例え現実に存在していなくても、力を与えてくれる崇高な存在である


「えーっと、ここらへんでいいのかな」


 城門を出て、北西の森に一直線に向かった森男は、彼にしては珍しく無傷で辿り着いた。


「お、これこれ。これが薬草か。んー いい香り!」


 鼻に薬草を近づけ、匂いを楽しむ。

 庭いじりが趣味の彼は、花や草、土が発する臭いが何よりも好きだ。特にこの森は土の質が良いらしく、つやつやとした草木が元気に生い茂っている。陽の光が木々の葉を透かし、本当の緑色というものを、自分に教えてくれているような、そんな感覚に包まれながら森男はしばし森の空気を楽しんだ。


「薬草ってくらいだから食べても大丈夫だよな」


 とれたての薬草を口に運ぶ。


「うげぇっ にっが! ぺっ ぺぇ!」


 薬草のあまりの苦さに口から吐き出す。


「こんな苦いんじゃ回復どころか体調悪くなるだろ……」


 良薬口に苦しともいうし、効果はあるんだろうな、と思いながらも納得出来ない味だ。


「うーん、いっぱい生えてるし、すぐに集まりそうだな」


 次々と薬草を丁寧に抜き、ジャージの懐に納めていく。かなり順調に集まっていった。






 しかし、彼に限って順調にことが進むなんて、あっていいのだろうか。


 その答えが、彼の目前に迫っていた。






「よいっしょっと。お、大きいのハッケーン!」


 意気揚々と満遍の笑みを浮かべ、その薬草に近付いていく。それを根元から丁寧に抜いた。


「ん、なんだこれ」

 

 今までと何かが違う。

 その原因は薬草の下にぶら下がる、白く丸いもの。それはこっちを向き、ニタァっと小馬鹿にするように笑った。


 それと目があった。

 何事もなかったかのように、元あった場所に埋め戻す。


「ふぅ 薬草じゃなかったのか。欲を張るといいことないもんな」


 もっと早く気付くべきだろ。と突っ込む人は近くにいない。


 その薬草モドキに背を向け、薬草採取に戻る。ふと、後ろから何かが近づいてくる気配を感じた。


「なんだよ。……えぇ!」


 後ろにいたのは他でもない、さっき引っこ抜いた薬草モドキだった。不意にそいつは頭?から生えている草を大振りに振った。



 シュンッ



 森男の肌を、鋭い風が撫でる。


「ひいぃ!」


 森男の眼前で、パラパラと黒く細い、自分の身体の一部だったものが舞った。そいつは森男の自慢の髪を、前髪ぱっつんと呼ばれる髪型に変えたのだ。


「ヤバいって! 変なカブがいます! おまわりさーん!」


 そう叫びながら跳んでいると言ったほうが正しい走りで駈け出した。

 それを逃がす『スモール・ターニップ』ではない。


 丸い身体を横に倒し、身体を転がすように追いかけてきた。


「なんだあいつ! カブのくせに! うっわはえぇ!」


 驚きの速度を見せるスモール・ターニップ。変な走りを見せる森男との距離をどんどん縮めていく。







「ヤバい… もう限界だよ…」


 全力で走り続けた森男の体力は、もう限界ラインを通りすぎようとしていた。

 その時


「えっ うわぁ!」


 大きく盛り上がった木の根に足を引っ掛けてしまった。そのまま前のめりに地面に突っ込む。


「ぐはぁ…… もう……終わりや……」


 身体が限界を迎え、ぐったりする森男。

 グングン近付いてくるスモール・ターニップ。



 短い異世界紀行だった。


 初エンカウントで死ぬ異世界転移者なんていただろうか。

 いないだろう。でも、落ちこぼれな自分なら最速死亡記録を叩きだしても不思議ではないか。


 なんか、この時間が止まる感覚、初めてじゃない気がする。


 あぁ、結局美少女とも会えなかったし、助けに来る気配もない。僕の王女様をあのグラサン野郎から助けることも出来なかった。


 なんて惨めなんだろうか。






「ん? 美少女?」


 はっ、と顔を上げる森男。


「危うく忘れるところだったぜ!」


 何こんなところでくたばろうとしてやがんだカス野郎!


 今僕は異世界に居るんだ!

 まだまだこれからだろ!

 猫耳美少女に妹系美少女!

 ツンデレ美少女にお嬢様系美少女!


 この世界なら全て網羅しているだろ!たぶん


 現実でのお前はどうだった?

 女の子にバカにされる意外で声をかけられたことがあったか? 声をかけてまともに取り合ってくれる女の子はいたか?


 いなかっただろ!

 

 でもあの時のお前とは違う!

 僕はこの世界ではゼロなんだ!

 むしろ主人公補正とかついてるって!たぶん

 このままでいけば絶対出会えるはず!

 そんな可愛い美少女たちに!



「うおぉぉぉぉ!」


 森男は立ち上がろうと腕に力を込めた。

 転んだときについたであろう傷がジクジク痛む。

 それでも彼は、立ち上がろうと全身に力を入れた。



「クソカブ野郎が! 野菜に負けるわけねぇだろ!」



 もっと力を入れる。


 身体が持ち上がり、もう少しで走りだす体勢に入れる。


 が、その時


 何かが背中に当たり、頭上を通り過ぎた。







「……え?」







 頭上を通り過ぎたそれは、樹木に当たり、落ちた。






 動かない。




「へ? やったのか?」



 そろりそろりとへっぴり腰でそれに近づく。

 近くに落ちていた樹の枝でツンツンしてみた。




 動かない。




「や、やった! ま、まぁそういう作戦だったんだけどな! まんまと引っかかりやがって! カブは所詮野菜なんだよ!」



 説明しよう。

 コロコロ森男に向かって転がってきたスモール・ターニップ。


 徐々に身体を浮かせていった森男の背中が、スキーのジャンプ台のようになったことで、そのまま勢いを殺しきれず、吹っ飛んで樹木に当たってしまったのだ。


 なんということだろう。

 転がったところで体勢の低い相手には攻撃もままならなくなってしまうのが、スモール・ターニップという魔物なのだ。



 そうこうしてる内に、もぞもぞと動き出すスモール・ターニップ。


「げっ! 今日はこれで勘弁してやる! 次は容赦しないからな!」


 三下よろしく捨て台詞を吐いて駆け出す森男であった。






   ◯     ◯






 森男はホックホク顔で城門をくぐる。


「大漁大漁! これだけあればたらふく飯が食えるし、あわよくば宿とか取れるかもな!」


 着込んでいるジャージは、胸から腹の部分がこんもりと膨れている。それを見た者たちは訝しげな顔をした。


 そんな視線は、森男にとってどうってこともない。今までもっと不快な視線を向けられてきたからだ。


 広場を一瞥し、ギルドに真っ直ぐ向かう。広場は相変わらず冒険者で溢れていた。


「すいませーん。薬草採って来ましたー」

「おう、お疲れさん。ってそれどうした?」

「ん? それってどれのことです?」

「お前の腹だよ……」


 こんもりと膨れた腹を指さすマスター。


「入れるものがないので、ここに入れてました」


 ジャージのファスナーを開ける森男。開けた途端、薬草が溢れだした。


「うっわー なんかカゴとかマジックポーチとか…… お前金ないんだったな……」

「はい。ところでマジックポーチってなんですか?」

「マジックポーチってのはこれだよ」


 腰からタバコの箱を、少し大きくしたくらいのポーチを取り外す。


「こいつは魔法具ってやつだ。ポーチに特殊な魔法を込めると出来上がる」

「へぇー で、どんな効果が?」

「見た目以上にいろんなモノが入るんだよ。ほら」


 中から赤い液体の入った瓶を取り出す。明らかにあの小さなポーチに入らない大きさだ。


「おぉ! すごい!」

「だろ? まぁこの世界じゃ当たり前なんだが…」

「でもお高いんでしょ?」

「ところがどっこい、金貨一枚だ」

「な、なんだってー! そんなにお安くして大丈夫なんですか?」


 大げさに驚いてみせる森男。

 もちろんこちらの世界の通貨単位なんてわからない。


「まぁピンきりだけどな。冒険者なら誰だって最初に買うようなもんだ。お前もいずれは買わなきゃならんだろうさ」

「そうですか。ちなみにこの世界の通貨単位って?」

「おまえさっき知ったような素振りしただろうがよ」

「やってみたかっただけです」

「帰れ」

「ごめんなさいぃぃ」


 そっぽを向き、森男の存在をないものかのような素振り。


「ほんっとごめんなさいって! そんな子供みたいなことしないでくださいよ!」

「ガキに子供みたいなんて言われたくねぇわ」

「屁理屈だ」


 プクーっと膨れる森男。

 こういうのは可愛い女の子がやるから可愛いのであって、森男がやったところで苛立ちしか生まない。


「わかったからそのムカツク顔やめろ」

「ひどい」

「通貨単位だったな」


 マスターによると、この世界の通貨単位はこうなっている。


 金貨は銀貨10枚。

 銀貨は銅貨10枚。

 銅貨は鉄硬貨10枚。


 物価はギルドに併設されているレストランで、1食銅貨4〜5枚ほどらしい。


 ハッキリ言って、あんまり日本と変わらない。


「僕の世界とあまり変わりませんね」

「そうか。わかりやすくていいじゃねぇか。ほら報酬」

「ありがとうございます。……えっと」

「どうした?」


 森男に手渡されたのは、銅貨3枚。


「あの… これだけですか?」

「これだけって… これでも気持ち多めに渡してやったんだぞ」

「これじゃあ飯もろくに食えないじゃないですか…」


 ガックリ項垂れる森男。


「何いってんだよ。薬草採りなんて、ガキが小遣い稼ぎにやるくらいなもんだぞ。金が欲しかったら魔物倒してこい!」

「うひゃぁぁ…… 無理です、無理ですぅぅ……」

「じゃあ大人しく薬草取ってこい!」

「はひっ 行ってきまっす!」


 逃げるようにギルドのドアを開け放ち、森男は出ていった。






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