Ⅱ、策というのは、失敗の確率を下げるためのものであって、失敗しないわけではない
勢いで投稿しちゃいます。
楽しんで頂ければ幸いです。
それではどうぞ。
「ケッ! まぁどうにか街には潜入できたぜ!はははっ!」
天才策士としての能力が戻ってきたのか、調子がいい。
ローランドの町並みは、建物の殆どが白い輝きを放ち、神聖さを醸し出していた。キレイに敷かれた石畳は、時折通る馬車がカタカタと軽快な音を出し走るのを証拠に、その舗装技術の高さが伺えるシロモノであった。
このネックレスは、実はこの世界の言葉やらの翻訳機なのではないかとか、異世界転移じゃこんなのなくても普通は話せるとか、そういう思考は遠くに放り投げ歩き出す森男。
「しかし腹減ったな…」
あのキャベツ以来何も口にしていない森男の腹は、ぐぅぐぅと鳴り続けている。
「んーと、てか財布もないしカバンもどっかいったな」
森男は今、ダサいジャージしか身に着けていない。あとブリーフパンツも一応履いている。
「先立つものがなければ何も出来ない… まずは飯を恵んでもらわなくては」
森男が歩いていると、何やらいい匂いがしてきた。ふと視線をそちらに向けると、煙突からモクモクと煙を出すパン屋さんが目に入る。
「お、ターゲット発見! まずはあそこから攻める!」
すると、いきなり覚束ない足取りになり、頭を押さえる森男。
「うぅ… 頭が… お腹が痛い…」
周りに聞こえるようにつぶやく。
すると、パン屋の前でバタリッっと倒れた。
「はぁ…はぁ… ククッ こうしていればきっと美少女が助けてくれるだろう」
名付けて、『異世界転移による、美少女が助けずにはいられないフラグ作戦』
実に彼らしい完璧な作戦だ。
彼の予想では、通りすがりの美少女冒険者が声をかけてくれるか、パン屋の看板娘が飛び出してくると見ている。
どちらも食料を恵んでくれる可能性もあるし、この世界についても教えてくれるという一石二鳥の作戦。そして始まるラブラブストーリー。胸が踊る。
「ちょっと!何うちの店の前で寝てんだい! とっととどっかいきな!」
しかし、店から出てきたのは丸々太ったおばさんであった。
ババァめ、お前がどっかいけや。
僕は美少女にしか用はねぇんだよ!
悪態をついていると腰の辺りに激痛が走る。
「うぎゃっ!」
「どっか行けって言ってんの! 聞こえないのかい?」
森男の腰をグリグリと踏みつけるおばさん。
その大根のような足から繰り出される踏みつけ攻撃は、溜めに溜め込んだ脂肪の重みが付加され、まさに森男の腰を打ち砕かんとしていた。
ここでやられては、元も子もない。
戦略的撤退だ!
「ご、ごめんなさい! すぐ、すぐに行きますから!」
「ふんっ! 全く、変な格好して。二度と近寄るんじゃないよ!」
「はひぃぃ!」
風のように、森男はその場を後にした。
◯ ◯
森男は気を取り直して、道なりに歩きながら美少女とのフラグチャンスを伺っていた。
「ケッ! ババァめ、てめぇもどうせグラサン野郎とグルなんだろ! ふんっ バレバレだね。僕と美少女が出会わないように工作していやがる!なんてったって、異世界人の僕と美少女のタッグは国の脅威になりかねないしな。大体あんな大技、ただのパン屋のおばさんじゃそうそう出来るもんじゃない」
大技ではなく、単に踏みつけられただけなのだが、森男は気付かない。異世界で魔法もあるということが、彼を疑心暗鬼にさせていた。その恐怖を取り除くように、つい口から悪口が出てしまう。
「ん、あそこは」
道なりに歩いていると街の広場に出た森男は、様々な鎧や武器を持った者たちが集まっているのを目にした。方位を示す塔を中心に円形に広がるその広場は、人でごった返し、立ち話しているものや声を掛けながら何かを売っているもの、広場の一角に設けられたカフェで談笑しているものなど、様々な風景が折り重なり、複雑に混ざりあっていた。
「あぁ、冒険者の群れか」
見回してみると、森男が探しているような、美少女冒険者もいるようだ。
「ふふっ ここだな。ここで運命的な出会いを果たす訳か。最初からここに導かれればよかったのにな」
森男は頭をフル回転させ、効果的な策を練る。
名付けて『異世界による、一人で孤独な僕チンを、同じく一人で孤独な美少女が「あなた一人?」 と声をかけてくるのを待つ作戦(心優しい冒険者パーティのおねぇさんでも可)」』
自分の完璧なる作戦に、ニヤニヤが止まらない森男。広場の隅で様子を伺うことにした。
「…来ない」
1時間は経ったであろうか。
待てど暮らせど全く何も起こらない。美少女どころか目に留める者もいない。
そろそろ腹も限界に近づいている。このままでは美少女とのラブコメという未来が、餓死という未来に塗り替えられてしまう。
「ここで死んでたまるか! ギルドに殴りこみじゃ!」
広場に面してある、冒険者ギルドっぽい一際大きい建物に向けて、動きが鈍くなった身体にムチを入れ、歩き出した。
◯ ◯
「ごめんくださーい」
ギルドのドアを軽快に開けた森男。入ってすぐに思わず立ち止まってしまった。
ギルドというのはゲームの中でしか見たことがないが、実際に中に入ってみると押し出されるような、そんな空気が漂っていた。見るからに凄腕の戦士といったような大男や、秘密結社でも組織していそうないかにも怪しいローブを着たものたちが所狭しと集まっている。
ひとしきり見回して、気を取り直した森男は、まずいかにもマスターといった人物に声を掛けた。
「ん? 誰だお前?」
「ここのギルドのマスターですよね?」
「ちげぇよ。マスターはあっちのカウンターの人だ」
「あっ! すいません!」
そそくさとカウンターに向かう森男。
「チッ 紛らわしい格好しやがって。 あ、すいません」
「なんだ? 見ない顔だが」
「今日はじめてなんですが」
「ほぅ。見たところ駆け出しか?」
上から下に森男の姿を確認するマスター。
「駆け出しというか… さっきこっちの世界に来たばかりなんですが」
「なに!? ということは異世界人か?」
「はい。その通りです」
「えーっと… 何かできるか?こう…凄いパワーがあるとか魔法が使えるとか、あと剣術ができるとかさ」
「何もありません」
頭を抱えるマスター。
異世界人にしても落ちこぼれ過ぎるスペックである。
「ということは金がない訳だよな… 放っておくのも後味悪いし、薬草の採取でも頼もうかな」
「薬草ですか? 庭いじりが趣味なので、それなら出来ます」
「そうか! よかった… じゃあ頼む。北西の森に向かっていけば自然と見つかるよ。これがサンプルだ」
ご丁寧にも薬草を手渡してくれるマスター。いい香りのする葉っぱがいくつも茎を基点に生えている。
「あ、あとそこにはスモール・ターニップっていうカブに似た魔物が出るから気をつけろよ」
「魔物!?」
「あぁ、魔物だ。ちょっかいを出すと人間に襲い掛かってくるからな」
「そうですか… 武器とかそういうのは…」
「何も使えないんだろ?」
「はい…」
「じゃあそのまま行ってこい」
「はひぃぃ…」
少し震えながらも、ギルドを出て、案内看板に従って北西の森を目指す森男であった。